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百年遅れの英雄譚  作者: すっとこどっこい
第一章 VRMMO編
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ログイン前

「え? 優勝賞品が転生?」


 シフの前世、ライデンは、長らく一つのVRMMOを続けていた。剣と魔法の世界をベースにした、オーソドックスな世界設定だ。だが、オーソドックスだけに、安定した人気を誇っている。


「うん、本当かどうかなんて解らないけど、各地で話題になってるわ」


 ライデンは、ゲーム内でも一、二を争うほどのトップギルドに所属しており、そこのサブマスターを務めている。

 これまで、凄まじい時間を費やしているだろう。一日、十時間の連続稼働と決められており、それを超えると強制的に接続を切られる。そして時間にかかわらず、一度接続すると、接続開始から二十四時間は再接続できない。それでも、もうゲームが発売されてからすぐ、三年以上毎日欠かさず限界ぎりぎりまでログインしているから、一万時間を超えている。

 今では、ログイン時以外でも、ギルドメンバーとチャットで話をするのが一番楽しい時間だ。


「うん。新しい世界政府が絡んでいるプロジェクトらしくてさ。数十年前に発見された異世界あるじゃん。あそこに転生できるらしいよ」

「眉唾だな」

「まあ、そうだけどね。もしかしたら興味あるかなーって思ってさ」


 今日話している相手は、メンバーの中でも古株の一人、サクヤ。


「そりゃ、興味はあるけどさ。優勝しようと思ったら、パーティ組まなきゃ駄目なんだろう? 本当だとして、異世界に行きたいメンバーなんて、いくら俺たちでも揃うとは思えねえよ」

「だねー。私も、異世界なんか行く気ないもん」


 だろうな、と相づちを打っていると、ギルドマスターから緊急連絡が入った。サクヤも、同時に受けている。


「珍しいね、ギルマスから緊急連絡なんて。んー、次回ログイン時は、全員時間を合わせてギルドホールに集合。時間厳守、ログインできない者は除名する? え、除名?」


 過去に、ギルドマスターがこれほどの強権を発動した例はない。


「何だろうな、よほどの緊急事態か。もしかしたら、何らかの機密情報掴んじまったとかかもしれねえな」


 ゲーム内では、現状最強のジョブでも、運営がちょっとバランスに手を加えると、一瞬でゴミのようなジョブに早変わりする。逆もまたしかり、ゴミが神に変わる例もある。


「それ、ありそー。それもマスターのジョブが腐ったりしてね」


 サクヤが画面の向こうでケケケと笑いを漏らす。ライデンも釣られて笑いつつ、時間に遅れないよう、早めに寝ておこうとチャットを切った。



 翌日、言われた時間にログインしたライデンは、すぐにギルドホールに転移する。

 和風の趣がある建物は、マスターの趣味で大昔の武家屋敷を想定して作ったらしい。ライデンは武家屋敷なんてここ以外知らないので、作りが正しいのかどうか知らないし、興味も持っていない。

 それはともかく、ライデンは会議に使っている部屋に入り、集まっていたメンバーを見渡した。

 ギルドマスターであるゾイルと、サブマスターでドワーフのリラー。そしてライデン。それ以外にも、合計十三人全員が揃っている。

 会議室の机は円卓になっている。ライデンからすると円卓といえばアーサー王と円卓の騎士などを思い出すが、残念ながら目の前にあるのは畳にちゃぶ台。相当大きいとはいえ、日本の田舎にありそうな風景である。

 毎度のこととはいえ内心で呆れながら、なんとなく決まっている定位置に腰掛ける。


「うむ、揃ったか。悪いな、無茶な呼び出しをしてしまって」


 ゾイルが謝り、口々に問題ないと返す。どうせ、放っておいても全員ログインするのだ。


「ああ、そうなんだが、今後の方針を決める重要な話をしたかったからな。どうしても、急ぎで全員を呼びたかったんだ」


 若干ざわざわしていた室内が、張り詰めたような静寂に包まれる。


「俺は、このゲームを引退する」


 一瞬、ゾイルが何を言っているのか解らなかった。そして次の瞬間、怒号が鳴り響く。

 それどころか、ゾイルに決闘を挑んでる奴もいる。それも三人も。

 ライデンがちらりとリラーを見ても、肩をすくめるだけで止めようとする動きはない。


「そろそろ黙れー」


 のんびりと、あくまで自分の調子を外さないよう注意しながら、ライデンが場を抑えに入る。


「でもライくん!」


 昨日ライデンと話をしていたサクヤが、噛みついてくる。


「まずはマスターに、事情を聞こうぜ。そんでないと、反論も何もねえだろうがよ」

「そりゃ、まあ」

「そんでマスター、いそいそと決闘を受けようとするんじゃねえよ。何で辞めるのかくらい、言ってくれよ」


 誰からの決闘を受けようか、と申請リストを見て検討していたゾイルは、ライデンの言葉に我に返った。


「おっと、そうだった。理由は、だな。政府が発表した転生のゲームを知ってるか? アナスタシーっていうタイトルの奴。本腰入れて、優勝賞品の転生を取りに行く」


 ざわり、と再びみんながざわめく。


「マスター、それって、叶うなら転生するってことか?」

「ああ。嘘だと思っている者も多いが、世界政府が一枚噛んで、国家規模で動くプロジェクトだからな。少なくとも、本気で転生できると思っている科学者がいるのは間違いない」


