49 増幅される感情
まず私は、かき集めた魔力を水に変換して、周囲に降らせた。
草木は勿論、私、ブラッドさん、ネリーの体もびしょぬれになったけれど、構いはしない。しかし、兄上の体には、まだ一滴も降りかかっていなかった。
兄上を避けたわけじゃない。
兄上の周囲に集まっている熱が、水を蒸発させてしまっただけ。
「――っ」
続けて私は、大きな氷柱を立て続けに作り出し、兄上の周囲に落とした。
寄せる熱が、容赦なく氷を嘗め尽くすけれど、それでも時間は稼げる。
「兄上……」
私は、兄上に向けて踏み出した。
熱気が頬を撫でるけれど、まずは近づかないと……!
「って、アリアちゃん! 危ないって!」
「っブラッドさん……っ」
私の手がブラッドさんにつかまれた。
心配してくれたのはわかってる。でも……!
「――アリア……ブラッド……っ」
それを見ていた兄上の体から、一際強い熱波が発せられた。
傍にあった氷の柱が一本、蒸発して消えた。
「っ兄上、待って、落ち着いて!」
急いで新しい氷柱を一本落とす。それとほぼ同時に炎の塊が飛来して、ブラッドさんに迫った。
「うわ……っ」
「っブラッドさん……!」
私は咄嗟にブラッドさんの前に立ちはだかった。
翳した手に炎がぶつかる。
「――く……っ」
炎は、私の手を、ジュッと焼いた。
「あはははは! ほら、やっぱりブラッド君を庇ったわ!」
「っ当たり前でしょうっ!」
ヒステリックなネリーの笑い声に苛立って、怒鳴りつけた。
「アリア……」
そして、兄上の声を聞いてハッとした。
兄上を中心に、炎の柱が生まれ始めていた。
ブラッドさんが私を庇っても、私がブラッドさんを庇っても、兄上の力は暴走する。
……いくら精神的に不安定だからって、この力は異常だ!
どうして――と、その時、視界の隅に、黒く光るものをみつけた。
「っあれは……封印石!」
ネリーの足首から発せられる光。それは封印石の光だった。
どうしてネリーが、という疑問、何故今まで気がつかなかった、という自責は、とりあえず放り捨てる。
今は、あの封印石を消すことが最優先だ!
「ブラッドさん、あのアンクレット! あの黒い宝石を破壊しないといけない! ネリーから取り上げて、私に頂戴!」
「任せとけ!」
ブラッドさんは一瞬の躊躇もなく走り出した。
「な、何よ……! こっちに来ないで!」
狂ったように笑っていたネリーは、ブラッドさんの接近に気付くのが遅れた。魔術の風でブラッドさんを弾き飛ばそうとするけれど、それより早く、ブラッドさんがネリーに体当たりを仕掛けた。
「きゃ……っ」
「これか! アリアちゃん!」
悲鳴を上げて倒れたネリー。その足からアンクレットを抜き取ると、ブラッドさんはすかさず、私に投げて寄越した。
「ありがとう、ブラッドさん!」
封印石を掴み取るなり、力を通した。
ぱきん、と軽い音がして、手の中から石が消えた。
「――兄上!」
これで、暴走はいくらか収まるはず。
そう思って兄上を見たのに――
「そんな……!?」
相変わらず、兄上は炎を纏っていた。
「封印石は破壊したのに、どうして……!」
「……なんだ!? 炎が、黒く……!?」
「え……!?」
ブラッドさんの指摘に目を凝らして――私は息を呑んだ。
どうして――
「封印石の力……! そんな、どうして!」
渦巻く炎は、禍々しい力を宿していた。それは、封印石に封じ込められているはずの力。
その力は、兄上が持っている何かから、ではない。
兄上自身から――発せられていた。
どうして、兄上から……!?
いつもそばにいたのに、兄上の力に、こんな側面があることに、なんで私は気がつかなかったの!?
「アリアちゃん、どうにかして止められないのか!?」
「……っ」
ブラッドさんの言葉に、私は唇を噛んだ。
私だって止めたい!
暴走は、魔力を、時には生命力までもを消費する。このままじゃ、兄上の命が危ない。
いつもなら、封印石を破壊すれば、それで事足りた。でも今回、封印石は見当たらない。
なら、どうやって止める?
――兄上を傷つける? そんなの論外だ!
どうする!? どうすればいい!?
急がないと、兄上が力尽きてしまう……!
「アリア――」
揺らいだ空気の層の先で、兄上が私を呼んだ。
酷く弱々しく――限りなく、甘く。
もしかしたらそれは、最期を覚悟してしまった声……ううん、駄目、絶対に駄目……!
「兄上――」
私は兄上に向かって走り出した。
「アリアちゃん!?」
ブラッドさんの制止する声が聞こえたけど、止まらない。
だって私は、兄上を幸せにするために生まれたんだから!
ここで――兄上を一人で逝かせるなんてこと、絶対にさせない!
「アリア……駄目だ、来るな……!」
兄上に向かって――炎に飛び込む私を見て、兄上が驚愕に目を見開いた。
炎よりも紅くて、時に、炎よりも熱く私を見たその瞳。
「兄上……!」
その瞳を見つめながら、私は走った。
炎が髪を、肌を焼こうと構いはしない。
「アリア……っ」
泣きそうに顔をゆがめながらも、それでも、兄上は笑っていた。
笑って、飛び込む私を抱きとめる。
「兄上――フェリックス……」
「アリア――」
その時、私は炎の熱さなんて感じていなかった。
ただひたすらに、フェリックスの瞳を見つめ、私の全てを送り込むように、口付けた。




