圧倒的な入団試験
シフは試験の当日、九時より少し前に六歌仙の建物に到着した。
その時にはすでに二人集まっていて、シフに声をかけてきた。
「おはよう。きみも受験者かい?」
「ええ、はい。おはようございます」
二人の男は、一人は何かの鱗を貼り合わせたスケイルメイルに刃先が三つ叉に分かれた槍、トライデントを持った戦士風、一人はローブをまとってメイジスタッフを持った魔術師風の出で立ちだ。それぞれガドンとヌグと名乗る。
これまで別の傭兵団にいたのだが、規模が小さく拠点を動かす際に所属が難しくなったのだという。
シフも名前を告げ、村から出てきて初めての試験だと事実を伝えた。それでも二人は馬鹿にするでもなく、一緒に頑張ろうと言ってくる。
シフが気を良くして待っていると、時間きっちりにシフと似た年頃の少女が慌ててやってきた。慌てて来たせいか息が弾んでいるが、動きは軽やかだ。それに合わせたように装備も軽装で、ショートソードを両腰に備えている。
挨拶する間もなく九時になり、男女二人の試験官が姿を現す。シフほどではないが、二人ともかなり若い。まだ二十代前半だろう。
「おはようございます。一人足りませんが、時間になったので説明します」
試験は、六歌仙に持ち込まれた依頼を実際に受けるのだという。
人数や事前の確認で対処できるであろう依頼を、試験官が選ぶ。
依頼内容を説明しかけた時に、よたよたとした足取りで中年の男が一人やってきた。使い込んだ両手持ちのツーハンデッドソードに鉄の輪を幾重にも折り重ねて皮を補強しているリングメイルを身に着けており、シフの目には熟練の戦士に見えた。
「おう、遅れちまった。俺も受験者だ」
男は悪びれた様子もなく混ざろうとしたが、女の試験官が待ったをかける。
「なぜ遅れたの?」
「あ? 別にいいだろ、どうだって」
「いえ、勝手な理由で遅れるような人に、六歌仙の傭兵は務まらないわ」
試験官の指摘に、中年の男が舌打ちする。
「 うるせえな。俺ぁ元々、赤蜥蜴に所属してたんだぜ。わざわざ試験なんざ受けなくても、実力は充分なんだよ」
しかめ面で文句を言う男に、試験官は冷酷に言い放った。
「不合格。試験は結構よ。落としておくから、お引き取り願えるかしら?」
「あぁ? 何を言ってやがる」
「赤蜥蜴なら、この町にも支部はあるわ。わざわざ六歌仙に鞍替えするのは何故?」
「どうだっていいどろうが」
一瞬口ごもったが、出てきた言葉は意味のないものだった。男は気が短いのだろう、大剣の柄に手をかける。
「なんだったら、お前相手に実力を示してやってもいいんだぜ」
赤蜥蜴という傭兵団は六歌仙と違い、戦闘に比重を置いている。そのためか乱暴者も多く、依頼するのは魔物退治が主だという。
試験官の実力は解らないが、放っていて試験官に怪我でもされて試験が中止になるのもまずい。シフは大剣を抜いた男に声をかけた。
「おっさん、試験官に剣なんか向けたら、言い訳も何もないじゃん」
「うっせえ、餓鬼は黙ってろ!」
乗ってきた、と内心ほくそ笑みながら、拳を握る。
「あなたは下がっていて。問題ないから」
シフの意図が解ったのか、試験官は動かないようにシフを手で制して、持っていたレイピアを抜いた。男の構える大剣に比べて、試験官が手にしている片手用の細い刺突剣は、いかにも頼りない。しかし、そのレイピアからは何らかの魔力が感じられる。
「そんな柔らかいもんで、俺の剣が防げるかよ!」
男は大剣を大きく振りかぶりながら距離を詰める。言うだけはあって、かなり素早い。試験官は避けずに、レイピアの切っ先を上にあげる。
振り下ろされた大剣の切っ先を見据えながら、試験官はレイピアで刃先を当てて受け流した。
それほど力が入っていないように見えたが、男の大剣はちょうど一人分だけ剣先をずらされ、鈍い音を立てて地面にめり込んだ。
そして、レイピアを男の喉もとに当てて、試験官が一言だけ告げる。
「邪魔だから帰って」
実力差を感じ取ったのだろう、その後はなんだかんだと文句を言いながらも、男は去って行った。
「レイガ、お待たせ。説明を続けて」
「はいよ。しかしネーネイさん容赦ないな」
