ケラシーヤの憂鬱
晩ご飯を食べ終えてトリを送り届けた後、飲みに行こうと言うケラシーヤと一緒に居酒屋へ入る。
ケラシーヤは時々来る店らしく、店員に挨拶しながら、奥まった個室へと通される。
「個室なんてあるんだな」
「先代の時にね、建て替えの費用を一部負担する代わりに、優先して使える個室を作ってもらったの。私、お酒好きなんだけど、ちょっと弱くて」
町の人に醜態は見せられないから、と寂しげに笑う。
「今日は、どれだけ飲んでもシフくんに送ってもらえるから心配ないわね」
「ああ。と言いたいところだが、俺、この身体で酒なんて飲んだことねえぞ」
「あらら、そうなんだ。じゃあ、お試しは軽めでね」
店員を呼び、つまみと酒を注文する。
ケラシーヤは米を醸造した酒、シフは飲みやすいと薦められた葡萄を発酵させた果実酒を選ぶ。
「ふふ。じゃああらためて、再会を祝して、乾杯」
「ん。乾杯」
カンとお互いの杯が澄んだ音を立てる。
シフは、今日あってから様子が変だったのを質問した。
「何があったか知らねえけど、機嫌が良くなったみたいだな」
「そんなに変だった?」
「変ってわけじゃないけど、気になる程度には」
何があったか聞いても言いにくそうに渋っていたが、何度か促すと語り出した。
「シフくんと一緒に傭兵団の依頼をこなしたりしたかったのだけれど、ちょっと無理そうなの」
「そりゃまた、どうして?」
「私でなければできない仕事が立て続いているのと、魔竜の行動が活発なのと、ね」
ケラシーヤの言葉に、シフも考えながら口を開く。
「そう、仕事の内容は解らないけど、手伝えるなら手伝うから。それと、魔竜は、やっぱり退治した方がいいんだろうね」
「でも私の仮説が正しければ、あなたの前世の母親なのよ」
ケラシーヤは、退治するのを躊躇している様子だ。しかしシフにとって、前世と言われても記憶に残っていない以上は感慨も何もない。
「でもケイに負担がかかっているのなら、取り除く方が優先されるよ。前世ったって、一切記憶に残ってないんだし」
「その気持ちはありがたく頂戴しておくわ。仕事っていうのは、王女様の護衛。転生組が魔竜にやられて全滅したものだから、実力のある人が少ないのよ」
ちびちびと酒を飲みながら、ケラシーヤが言葉をこぼす。
内容に驚いて、シフは質問を返した。
「王女? この国の王族って、全滅したって聞いたけど」
「それがね、一人だけ生き残ってるの。あ、他の人に言っちゃ駄目よ。私を含めても、知ってるのは片手の指に満たないから」
「言っちゃって良かったの?」
「だって、シフくんだもの。王女がいるって聞いたからといって、何かしようとは思わないでしょ?」
「そりゃまあ、そうだけどさ」
機密保持とか情報漏洩とか、と気にしていると、ケラシーヤは今日一番の笑顔を見せた。
「信頼してるわよ。一緒に転生した仲だし、その中でも、特に……」
ごにょごにょと、ごまかすように語尾をすぼめる。
聞き取りにくくて何と言ったか聞き返すと、何でも無いとごまかす。
追加の酒、料理が運ばれてきて、話はころころと坂道のように転がっていく。
「で、シフくんはトリちゃん娶るつもりで育ててんの? 何、光源氏きどり?」
「そんなつもりねえって。言っただろ、あいつ、生きるために盗人なんかやってたし、痩せ細って今にも死にそうだったんだって」
「あんな可愛い子が、なんでそんな目にあってんのよ。何か仕組んだんじゃないの?」
「あーもう。うざい」
「あぁ?」
ケラシーヤは、トリについて深く突っ込んでくる。確かに酒に弱いようだ。すでに、何を言っているのか解ってないだろう。
逆にシフは酒に強いようで、いくら飲んでも悪酔いしなそうだ。
「何よ。私なんて、ずっと五人で行動しててさ。あいつら勝手に良い仲になるし、私一人があぶれるし。有名になった後に寄ってくるのは打算だけのクズばかりだし。ずっと断ってたら気位が高いだの、これだからエルフはだの、言いたい放題。お前らみたいな奴に身体を預けられるかっての。おかげで百年経っても、ずっと恋人いないし。一度も男に抱かれることもなく、いつか死ぬんだと思ってたけど」
ふふふ、とケラシーヤの目が怪しく光る。
机を挟んで座っていたが、ケラシーヤは立ち上がってシフの隣に移動する。
シフは、えも言われぬ恐怖を感じて逃げようとするが、それより早くケラシーヤが座って、シフの腕を身体で抱きかかえる。
