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05 兄の現状


 「……っ」

 

 兄さんは私を抱きかかえると、結界に守られた、石造りの部屋に閉じこもった。

 魔力抑制の結界は、その中央が、一番効果が高い。

 なので、魔力が暴走し始めたら、結界の中心――今回の場合は部屋の中央――に立つのが鉄則となる。

 

 兄さんが部屋の中央に立ったことで、周囲に漂っていた火の玉は、ほどなくして消えた。

 一つも残っていないことを確認して――兄さんは、ほっと息を吐くと、その場に座り込んだ。

 ……動揺させて、暴走をけしかけたみたいで、ごめんなさい、兄さん。

 兄さんを焦らせるつもりはなかったんだけど……。

 なんて、心の中で謝罪しつつ。

  「あー」

 

 兄さんに抱きかかえられたままの私は、とりあえず自己主張してみた。

 

 「……君は、アリア……?」

 「う!」

 

 兄さんが私を見てくれたので、にっこりと笑う。

 

 「…………」

 

 いきなり赤ん坊に懐かれて戸惑っているようだけれど、そこは早く慣れてもらわないと。

 私は、戸惑っている兄さんの頬や肩に、ぺたぺたと触れていく。

 

 「…………ふ」

 

 最初こそ、兄さんは目を見開いて硬直していたけれど、擽ったくなってきたのか、笑みが零れ始めた。

 ……よかった。ちゃんと笑えるみたい。

 兄さんの笑顔が見れたことに安堵して、私もにこお、と笑う。

 が、不意に兄さんの笑顔が翳った。

 

 「……君くらいだよ。躊躇いもなく、触れてくるのは」

 

 寂しげに呟かれて、私の胸は締め付けられた。

 やっぱり力の暴走が原因で、兄さんは寂しい思いをしていたんだ……。

 ――なら、私はまず、兄さんのその寂しさを払拭する!

 赤ん坊であることを最大限に利用して、スキンシップしまくってやるんだから!

 そう決心した私は、まずは兄さんの頭を撫でようと手を伸ばし――その手は空振りした。

 

 「っアリア! アリアー!?」

 

 お母様の焦った声を聞きつけた兄さんが身を引いたので、手が届かなかったのだ。

 昼寝から起きたお母様が、私の不在に気付いてしまったようだ。

 

 「ライラ母上……もしかして、一人でここまで来たの?」

 「うぅ」

 

 少し眉を顰めた兄さんの質問に、私は短く呻いた。

 確かに、お母様に心配をかけてしまった点は、反省しないとだけど。

 でも、兄さんの存在を確認するのが最優先だったし!

 心の中で言い訳する私の身体は、兄さんに運ばれた。

 ドアを開け、戸口から顔を出して、兄さんがお母様を呼ぶ。

 

 「――ライラ母上」

 「! まあ、フェリックス様……っアリア!?」

 

 取り乱していたお母様は、兄さんに抱きかかえられている私を見つけて目を見開いた。

 

 「アリア、どうしてここに……!? ああ、申し訳ありません、フェリックス様。ご迷惑をお掛けして……」

 「……いえ」

 

 謝罪するお母様に、兄さんは短く返事をした。

 

 「……?」

 

 その声が、酷く硬質に感じられて、私は思わず首を傾げて兄さんを見上げた。

 ……笑顔が、消えていた。

 笑顔だけではない、驚きも、戸惑いも――感情の一切が排除されたような、人形のような表情。

 そんな兄さんを見て、私の心が冷えた。

 

 「さあ、アリア。お部屋に戻りましょう」

 「っやー!」

 

 兄さんからお母様に手渡されて、咄嗟に私は声を上げた。

 

 「アリア?」

 「や、や!」

 

 じたばたと腕を、足を振り回す。

 だって、こんな兄さん、一人になんか出来るわけない!

 

 「アリア、いい子だから……」

 「っや――!」

 

 必死に拒絶の意思を示して――そして閃いた。

 魔力で、周囲の温度を急速に引き下げる。いくつかの氷柱も出現させる。

 

 「!? こ、これは……!」

 「暴走……!」

 

 お母様が驚く。兄さんの顔にも、驚きとはいえ表情が戻った。

 よし、狙い通り!

 私は、やり過ぎないように心がけながら、更に二つ三つ、氷柱を落とした。

 

 「あ、アリア、アリア……」

 

 お母様が必死にあやそうとしてくれているけれど……すいません、目的達成まで、泣き止みませんよ!

 私は泣き声を上げながら、兄さんに向かって手を伸ばした。

 

 「――貸して」

 

 兄さんは、私の希望を酌んでくれた。

 

 「フェ、フェリックス様?」

 

 戸惑うお母様の手から半ば奪うように、兄さんが私を抱き取る。

 

 「う?」

 

 お母様から兄さんに移った途端に、私は、ぴたりと暴れるのをやめた。

 

 「……お、落ち着いた……? でも、どうして……?」

 

 戸惑うお母様。

 うん、母親のプライドを砕いてしまうような展開でごめんなさいだけど、これも兄さんのため!

 

 「…………」

 

 兄さんが、じっと、私を見つめている。

 私は兄さんに笑いかけた。

 すると、兄さんの目元が少し緩んだ気がして――私の笑みは、一層深まる。

 笑いあう私たちの様子をしばらく見守っていたお母様は、やがて溜息を一つついた。

 

 「……フェリックス様。どうやらアリアは、フェリックス様から離れたくないようです。……しばらくご一緒させていただいても、宜しいでしょうか?」

 「……はい」

 

 兄さんは、私を見つめたまま、お母様に頷いた。

 


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