04 兄を探して三千歩?
お父様が出かけてしまったので、私は考えた。
光の神様は、私を、兄さんの妹として生まれさせてくれるといっていた。
それが神子を務める報奨なのだから、叶わない、ということはありえない。
ならば私は、確かに兄さんの妹として生まれているはずなのだ。
……まあ、どうやら母親は違うようだけど。
光の神様が一度渋ったのは、その辺の事情だったのかもしれない。兄さんの生みの母親はもう亡くなっているから、異母妹の位置を用意したのだろう。
私としては、兄さんの行動を把握して口出し出来る、ある程度の権利を手に入れられればいいわけだから、同母妹だろうと異母妹だろうと、どちらでも構わないけれど……。
問題は、私が一度も兄さんと顔をあわせていないことだ。
さっき耳にした、力の制御を会得、という言葉から察するに、今の兄さんは、魔力のコントロールが上手く行かなくて暴走させているんだろう。
魔力の強い子供には、よくあることだ。
なら、魔力を抑制する結界が張られた別室に篭っているんだろうけど……にしても、一度も顔を見せに来てくれないなんて……。
「うー……」
悶々としながら、窓から外を睨みつけ、二人の帰りを今か今かと待った。
――で、いつのまにか、寝てました。
……さすが赤ん坊の身体。食べて眠るに特化してるわー……。
目が覚めたのは、夜。
出来ればすぐに兄さんを探しに行きたいところだけど、現在地は、柵で囲われたベビーベッド。この柵は越えられない。
「……むう」
仕方ない。日中なら多少は自由が利くから、そのときに探すしかないか。
もう一眠りすれば、きっと探しにいける。
そう自分に言い聞かせて、私は目を閉じた。
さあ、待ちかねた自由時間がやって参りました!
ベッドから下ろされた私は、逸る気持ちを抑えて、しばらく大人しく遊ぶことにした。
流石に長く注意が逸れることはないけれど、実はお母様、この時間はうとうとしていることが結構多いのだ。
私は、お母様の眠気を邪魔しないよう、静かに時間を潰し――
「…………すう……」
待望の寝息を聞き取って、ガッツポーズした。
よっし、これで兄さんを探しにいける!
私はおもちゃを静かに放り出して、早速兄さんの居場所を探りにかかった。
兄さんが、力の暴走を押さえる結界術の中にいるのなら、探るのは簡単だ。
私は過去、幾度も神子として務めを果たしてきた。その時に得た知識、技術は魂に刻まれ、必要なときに不足なく扱える。
実はこれ、他の一般的な神子には無い能力だ。神子報奨で、そういう能力を貰った。
……すごく便利ではあるんだけど……そのせいで仕事能率もあがって、こき使われるようになってしまったのは、喜んでいいのか悲しんでいいのか……。
ま、まあ、とにかく今は、結界の場所を把握できるのだから、喜んでおくことにしよう。
「……むむ」
さくっと魔力感知を行って、結界の場所はすぐに分かった。
ちょっとここから遠いなあ。一歳児の足でどれだけかかるか……。
いえ、兄さんに会うためなら、根性で歩ききるけどね! 這ってでも進むけどね!
「しょ」
千里の道も一歩から!
私はよいしょと立ち上がって、ほてほてと歩き出した。
いやあ、貧乏で使用人がいないということに感謝ですね。
もしこれが普通のお貴族の邸だったら、絶対途中で使用人に捕まって強制送還だったろう。
途中疲れて座り込んだりもしたけれど、ようやく私は、目的の場所に辿りついた。
場所は、邸の外。広い庭の片隅の、石造りの小屋。
こんな場所に一人で篭っているなんて……。
寂しい、という言葉が思い浮かんだけれど、でも、仕方がないとも思える。
結界を張ってあっても、それ以上の魔力で暴走が起きれば、被害は周囲に及ぶ。万が一を考えて、出来るだけ母屋と離れるのは、間違った対応ではない。
「…………うう」
でも、やっぱり寂しいと思う。
兄さんが、ここで孤独に過ごしているとしたら――次に神様に会ったとき、一発ぶんなぐってやろう、と固く心に誓う。
私の脳裏に、笑顔のまま冷や汗する神様の姿が過ぎったけれど、気にしない!
さて、それでは参りますか!
「あー!」
私は、ドアを平手でノックした。
「……?」
ドアの向こうで、何かが動いた。
ドアに近づく気配があったけれど、戸惑うように止まった。
「うー、あー!」
私は、更に平手ノックを続けた。
躊躇ってないで、早く来て、あーけーてー!
「…………」
ドアが動いた。
私は、わくわくと待つ。
そして、ゆっくりとドアが引き開けられ――
「……君は……」
黒髪、紅い瞳の、十歳くらいの美少年が、驚いた表情で私を見下ろした。
――兄さんだ……!
姿かたちは前世とは違っているけれど、私には分かる!
この魂の気配は、間違いなく、私の兄さんのもの……!
「……あー!」
感極まった私は、戸惑う兄さんの足にひしっと抱きついた。
「え……?」
赤ん坊に抱きつかれて、兄さんは硬直した。
一瞬、足が引かれそうに揺れたけれど、それをしたら私が転ぶと気遣ってくれたのだろう。すぐに足は踏ん張られた。
……やっぱり、優しい兄さんだ。
私は、満面の笑みで兄さんを見上げた。
「……!」
兄さんの紅い瞳が、驚きに見開かれた。
と同時に、周囲の気温が上がり始めた。
ぽぽっと、火の玉がいくつか生まれる。
……あ、兄さんが動揺したから、暴走が始まったみたい。ドア口は結界の境界線上だから、魔力抑制、効きが弱いんだよね。
「っまずい……!」
暴走に気付いた兄さんは更に動揺。伴って、火の玉も大きく成長し始める。
「……っおいで!」
混乱しただろうに、それでも、兄さんの判断は適切だった。
私を抱き上げた兄さんは、結界に守られている室内へと避難した。