 なるほど、と周りが納得する。だからそちらに行く、と言うゾイルに、ライデンと同じサブマスターのリラーが質問をぶつける。


「それで?」

「それで、とは?」

「他にも本気で狙う人はいるだろうし、一人で優勝できるとは思ってないよな? なのに、話はそれだけか?」

「いや、でも俺は転生が本当だと思ってるからさ、それだけにメンバーを巻き込むわけにはいかない」


 リラーの言いたいことを把握して、先回りして誰も誘わないと言い切るゾイル。


「じゃあ、それぞれ確認なー。転生したい人ー」


 ライデンが声をかけながら自ら手を上げると、ぱらぱらと手が上がる。ライデンとゾイルを含めて、五人。まあ、妥当なところだろう。

 ライデン自身、独り身で家族もなく、親とも死別している。この世界に未練はないため、転生できるとなれば、手を上げない理由はない。

 予想通り、リラーは手をあげている。目を合わせてにやりと笑うと、リラーも目を細めた。他の二人は、予想外といえる人材だ。

 一人は軽薄な男、ゼロ。もう一人は、一番最近加入してきた少女ブラック。

 ライデンとゾイル、リラーにゼロと男ばかりだったところに、紅一点のブラックが入ったことで、ゼロが一気にうるさくなる。


「やあ、僕のブラちゃん。僕を追いかけて転生まで決めてくれるとは、感激だね。でも、ああ、運命は無常だ。僕は君だけのものにはなれないんだ。世界中の可愛い子が、僕との出会いを待っているのだから!」


 ゾイルはゼロの言葉を無視しつつ感激した様子で四人を見回し、あらためて残りのメンバーに頭を下げる。


「本当に申し訳ない。新しいギルドマスターは、残るメンバーで決めてくれ。ギルド資産の使用権ごと譲与するから」


 ライデンかリラーが残るならギルドマスターは確定だっただろうが、どちらも別ゲームへの移行を決めている。残りの八人がぼそぼそと相談をした上で、一人が手を上げる。


「あの、マスター。そっちのゲームへの移行、するかどうか一晩考えさせてもらえますか? 今、この場ですぐは無理だけど、私も転生、前向きに考えたいの」


 手を上げたのは、サクヤ。


「サクちゃん、やめておく方がいいよ。お前、このギルドにいるだけでも相当無理しているのに、転生なんか出来るわけないだろう。それに昨日、転生なんてする気ないって言ってたじゃん」


 家庭の事情は人それぞれだが、出来ないことは出来ないのだ。サクヤは、出来ない側に入るだろう。

 しかし、サクヤはライデンの言葉に反発をした。


「ライくんは黙って。私の問題なの」


 そう言われると、ライデンに言い返す言葉はない。ライデンがちらりとゾイルに目を向ける。


「実はアナスタシーは、一つのチームメンバーが上限六名なんだ。だから、もしサクヤ君が来てくれると、個人的にも非常に助かる。でも、転生が目的だから、ここからは遊びじゃないからね。無理する必要はまったくないよ」

「解ってます。その上で、凄く魅力を感じてるんです」


 煽りやがった、とライデンは肩を落とす。すると、リラーが近付いてきて助言をしてくれた。


「ライデンくん。あとで俺がサクヤちゃんと話をしてみよう。どうなるか解らないけど、悪いようにはしないから」

「え、後でって?」

「ログアウト後に、チャットでな」

「リラーって、ゲーム外での付き合いは御法度じゃなかったっけ?」

「そうなんだが、どうせアナスタシーに入るなら、一緒だから」

「一緒? 何が?」


 ライデンの質問に、自嘲気味な笑みを浮かべて離れていった。



 結局、その日はアナスタシーに入るための情報収集や相互に確認をする程度で一日が終わった。

 アナスタシー。およそ一ヶ月後からサービス開始となる。

 システムはクラス制で、メインクラス、サブクラスがそれぞれ最大レベル五十まで上げられる。

 両方とも五十、つまり百レベルになれば、再びレベル一からキャラクターの再構築ができる。その際、二つ目のサブクラスを設定できるのだ。つまり、最大レベルが百五十となる。

