出発までの日々 その2
何かとうるさい依頼主だったので、シフは念のために言われていたより一時間ほど早めに約束の正門へと向かう。
「遅い。所詮は傭兵か。この私を待たせるとは、無礼極まりない」
シフが着くなり、すでに来ていたゴーフェル卿に文句を言われる。かなりの荷物が馬車に積まれており、人が乗る場所はない。御者台にゴーフェル卿が乗り、シフは徒歩でついていく。
シフの歩く速度に合わせてゆっくりと馬車は進む。途中で休憩を入れる時に、シフが馬の世話をしながらゴーフェル卿に質問をした。
「ところでゴーフェル卿。研究とは、どんな内容なのですか?」
「ふん。素人の傭兵に言っても解らぬだろうがな。ガラスをこう、婉曲状にしてだな。一定以上の雷をこちらから魔法で通すと、ガラスの向かいに置いた銀板に、ガラスを挟んだ向こう側が、一瞬で焼き付くのだよ。雷光が激しいのと精度の問題はあるが、上手く使えば一瞬で精巧な絵ができないかと考えてな」
カメラで写真を撮る原型を語っているようだ。シフはカメラの仕組みは全く知らないので、的確な助言は何もできないが、レンズの違いくらいは説明できそうだ。
話しても良いものかどうか少し躊躇したが、ケラシーヤもあまり自重せずに振る舞っていたので、今さら問題はないだろう。
「なるほど。素晴らしいですね。ところでそのガラスは、形状によって変わったりはしないんですか?」
「ふん。そんなこと……」
それまで通り、馬鹿にしたような口調だが、すぐに言葉が止まる。
「ふむ。形状か。あまり意識していなかったな。綺麗な丸みが作れた後は、追求しておらん。確かにでこぼこのガラスだと変になっていたな。形状によって違う証明ともいえよう。シフと言ったな、お前が言う形状というのは、大きさの話か?」
「大きさもですけど、丸く作っているなら、例えばへこませた形状にしてみるとか」
「ほう。へこませるのか」
ゴーフェル卿はつぶやき、自らの思考に没頭する。どこの世界でも、学者と呼ばれる者は考え込むと止まらないようだ。
御者の役割も果たしていない状態になってしまったので、シフが馬の頭を撫でながら、こっちだよと誘導する。
湖に到着して、御者台で思考にふけっていたゴーフェル卿に声をかけると、馬車から降りながらシフに質問をしてきた。
「シフ君だったな。君はへこませたガラスだと、丸めたガラスとどう違って写ると思う?」
「え、さあ。どうでしょうか」
「ふむ。解らぬか」
先ほどまでと違い、シフは名前で呼ばれた。とはいえ、凹凸のレンズで見え方が違うというのだけは知っていても、内容までは覚えていない。もしかするとケラシーヤなら知っているかもしれないが、聞きようもない。
「まあいい。違って見えようが見えまいが、それは結果である。試す過程そのもので、別の発見があるやもしれぬ。傭兵風情でも面白い発想が出る場合もあるのだな。馬鹿にして悪かったな」
「いえいえ。それで今日は何をするんですか? お手伝いできるなら、何でもおっしゃってください」
明らかに態度が軟化したゴーフェル卿は、機嫌が良さそうに色々と指示をしてくる。
言われるままに動き、湖の水を大量に運ぶ。
「焼いた後に冷やすための水がいるからな。湖だといくらでも用意できる。あと、夜でないと昼間は太陽の光で焼きむらが激しい」
まだまだカメラに発展するのは時間がかかりそうだが、いつか写真が撮れるかもしれない。
ケラシーヤと一緒に撮るなら、自分が若いうちでないとお互いの外見が違いすぎて面白くなさそうだとシフは考える。
夜通し研究を続けたゴーフェル卿に付き合って、シフも夜を徹して護衛と雑用をこなした。
翌朝、満足いく結果が出たようで、上機嫌なゴーフェル卿と一緒に町へと戻る。
昼前に町に到着し、書類に署名をしてもらう。
「世話になったな。この後、予定はあるのかね?」
「いえ、宿に戻って寝るだけです」
「ふん。なら起きた後、いつでもいいから屋敷に来たまえ。傭兵団からの報酬と別に、夕食ぐらいはご馳走しよう」
シフの一言が、よほど気に入ったらしい。しかし、誘ってきたゴーフェル卿に詫びつつ、申し出を断る。
「申し訳ないのですが夕食は別の人と一緒に食べるので、本日ではなくまたいつかであれば喜んでお受けいたします」
「そうかね。別に一人や二人増えたところで問題はないが、まあいい。ではまた、機会があればよろしく頼む」
ガラガラと馬車を進めていくゴーフェル卿を見送り、シフは書類を手に傭兵団の本部へ向かった。