抱きかかえられた腕の感触が気持ちよくて、シフは逃げる意志が失せていく。
「ケイ、ケラシーヤさん、リラーさん、待って待って」
「何よ」
「今、酔っぱらってるよ。ちょっと酔いを覚まそうか」
むう、と面白く無さそうにケラシーヤが口をとがらせる。
そんな顔も可愛いし、このまま流れに任せればケラシーヤを抱けるのかもしれないが、ケラシーヤとは対等の関係でいたいのだ。酒の勢いで、というのは勘弁願いたいのがシフの本音だ。
シフはケラシーヤに腕を抱きかかえられたまま、店員を呼んで勘定を払う。
店員はケラシーヤの様子に驚いた顔になっていたが、何も言わずに見送ってくれた。
「ケイ、帰るよ」
「やだ。今日はシフくんと一緒がいい」
シフが言い聞かせても、ケラシーヤはまるで駄々っ子のように受け入れない。
仕方がない、とシフが折れる。
「解った。じゃあ、俺の泊まってる宿に行こう」
宿に戻り、他の客に見つからないよう、ケラシーヤを部屋へ運ぶ。ちょっと待つように言い置いて部屋を出て、シフは宿の主人に声をかけた。
「あの、ちょっと酔っ払いを連れてきたんで、急だけど二人分でお願い」
「兄ちゃん、女を連れ込んだの? いいけど、あまりうるさくしないでくれよ」
シフは金を渡して曖昧に笑う。
連れ込んだというか、押しかけてきたというか。
「大丈夫、たぶん」
部屋に戻ると、ケラシーヤは寝台にちょこんと腰掛けていた。外套は外して、楽な格好になっている。
待ちきれずに寝ていると楽だったのだが、そう簡単にはいかないらしい。
「おかえり。ここ。ここ」
ケラシーヤは自らの隣をポンポンと叩いて、座るように指示した。逆らわずに座ったシフの腕を、再び抱きかかえようとする。
しかし先ほどの居酒屋ならともかく、ここで抱きかかえられるとなし崩しになりかねないので、シフは振り払って、ケラシーヤに寝るよう言い聞かす。
「明日、また話をしよう。ケイも疲れてるだろ? 今日はもう寝ようぜ」
「……解った。でも寝台は一個よね。一緒に寝よ?」
小さく首を傾けて、ねだってくる。シフは長いすで眠るつもりだったが、しつこくねだってくるケラシーヤに根負けして、一緒に寝台で横になった。
初めはおずおずと、ケラシーヤはシフの服を握っている程度だったが、徐々に近付いていって、いつしかぴったりと密着して抱きついてきた。
「ごめんね。ずっと一人だったから、ちょっと、人肌が恋しくて」
「あー……うん」
何やらケラシーヤが言い訳を口にしているが、背中に当たる胸の感触と回された手の柔らかさに、シフは理性を総動員して煩悩と戦っていて、生返事になる。
そのまましばらく我慢していると、ケラシーヤから寝息が聞こえてきて、ぎゅっと抱きついていた手から少し力が抜ける。
シフはそのままの体勢で深呼吸をした後、ケラシーヤの行動について考える。
会ってからずっと元気よく振る舞っていたが、個人的な問題は別にしても色々と問題を抱えているのだろう。世界でも並ぶ者がほとんどいないほどの実力者として扱われているのだ、ケラシーヤでないと駄目な仕事も多々あるだろう。
あらためて、シフはケラシーヤの障害を取り除いて、一緒に楽しく冒険ができる環境を整えようと決意する。
そのためには、国を荒らしている魔竜は邪魔だ。昔は聖竜だったとか、自分が前世が竜でその親だったとか、些細なことは関係がない。
ケラシーヤの憂鬱に繋がるのであれば、排除するのみだ。
シフはそう考えているうちに、うとうとと眠りについた。
「ん……」
シフが目を覚ますと、目の前に寝息を立てる美女の顔があった。
寝ている内に向き合っていたようだ。しかも、顔が接触しそうなほど密着している。
慌てたシフが身を離そうとすると、ケラシーヤが目を覚ました。
「……シフくん、おはよ」
「おはようございます」
「何故そんな丁寧に?」
「いやその。なんとなく」
どことなく気まずいと思っているのはシフだけのようで、ケラシーヤは気にした様子もなく起き上がる。
寝ている間に服が少し乱れたようで、胸の谷間やすらりとした足が露わになっている。
「ケイ、ちょっと身だしなみ整えて。目に毒」
「毒とは失礼な。私、そんなに魅力ない?」
「逆だよ」
「解ってるわよ。もう大丈夫よ」
シフは逸らしていた目をケラシーヤに向ける。服の乱れは整えているのは良いのだが、寝台の上で正座している。シフが驚いていると、ひざの前に手を置いて、深く頭を下げた。
