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記憶の顕現

 夏の日差しが強い中、少年は母親に言われて家事を手伝っていた。

 川から水を汲み上げ、洗濯用の桶いっぱいに入れる。そして入れ終わったら、野菜畑に水をやる。ここ数日は雨が全然降らないので、一日に一回は水をやらないと野菜が枯れてしまうのだ。

 午前中に終わらせておかないと遊びに行けないから、いつだって少年は一生懸命だ。一往復するだけでも結構大変だが、桶いっぱいにするのに五往復はかかるし、野菜の水やりは、その倍以上かかる。 考えると気が滅入ってしまうので、少年は村を横断しながら、木の数を数えてみたり、土で作られた家の数を数えてみたり。

 途中、すれ違う村人と元気に挨拶しつつ、おじさんを見かけるたびに、あと何年くらいは髪の毛がありそうか妄想してみたり。

 無駄なことを考えながら水を運んでいると、ようやく手伝いが終わった。


「母さん、終わったよ。昼食を食べたら、遊びに行っていい?」

「ああ、終わったなら構わないよ。ただし、夕方にまた風呂釜の水がいるからね、それまでに戻ってくるんだよ」

「はーい」


 許可が出たので、少年は喜び勇んで遊びに出かけた。



 あらためて村の端にある川に到着すると、隣に住むエレイナが水を汲んでいた。村でも評判の美人らしいが、少年にとっては少し怒りっぽい、それでもよく遊んでくれる優しいお姉さんだ。


「エレ姉さん、お仕事?」

「あら、シフくん。相変わらず元気そうね。ちょっと足りなくなっちゃってね。汲みに来たの」

「そっか」

「シフくんは?」


 エレイナに聞かれて、少年、シフはへへんと胸を張る。


「もう終わったから、泳ぎに来たんだ」

「そっか。シフくん、力強いもんねえ」


 そう、シフは何故か大人顔負けなくらい力が強い。シフは将来、腕力を生かしてイビルを狩る傭兵にでもなろうと考えている。


「泳ぐなら、もう少し待ちなさい。誰か大人が付いていないと、溺れたら大変。危ないわよ」

「大丈夫だよ、そんなへましないって」


 エレイナの言葉を無視して、シフはさっさと服を脱ぎ捨てて川に飛び込んだ。

 冷たくて気持ちが良く、シフは歓声を上げる。


「こら、シフくん!」


 シフは聞こえないふりをして、泳ぎながら魚を捕っていると、ぶつぶつと文句を言っていたエレイナが、日差しを遮るための上着を脱いで追いかけてきた。


「駄目って言ったでしょう! 深いところもあるのよ!」

「えー、だって、暑いもん」


 シフが言い返すと、呆れた顔をしたエレイナがシフの首に手をかけながら引き戻そうとする。


「そりゃ、暑いわよ。夏だもの。でも、私、危ないって言ったよね。聞こえなかったかな?」

「えっと。ちょうど飛び込んだ時かな。聞こえなかったんだ」

「へえ。ふうん。そんなへましないとか何とか、返事したよね。あれは何?」


 そんなこと言ったっけ、とシフは首を傾げる。暑さから逃れるのが優先で、適当に返事をしていたのが駄目だったようだ。


「さあ、何かな。それより、せっかく入ったんだから、エレ姉さんも魚を捕ろうぜ」

「嫌よ。こんな格好で捕っていたら、男の人が来たら恥ずかしいじゃないの」


 エレイナは上半身が薄い服一枚で、肉付きが良く大きく膨らんだ胸と、男好きのしそうな身体の線が露わになっている。


「えー、俺も男じゃん」

「あらあら。シフくんはまだまだお子様じゃない。私の色気に興奮しないようなお子様なら、別に恥ずかしくないもの」

「むー。なんか馬鹿にしてるだろ。まあいいや。それより魚を捕らないなら、邪魔しないでよ」


 エレイナが腰に手を当ててくねくねしているが、魚を捕るのに近くで動いていると、邪魔でしかない。


「はいはい。頑張って」


 大人を呼ぶ代わりに、近くで見守るつもりらしい。シフは不要だと思いつつ、魚捕りに没頭した。



 しばらく経って、捕まえた数が十匹を超えたくらいだろうか。


「大物発見!」


 ひときわ大きな魚が目に付く。シフが声を上げて指を指すと、エレイナも声を出した。


「おお、本当だ。捕れそう?」

「うん、たぶん大丈夫」


 少し動かずじっと待って近付いてきたところで、一気に飛びかかる。

 しかし、魚はバシャッと水を跳ね上げながらシフを避ける。

 避けられたのを無理に追おうとして、シフは体勢を崩す。


「うわっ」


 こけてしまっただけでなく、深みにはまってしまった。

 シフは水を飲んでしまい、慌てて吐き出そうとするが、口を開けるとさらに水が入ってくる。これは危ないと思うも、すでにシフには自分がどういった体勢なのかも解らないほど混乱している。