レイガと呼ばれた男の試験官が説明を再開する。女性の試験官はネーネイという名前で、こちらが上司らしい。
「今回の試験に選んだ依頼は、オーガ退治。たったの三匹だから、さくっと狩って戻って来ようや」
オーガ。人間の倍に近い体格の、力が強く乱暴者の魔物だ。皮膚は岩のように硬い上に鎧も着込んでいることが多く、魔法でもなければ退治するのは難しい。
そのためか、全員の視線がヌグに寄せられた。
「あ、あの。俺の魔法じゃ一匹を狩った程度で魔力が尽きると思うんだ」
ヌグは言い訳がましく宣言したが、一匹を狩れるだけでも大したものだ。
「一匹だけでも充分ですよ。残り三人で、何とか二体を退治ですね」
遅れてきた少女が笑顔で宣言する。作戦会議に入りかけたところで、レイガから待ったがかかった。
「先に全部説明するから、相談はその後、移動しながらすりゃいい」
レイガの説明によると、フランから二日ほど離れた場所にある村の近くで目撃情報があったらしい。
今のところ被害は出ていないが、早めに対処しておかないと、村に目を付けられると厄介だ。
シフたちは準備を整え、早速フランを出て目的地に向けて旅立った。
道中の警戒や野営の準備、夜の見張り当番を試験官を除いた四人で交代してこなしていく。
見張りや準備をしながら話をしているうちに、シフたち四人はそれなりに仲良くなっていった。
特にヌグと仲良くなって初級の攻撃魔法を教えてもらえたのは、シフにとって嬉しい内容だった。
ガドンとヌグがフランを活動拠点にする理由は、ガドンの結婚がきっかけだそうだ。
結婚相手が年老いた親の看病をするために、フランから離れられないらしい。旅に出るのは別として、フランに本部がある六歌仙は都合が良いそうだ。
時間ぎりぎりになった少女はポーラという名前で、六歌仙に所属している有名な剣士の娘らしい。
そしてシフ自身も、転生に関わらない程度に身の上を説明した。自ら強いと伝えたものの、すでに何度も仕事をしているガドンとヌグや、父親直伝の剣術を使うポーラより弱いと思われているようだ。
馬鹿にされている風でもなく、シフが強いとしても自分の方が上だと思っている様子だ。むきになって言い返すのも子どもじみているので、実際のオーガ討伐で実力を見せれば良いとシフはより一層、やる気を出す。
シフたちは二日ほど旅を続けて、目的の村へと到着した。
柵があり、櫓の上に見張りが立っている。見張りはシフたちを見て、ほっと顔をほころばせた。
「六歌仙の方ですか?」
「ああ。村長にお目通し願いたい」
すぐに伝令が走り、別の者が案内してくれた。
屋敷に通されて村長に挨拶をすると、少しだけ困ったような顔になる。
「どうかされましたか?」
話し役は、相手に安心感を与える意味も含めて、年上のガドンとヌグが請け負っている。
「いやその、多いのはありがたいのですが、報酬はそれほど多くないので、六名も来ていただいて採算が合うのかどうか」
村長は、シフたちを二重の意味で当てこする。
報酬のかさ増しを警戒するのは当然だが、実力が足りないのではないかとでも思っているのだろう。ガドンとヌグはともかく、他の四人はシフとポーラは当然、試験官ですら傭兵としては若い部類に入る。
「お気になさらず。偶然、こちらの方面でいくつか依頼が立て続きましてね。数をこなして採算を取るので問題ないのですよ」
あらかじめ決めていた通り、人数が多い点は適当な理由でごまかす。誰だって、自分たちの死活問題を試験に使われたら良い気はしないだろう、という配慮だ。
目撃情報や被害状況を確認し終えて、シフたちは近隣の森へと向かった。シフは周りに注意しながら、折られた木々や食い荒らされた動物の死骸を参考に、今の位置を推測する。
「シフさん、凄く慣れてるわね」
休憩で一息いれている時にポーラがシフに感心したような声をかけてきた。
「親が元傭兵の猟師だから。俺も森を歩き回ったし、魔物の特徴も色々と教わってるし」
「へえ。まだ遠そう?」
「それなりに近付いてると思うけど」
その後も探索を続けて、一晩森の中で夜を明かす。
夜は魔物の夜目が効く上に主な活動時間なので、太陽のあるうちに討伐するのが一番だ。