「昨日は、ごめんなさい。お酒飲んでたのもあるけど、ちょっと調子に乗りすぎたわ」
「いや、謝ることじゃないけど」
ケラシーヤは頭を上げて、真面目な顔で語り出す。
「私お酒を飲んでも別に記憶が飛んだりはしないのよ。それでこの際だから、誤解の無いように伝えておくわね。私は、前世の頃からシフくんが好きでした。前世では転生の話が出てから、サクヤちゃんと不可侵条約を結んでいたんだけれどね。こっちに来てからは同一条件で、どっちが第一夫人の座を得られるか勝負しようと話していたの」
「え、何それ」
顔だけ真面目で、内容はひどいものだった。ケラシーヤの告白はともかく、続いた内容にシフは言葉を無くす。
しかしケラシーヤは、シフの様子にため息をついた。
「そう、全然気付いてなかったのよね、この子。私はともかく、サクヤちゃんはあからさまだったのに」
「そうなの? 何で前世では言ってくれなかったんだ?」
「前世では二人を相手にするなんて、倫理観が邪魔をするでしょう」
「いや、今世でも考えたこともなかったですが」
「あらそう? まあ、百年もこっちにいると、一夫多妻制が当然な気分になっちゃうってのもあるわね」
「さっきあなた、サクちゃんと前世でそういう話をしていたとおっしゃいましたが」
「あらそう? 私、見ての通りエルフだし。生理の間隔が人間と違って半年ごとだから、子ども残せる可能性低いし、私以外に女抱いても、気にしないわよ?」
「そんなこと聞いてません」
「あらそう?」
困ったな、とがしがしと頭をかきながら、シフは思っていたことを口にする。
「俺、ケイに見合うほどの功績も何もないし、お前のお荷物にもなりたくないんだ」
「存在だけで充分なんだけど」
茶々を入れるケラシーヤを黙らせて、シフは続きを語る。
「それで、何が一番役に立てるかって思ったんだけど、やっぱり今は戦うことだけなんだわ。だからちょっと、魔竜退治に行ってくる。ケイを煩わしている要素で、比重がでかいだろ? 昔がどうだったかなんてどうでもいいし、今のケイが楽になるなら、他は些細なことなんだよ」
「そう言ってくれるのはとても嬉しいけれど、魔竜は人が太刀打ちできる相手じゃないわ」
「そうは言っても、あれ邪魔だろ」
うーんと考え込んでいたケラシーヤは自身の中で何らかの決断を下したようで、シフを見据える。
「解ったわ。でも、すぐに行くのは待ってちょうだい。そもそもどこにいるかも知らないでしょう。一週間後。情報を収集して渡すから」
「でも情報収集って、ケイを煩わせる気はないんだけど」
「魔竜に挑むっていうのは、そういう問題じゃないから。いいから、これだけは言うこと聞いて」
いつのまにか、シフが無理を言っている風になっている。
ともあれ、一日を争っても仕方がないのだ。一週間待つくらいなら問題ない。
「解ったよ。何にしても傭兵団の団員証持って出たいし。そうだ、時間があるなら適当な依頼をやっておきたいんだけど、いいよな?」
「好きにしたらいいんじゃないかしら。あまり遠出する依頼なら、言っておいて欲しいけれど」
「ん、了解。近場で済ませるよ」
「じゃあ、また会いに来るわね」
「はいよ」
ケラシーヤは、何かあれば本部の自室まで来るよう言い置いて、部屋から出て行った。
シフも準備をして、部屋から出る。トロール退治の時に剣が随分と痛んでしまったので、直すか新しい剣を用意したい。
階段を降りると、宿屋の主人に呼び止められた。
「なあ、兄ちゃん。今さっきケラシーヤ様が出て行ったんだが、お前の連れって……」
「どうだろね。客の素性を詮索すんのって、良くないんじゃない?」
他の客にはあまり目に付かなかったようだが、詮索されるのも面白くないので、宿を変えた方が良いかもしれない。
そんなことを考えていると、宿屋の主人が肩をすくめる。
「そうだな、悪かった。兄ちゃんも出かけるのか?」
「ああ、うん」
行ってらっしゃいと言われて、宿屋を出る。考えてみれば、ゼロとケラシーヤが迎えに来た時もこの宿なのだから、何らかの関わりを持っているのは明白だ。
そして、英雄として名を馳せているケラシーヤが朝帰りとなれば、気にならない方がおかしいだろう。
大した詮索もせず流してくれたのは、実は非常にありがたかったのかもしれない。
「しばらく、様子見かな」
町中へと繰り出しながら、噂の的にされない限りは宿を変えずにそのまま拠点にしよう、と思った。