途中で昼食代わりに適当な屋台で焼き鳥の串や揚げたパンを買って食べる。
塩で簡単に味付けたものだったり安物の油で揚げたパンだが、単純な味もまた美味しいと感じる。
そして本部に到着してシフが依頼完了の報告をしていると、何人かがシフを見て寄ってきた。
「あんた、カルネさんに誘われてた奴だろ? もし組む相手が決まってないなら、俺たちと組まねえ?」
声をかけてきたのは男女混合の四人組だった。装備を見ると、前衛が二人で後衛が二人のようだ。
「悪いけど、組む相手は決めてるんだ。他の誰かと組むつもりはないから」
誰かと組んで、魔竜退治に付き合わせる気はまったくない。魔竜を討伐した後、ケラシーヤの余裕ができて組める時が来るのがシフの希望だ。
断っても色々と理由を付けて誘うが、シフが丁寧に断っていると諦めて離れていった。
「シフさん、お待たせしました」
受付の女性が、報酬を手に戻ってきた。
報酬の額は、一日で済む内容にしては多いが、複数人で受けるには割が合わないくらいの金額だった。
シフはその足で、ケラシーヤの部屋へと向かう。
「ケイ、いる?」
「はーい。シフくん? どうぞ入って」
許可が出たので、中に入る。書類の処理をしていたケラシーヤは、顔を上げてちらりとシフを見て、目を書類に戻す。
「よう」
「いらっしゃい。どうしたの?」
「昨日から今日にかけて護衛の仕事したから、報酬が入ったんだよ。それでな、初めての六歌仙での報酬だから、もし時間が作れそうなら奢るから一緒に食べないかと思ってな」
シフが照れながらも誘ってみると、ケラシーヤは驚いた様子で顔を上げた。そしてすぐに、笑顔を浮かべて頷く。
「それは嬉しい誘いね。何とかして時間を作るから、ぜひ奢ってちょうだい」
「おう。いつぐらいがいい?」
「そうね、十九時頃なら大丈夫。トリちゃんも?」
ケラシーヤは笑顔から表情を変えずに質問をしてくる。シフは首を横に振って否定する。
「いや。六歌仙の初仕事記念だからトリは呼ぶつもりないよ」
「トリちゃんには悪いけど、シフくんにそう言ってもらえると嬉しいわ」
本当なら六人で騒ぎたいが、いない者はどうしようもない。しかし、ケラシーヤと気兼ねなく昔話をするには、他に人がいない方が良い。
「じゃあ、また十九時頃に来るよ。徹夜で護衛してたから、それまで宿に戻って寝るわ」
「うん。また後で」
書類に目を戻したケラシーヤを残して、シフは部屋を出る。
すれ違う人にと適当に挨拶しながら建物を出て、宿に戻った。
中に入るといつもの店主が声をかけてくる。
「おう。今日は仕事終わりかい?」
「ん、ああ。徹夜で護衛の仕事したから、眠りに戻ってきたんだ。夕方、また出かけるけど」
「そうかい、お疲れさん」
シフが部屋に戻ると、綺麗に整えられた寝台に寝転がる。すぐに眠気が襲ってきて、シフはぐっすりと眠りについた。
「シフくん。起きろー」
「……ん」
声をかけられて目を覚ますと、ケラシーヤの顔が目の前にあった。頬を指でつついているが、それにしても顔が近い。
「うわっ」
驚いて距離を取ると、ケラシーヤは浮かべていた笑顔を消して唇をとがらせる。
「何よ、来ないから迎えに来たのに失礼ね」
「あれ? ごめん、もう十九時になった?」
「ええ。さっき鐘が鳴ったわ」
シフは十八時の鐘で起きるつもりだったが、寝過ぎていたようだ。
シフが慌てて起き上がるが、寝汗をかいている。着替えようと思い、ケラシーヤに声をかけた。
「悪い、ちょっと着替えるから部屋の外で待ってて」
「慌てなくていいわよ」
部屋を出たケラシーヤを横目に、シフは服を着替える。旅の途中ならともかく、町にいて宿を取っている間は、清潔な状態を維持したいのだ。
「お待たせ」
「いえいえ。さて、どこ行く?」
前の店でもいいかなとシフが言うと、ケラシーヤは肩をすくめた。
「せっかくなんだから、別のところにしましょう」
「いいけど、高すぎるところは無理だからな」
「大丈夫よ」
ケラシーヤの案内で、店に入る。麺料理を中心に、野菜炒めや蒸し料理など多彩な品目が魅力だそうだ。
一通り注文して、先に飲み物が運ばれてくる。
「じゃあ、シフくんの初任務達成、おめでとう」
「ありがとう」
乾杯、と小さく言い合って飲み物を口に運ぶ。
「美味しいな、これ」
「でしょ。薄いけどほのかな酸味がちょうど良いのよ。でもシフくんは飲んでもいいのよ」