「いた」
シフが、遠く離れた場所、木々の隙間からオーガを発見した。手で周りに伝えたが、他の三人は目視では解らないようだ。
「よく見つけたね。もう少し近付くよ」
ヌグに褒められながら、シフたちはオーガに近付く。
だがシフの目には、一匹だけまったく違う魔物が混じっているように見える。
「一匹、なんか違うのがいますね」
「どんなの?」
「んー、肌が岩みたいに浅黒くて、オーガより一回り以上大きい。なんだろ、ジャイアントの一種かな」
横で聞いていたヌグの顔色が青くなる。
「それ、トロールじゃないかな。一回り大きい以外はオーガと外見的特徴は似ているけれど、大きく違うところが、その再生能力なんだ」
生半可な傷だと、ものの数秒で治ってしまうという。大きな怪我を負わせても、攻撃を続けられなければやはりすぐに再生してしまうらしい。
前に戦ったことがあるというフランとヌグが、試験官にどうするか伺う。
「そうね、本当にトロールだとしたら、ちょっと荷が重いかもね。早期発見できたところと、彼我の実力差を冷静に分析できたところを評価点にしておいて、トロールだけは私たちで処理するわ」
試験官のネーネイの判断に、シフは手を挙げて質問する。
「トロールって、頭を潰したら死ぬかな?」
「そりゃ死ぬよ。ただ、高い位置にあるし、そんな簡単に潰れるほど柔らかくないよ」
怪訝な顔のヌグが説明してくれる。頭さえ潰せば倒せるなら、シフでも対処できるだろうと判断する。
「二匹いるオーガの方、三人で対処できそう? できるなら、俺がトロールを潰すよ」
できるわけがない、とポーラたち三人は呆れ顔になるが、ネーネイとレイガは小声で話し合って、シフに任せると言ってくれた。
「シフさん、本当に大丈夫なの? 一撃でも食らったら死んでしまいそうだけど」
心配そうなポーラに、気軽に笑顔を見せる。
「大丈夫、俺はこう見えて丈夫だし、当たらなければどうってことないし」
ますます心配そうな顔になるが、そろそろオーガとの距離が近付いて、話をしている余裕がなくなる。
こちらの移動で鎧などの金属音が届かないぎりぎりの位置で、ヌグの魔法とシフのスリング、さらにポーラとガドンも弓の準備をする。
片手が空いているシフが手振りで合図をして、四人がほぼ同時に、一体のオーガを狙って攻撃を開始した。
「ギャウッ」
オーガの悲鳴が周囲に響く。三人の攻撃も効果は出ているが、中でもシフの石は右腕に当たって骨が折れるでもしたのか、ぶらんと力なく垂れ下がっている。
攻撃を受けていないトロールともう一匹のオーガはシフたちを見つけて、うなり声を上げて向かってきた。
ポーラとガドンはもう一射してから弓を捨てて、それぞれ剣を構える。ヌグは悲鳴を上げたオーガに魔法での攻撃を繰り返している。
「さすがにでかいな」
シフは自身の高さだけで三倍以上あるトロールに向かっていきながら、ぼそりと呟く。体積は数十倍あるだろう。
スリングを回している時間はないので手で石を投げながら牽制する。トロールの腕に石があたり、うめき声を上げる。しかし先ほどオーガに当たった時ほどの効果はないようだ。
何やら喚きながら大きく腕を振り回す。シフは危な気なく避けながら、攻撃の機会を探る。細かい攻撃をしても無駄だと判断して、頭への致命傷だけを見据えて動く。
暴れ回って近付きにくい状況が続いていたが、後ろを取ろうと動いているうちに、トロールが足をもつれさせた。
倒れるほどではないが、致命的な隙となり、シフは狙い定めて手にした剣をトロールの頭へと突き刺した。
「ガァッ……」
シフの剣は頭を守ろうとして出した腕と頭蓋を貫き、トロールの脳を破壊する。トロールの再生力がいかに高くても、脳が破壊されると再生できない。
まず一匹、とシフが次の敵を求めて周りを見ると、ポーラが怪我を負ったオーガを相手に時間稼ぎしていて、ガドンの相手をヌグが魔法で攻撃している。魔法で攻撃している方は、倒すのも時間の問題だと判断して、ポーラの援護に向かう。
「えっ、シフさん?」
そっとオーガの背後を取り、心臓をひと突き。
「そっちに集中していたから、楽に狩れたよ」