 他にも、PvP、GvGやデスペナルティについて、詳細が発表されつつある。


 翌日早い時間に、サクヤからチャットが入った。


「ライくん、私も参加するから」

「サクちゃん、大丈夫なの?」


 サクヤは親の目が厳しいと聞いている。一人暮らしをしながらごまかしているが、もし本当に転生するとなれば、親は黙っていないだろう。


「それは私の都合だもん。それより、参加するからには優勝を狙うわよ」

「それはそうだけどさ。リラーと話をして決めたの?」


 ライデンには、サクヤがリラーの言葉で参加を決めたというのが、仲間はずれにされたようで面白くない。それが顔に出てしまったのか、画面の向こうでサクヤが笑っている。


「リラさんと話して決めたから、拗ねてるんだ?」

「そんなことないけどさ。何を話したのかなって」

「まあ、大したことじゃないから」


 そんな話を続けるうちに、本日のログイン可能時間になる。

 二人は揃ってログインして、ギルドホールへと向かった。



「お疲れ様」


 挨拶をかわして、集まったメンバーで思い思いに雑談している。ゾイルもログインはしているので、すぐに来るだろう。


「ライデンくんにサクヤちゃん」


 二人が話していると、リラーが近付いてくる。


「リラさん、昨日はありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして。あのこと、ライデンくんには言ってないよな?」

「ええ、もちろん」


 サクヤとリラーで、内緒話をしている。

 ライデンが何の話かを聞いても、二人とも秘密と言って取り合わない。しつこく聞いて険悪になるのも嫌なので、それ以上は触れずゾイルの到着を待った。

 そうして話しているうちに、ゾイルもギルドホールに顔を出す。


「遅れて済まない。いくつかのギルドに、引退の件と引き継ぎの件等を説明してきた」


 トップクラスのギルドとなると、横の繋がりや狩り場の調整など、面倒ごとも付いて回る。ゾイルの言葉に、残るメンバーのほとんどが少し面倒そうな顔になった。


「まずは、サクヤ君はどうするかな?」

「あ、はい。私も移行したいです。六人目のメンバーに入れてください」


 サクヤの言葉に、ゾイルは笑顔になる。


「それは良かった。と言ってもいいのかどうかは、解らないが、後悔をしていないならそれが一番だ。では次に、誰がマスターを引き継ぐか決まった?」

「あ、はい。俺がやるっす」


 残ったメンバーから、一人が声を上げる。ライデンから見ても、妥当な選択に思える。


「解った。じゃあ、早速委託しよう」


 ゾイルがマスター権限、ギルド資産を委託した。

 作業が終わり、あらためてゾイルが提案を持ちかける。


「さて、これは移行するメンバーへの提案も含まれるのだが、個人資産について、条件付きで残ったメンバーに譲与したいのだが、どうだろうか」


 ライデンとサクヤを含めた五人は顔を見合わせ、頷いて賛同の意を示す。転生できれば不要なものだし、仮に転生できなくても、一度止めたゲームに戻ってくるつもりはない。


「では、次は残るメンバーへの譲与の条件なのだが、君たちの時間を少し分けて欲しい」


 ゾイルの言葉に、残るメンバーが首を傾げる。


「アナスタシーは、序盤は自由にクラスチェンジが可能で、デメリットもないのだが、色々と試している時間は我々にはない。なにせ、一番にゲームをクリアしなければならないのだからな」


 リラーが納得の顔で補足を入れる。


「そうか。ただひたすらにレベルと装備、お金を貯めて、自然とトップクラスになっちゃったこのゲームと違って、時間を争うゲームだからな。リアルタイムアタックという類いのゲームになるな」


 リアルタイムアタック。RTAと略され、RPGなどを一発勝負で時間を短くする挑戦のことだ。記録を狙うには、あらかじめゲームを何度もプレイしておき、難関を把握した上で挑戦するのが一般的だ。


「うむ。通常はどのようなクラスが良いのか、調べた上で育てる必要があるのだがな。今回に限っては、レベル百でいったんリセットされる。どんなに組み合わせが良くても、百で勝てるようなラスボスではないだろう。作り直しを前提で育てる必要がある」


 ゾイルは言葉を切り、話に付いてこれない者がいないか、確認する。誰もがゲーマーなだけに、ライデンを含めた全員が理解できているようだ。


「つまり、いったん百にして三クラスの状態にするのと同時に、どのクラスが相性が良いか、ボス戦に向いているかが決め手になる。百にするまでの構成はPvP、GvGに強い仕様にしておけばいいだろう」


 最大レベルが百五十以降の構成に向けて、優勝を狙わない残留メンバーで相性の良い組み合わせを調べて回って欲しいと、ゾイルが依頼内容を口にした。


「それで、全員分の個人資産をトレードしてもらえるなら、文句は無いっすよ。消耗品だけでも相当な資産ですし、今後のメンバー拡大に向けて武具も役に立ちますし」


 残留メンバーの新しいギルドマスターが条件に同意して、ライデンたちは強力な検証メンバーを手に入れた。

 その後はゲーム開始まで、下調べとそれぞれのクラス分担を行って、思い思いの時を過ごした。


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