「いや、別に酒が好きなわけでもないし、構わないよ」
今日は二人とも酒ではなく、果実で味付けされた水を飲んでいる。ケラシーヤは前回の反省を活かそうとしているようだ。
「そういや、ケイはたくさん仕事してるけど、団長って別にいるんだよな?」
「うん。直近の転生組が全滅したから、地元組だけどね。貴族だけどそれを威張らない、いい子よ」
ケラシーヤは転生した人たちとまったく関係がない人たちを、転生組と地元組と言い分けているらしい。
「でも、本部で一度も見かけないな」
「だって本部にいないもの。政治の方を中心に動いてるわ。本部っていうか日々の依頼の方は、副団長のゼロが取り仕切ってるわね」
「あ、ゼロが副団長なんだ」
雑談をしながら食事を進める。ケラシーヤが選んだだけあって、かなり美味しい。
「ケイはご飯作れないの?」
「作れるわよ。何、手料理とか作って欲しいの?」
「いや別に、そういうわけじゃないけど」
「あらそう? シフくんのためなら、いくらでも作ってあげるわよ」
「いや、ケイって忙しいんだよな? そんなの作ってる余裕ないよな?」
先ほど、シフが行った時も忙しそうだったし、シフが部屋から出る前に仕事に戻っていたくらいだ。
「それはもう、三年くらいさぼっていたから、目が回るくらい忙しいわ。ダットもゼロも、もっとしっかりしてくれないと」
ダットというのが団長の名前らしい。それよりもシフには気になる点がある。
「三年?」
「だって、皆死んで結構経つし、人生面白くないし。魔竜はいるけど、水面下で何とか国の体裁は整いつつあるし。生きてる意味ってないんじゃないかなーって。気がついたら三年くらい経ってた」
「それ、他の人は何も言わなかったの?」
「私に意見してくれたり叱ってくれる人って、ほとんどいないのよね」
どう転んでも対等の立場にはなれなかった、と自嘲気味に笑う。
「それはともかく、魔竜退治に行くのに、武器はどうするの?」
「町の武器屋で、丈夫な奴買ったよ」
冷めた目になるケラシーヤに、シフが首を傾げる。
「魔竜の堅さを甘く見てるでしょう。魔法がかかった剣でもないと、まともに傷なんてつかないわよ」
「そうなの? でもせっかく買ったんだけどな。それに、そんな高い剣は買えないし」
「それくらい用意するわよ。魔竜を退治してくれるなら安いものだし。剣がいいの? 槍や斧でも用意できるわよ」
「じゃあ、槍が欲しいな。相手が大きいなら、攻撃範囲は広い方がいい」
「了解。出発までに何本か用意するわ。その中から選んでちょうだい」
「ありがと」
その後も昔話に花を咲かせて、食事が終わって店を出る。
どこへともなく歩きながら、人通りが少ない時に若干こわばった顔のケラシーヤが、シフに質問を投げる。
「シフくん、今日は、このあとどうするの?」
「んー。帰ってもう一度寝るつもりだったけど」
「ねえシフくん。あなた同性愛者だったりするの?」
とんでもない発言に、シフは目を見開く。
「はあ? そんなわけないじゃんか」
「じゃあ、どうして目の前にあなたに惚れている女性がいて、夜にどうするかって聞いてるのに帰って寝るとか馬鹿なこと言うの?」
「あー……」
なじるようなケラシーヤの口調に、シフは目をケラシーヤの身体に向けかけて、見ないように泳がせる。
「魔竜って強いだろ? 俺が今、ケイを抱いてさ。魔竜に負けて死んじゃったら、ケイも一生引きずるだろ。何もなく俺がいなくなったら、まだ立ち直れるだろうけどさ」
「馬鹿!」
パチン、と甲高い音が鳴って、シフの首が振られる。頬には赤い手型が付いている。
「シフくんが死んだら、何がなくても一生引きずるわよ」
死んだところを想像したのか、ぽろぽろと涙をこぼす。シフは慌ててケラシーヤの涙を服の裾で拭き取る。
「あ−、俺が悪かった。悪かったから、泣き止めって」
「何よ馬鹿」
怒ったように横を向くケラシーヤを、シフはぎゅっと抱き締めた。ケラシーヤは驚いてシフに顔を向ける。
「言っとくけど、俺も初めてだから、加減も何も解んねえぞ」
「……前世で、経験くらいあるでしょ?」
「うるさい黙れ」
どことなく居心地の悪い沈黙が流れて、ケラシーヤはシフを抱き締め返す。
「そんなくらいで怒らないの。でも、あまり積極的じゃなかった理由が解って良かったわ。私の家でいい?」
くすくすと、笑いを漏らしてケラシーヤが抱擁を解く。シフは指を絡めるように手を握り合って、ケラシーヤの家へと向かった。