「うん、それはいいんだけど、トロールは……倒したのね……」
声に含まれた呆れた調子に首を傾げながら、シフは最後の一匹がどうなったか目を向ける。
ちょうどガドンの槍がオーガの喉元を貫き、勝負を決したところだった。
「よし、これで依頼達成だな」
シフが陽気に宣言すると、近付いてきた試験官二人が驚いた顔でシフたちをねぎらった。
「お疲れ様。しかしシフ、あなたどうなってるの?」
「どうとは?」
「稀に見た目に合わない力を持っていたり、素早かったり、色々いるけど、あなたのはそういう領域では説明がつかないわ」
そう言われても、まさか竜の転生の疑いがあるとはいえない。
「細かいところは秘密ってことで。でも俺、会った時から強いって言ってましたよ」
「そういえばそうね。でも、一つ修正なさい。強いじゃなくて、凄まじく強い、ね。身のこなしも大したものだし。ケラシーヤ様のお気に入りっていうのも頷けるわ」
「あ、知ってたんですね」
「事前に聞かされたわ。手心を加える気はなかったけど、杞憂だったわね」
じゃあ、と先を促すシフに、ネーネイが頷く。
「四人とも実力は充分だし、社交性もあるしね。いいんじゃないかしら」
わっとシフを含めた四人が笑顔で褒めあう。
「一匹がトロールだった点は、依頼内容に不備があったってことだから、こちらで処理するわ」
試験が終わって、村へ報告した後、六人で帰路につく。途中で話題に上がるのは、もっぱらシフの実力についてだった。
「シフさん、どうやって鍛えたら、トロールの腕を貫くなんて芸当ができるの?」
「んー。勢い?」
「それより、ケラシーヤ様と知り合いって、どうやって?」
「えー。成り行き?」
答えられる範囲は答えるものの、そんな話よりも魔法の勉強をしたいと思って、シフはヌグに教えを請う。
ヌグも気前よく教えてくれて、フランに戻る頃には、初級の火炎魔法は使えるようになっていた。ただ詠唱がたどたどしいせいか、ケラシーヤは当然、ヌグと比べてもかなり威力が低い。
「あとは繰り返して、魔力の移動に敏感になれば、火力が上がってくるよ」
「うん、解りました。ヌグさん、色々とありがとう」
「いえいえ。俺が教えられる程度のものなら、いくらでも」
シフは、今回一緒になったガドンやヌグ、ポーラはいい人だと判断して、今後も仲良くできれば良いと思う。今後、同じ傭兵団に所属する以上、一緒に行動する時もあるだろう。
交流を持つのは悪いことではないので、四人はそれぞれ連絡先などを交換しあった。
傭兵団の団員証は、二日後に発行とのことなので、二日後にあらためて本部へと顔を出す必要がある。
今はすでに住み込みで働いているトリに一発合格の報告をするため、晩ご飯も一緒に食べようと誘いに、シフは六歌仙の専用宿舎へと足を向けた。
「ただいま。トリ、真面目に働いてたか?」
「おお、兄貴。おかえり。ちゃんとやってるよ」
部屋に向けて声をかけると、笑顔でトリが出迎えてくれた。
食事もまだだったので、許可を得て外に食べに行く。
「シフくん」
宿舎を出て少し歩いたあたりで、シフは暗闇の中から呼び止められた。
「うわっ、びっくりした。ケイ?」
「試験お疲れ様」
「ああ、うん。どしたの、お前」
「いえ別に」
「別にって感じじゃないけど」
何やらどんよりとした空気をまとわせたケラシーヤは、シフに愚痴をこぼす。
「いえ。別に。仕事で疲れているだけ。それでシフくんとトリちゃん、私もご一緒していいかしら」
「えっと。俺はもちろん構わないけど」
シフはちらりとトリの様子を窺う。前に張り合っていたので、今回も嫌がるかと思ったのだが、あっさりとトリは頷いた。
「そりゃいいよ。大勢の方が賑やかでいいじゃん。ケラシーヤ姉ちゃんも腹減ってんだろ?」
えらくあっさり承認したな、とこっそりと確認を取ると、何やら逆らえない雰囲気だったようだ。
トリにも危険察知の能力が順調に備わってきているらしい。今のケラシーヤは、シフから見てもトロールなんて話にならないほど危険な気配がする。
そのまま町の食堂で、それぞれ食事をしながら状況報告をしているうちに、日が暮れていった。