「がぼっ」


 シフが暴れていると、ギュッと腕を掴んで引き上げられた。


「シフくん!」

「ごほっ、げほっ」


 引っ張り上げてくれたエレイナがそのままギュッと抱きしめてくるが、息をするので精一杯だ。

 しばらく咳き込んでいると、エレイナがシフを抱いたまま川岸まで運んでくれた。


「ほら、言った通りじゃない」


 川岸に上がった後、エレイナも荒い息を吐いている。


「う、うん、ごめん」

「はあ、疲れた」


 安心したのか、抱いていたシフを話して、手を上げて大きく伸びをする。

 反ったエレイナの上半身を見ながら、シフは綺麗だなと思った。それと同時に、顔が熱くなる。


「ん、シフくんどうかした?」

「え、あ、いや」


 エレイナの、肌にぺったりと張り付いた濡れた服。胸は当然、全身透けて見えており、全裸よりも色っぽく見える。


「あー、シフくん。お姉さんの身体に興奮しちゃった?」


 どことなく悪戯っぽいにやにやとした笑みを浮かべながら、エレイナがシフの顔を抱きかかえる。

 顔が柔らかい胸にあたり、むにゅっとした感触が伝わってくる。


「エ、エレ姉さん、ちょっと」


 熱かった顔から、下半身にかあっと血がたまったような感覚になる。それと同時に、頭痛がシフを襲った。


「あ、息苦しかった? ごめんね」

「いや、苦しいっていうか、その」


 シフは頭痛に襲われながらも、ちらちらとエレイナの身体を見ていると、シフの下半身を見たエレイナが、くすくすと笑う。


「シフくん、可愛い。ちっこいけど、大きくなってるよ」


 エレイナが変わらずシフをからかうが、シフは頭痛がどんどん大きくなっていって、それどころじゃなくなってきた。


「頭が、痛い……」


 え、と一瞬だけ驚いた顔になって、慌ててエレイナが立ち上がる。


「ちょっと待ってて、すぐに戻るから!」


 エレイナが走って行き、シフは頭を抱えてうずくまった。



「シフくん!」


 どれくらい経ったのだろう、エレイナの声が聞こえる。辛うじて意識が残っていたシフが気を失う直前に目にしたのは、エレイナが恥ずかしいと言っていた濡れた服だけの格好で、大人を連れて駆けつけてきた姿だった。


 そして、シフは三日三晩生死の境をさまよった。



「ん……あれ、エレ……姉さん?」


 目が覚めて、シフが最初に見たのは、布団に寄りかかるように座っていたエレイナだった。


「あ、シフくん、起きた! 大丈夫? どこかおかしくない?」


 頭がおかしい。それはもう、色々と。口には出さず、シフは安心させるため、エレイナに笑顔を見せた。


「一応、大丈夫。今日って、何日だっけ」

「えーっと。八月十五日ね。三日ほど眠っていたのよ」

「その、王国歴だと何年だっけ」

「王国歴? えっと、どうだっけ。二百四十年くらいかな。あはは、覚えてない」


 色々と混乱もあるが、シフに残っている記憶が確かなら、転生は成功したけれど、時間が百年ほどずれてしまっているらしい。


「シフくん、王国歴なんてよく知ってたね。五年ほど前、魔竜に国が滅ぼされてから、王国歴なんて使われてなかったのに」

「え、滅んだ?」

「うん。覚えてないのも無理ないけど、今はそんなのどうでもいいわ。おばさんを呼んでくるね」

「あ、うん……」


 どうでも良くはないのだが、あまり知識を出し過ぎると怪しまれる。シフは黙って、エレイナが扉の向こうに向かうのを見届けた。

 しかし、元々八歳まで育った今までのシフも、思い出した前世の自分も、違和感なく混在しているように感じる。不思議だが、知識だけを受け継いだわけではないようだし、今までの人格が消えてもいない。

 我が身に起きた出来事ながら、転生って不思議だ。シフが感慨にふけっていると、扉が開いて二人の女性が入ってきた。


「シフ、起きたか。ご飯は食べられそうかい?」


 恰幅の良い女性、つまりシフの母親が部屋に入ってくる。


「母さん。うん、食べるよ」


 長い、過去の記憶をさかのぼっていたせいか、凄く久しぶりに感じる。

 ほんの少しだけ涙ぐんでしまったが、誰にも気付かれなかったようでシフはほっと息を吐く。


「シフくん、ごめんね。溺れた時、もっと早く助けてれば、大丈夫だったかもしれないのに」


 エレイナが、落ち込んだ様子で謝ってくる。


「エレ姉さん、気にしないで。俺が勝手に溺れただけだし、助けてくれただけで嬉しいよ」

「ふふ。ありがとう。さて、じゃあシフくんも起きたし、私もいったん家に帰るね。また明日」

「あ、うん。色々とごめんなさい」


 何が? と聞き返すエレイナに、シフが殊勝な態度で言葉を返す。


「溺れた後、その、やらしい目で見ちゃったことと、そんな格好で走り回る羽目になっちゃったこと」


 言った途端、エレイナの顔が真っ赤になる。


「あー、それは触れないで」


 俺が倒れてから何かあったのかな、とシフは首を傾げるも、触れるなと言われた話題を続けるのはまずいと判断して、話を打ち切る。


「うん。解った。もう聞かない。じゃあまた明日」


 小さく手を振り、エレイナが部屋から出て行った。


「さて、と」


 シフは深呼吸をして、部屋の外にいる母親の気配を探る。

 家の中は、シフの部屋、両親の部屋、台所の三部屋。

 母親は、台所で小さく動いているようだ。シフのご飯を作っているのだろう。


 シフが思った通り、気配を読むくらいは、この身体でも出来るようだ。

 母親がご飯を作り終わってこっちに来るまで、まだ時間はあるだろう。

 自らの腕力を考えると、マークフォースは『ヒーローブレイド』なんだろうな、とシフは推測を立てた。

 戦闘スタイルに向いているのは『ダブルストライク』なのだが、何もないよりはよほど良い。

 などと考えながら、シフは前世の記憶を整理し始めた。


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