39 小さな恋の発芽
シエラ様のお部屋で、集まった封印石を一つ一つ処理していく。
結界の小箱に収められた封印石が全て片付いて、私は、ほっと一息ついた。
今回はちょっと多かったなあ。
「大丈夫かい? アリア」
「はい、兄上」
私は兄上に笑いかけた。
「お疲れ様、アリアさん」
「ありがとう御座います、シエラ先輩」
「さあ皆さん、お茶にしましょう」
シエラ様が、既に用意の整っているお茶の席に招いてくれた。
「はい、頂きます」
封印石処理後のお茶は、もう恒例になっている。私と兄上は有難く席に着いた。結界の小箱を管理しているレナードさんも、遅れて座った。
「それにしても……やっぱり似ているわ……」
お茶を飲む私をまじまじと見ながら、シエラ様が呟いた。
「……シエラ先輩?」
似てるって……その夢見るような眼差し、なんだか嫌な予感がひしひしとしますよ。
「アリアさんは、私の初恋の方に良く似ているのよ」
嫌な予感的中。
良く似ているもなにも、シエラ様の初恋の人――それは、男装した私のことだ。
二度、それも会ったのは、もう三年くらい前になるのに、まだ忘れてないんですね……。
「……シエラ様……」
「ふふ。本当に素敵な方なの」
シエラ様は、レナードさんの切なそうな様子に気付かぬまま、可愛らしく微笑まれた。
シエラ様、罪作りです。レナードさんの好意ってわかりやすいのに。
「ええと、シエラ先輩は、今もその方をお探しのようですけど……どうしてですか?」
レナードさんの様子を気にかけながら、聞いてみた。
シエラ様は華やかに笑う。
「あら、だって、お役に立ちたいですもの。ご恩返しをしなくては、王家の名に傷がつきますわ」
「はあ……」
シエラ様の答えに、ちょっと拍子抜けした。
今も想っているというのなら、どうにか説得して諦めてもらおうと考えていたんだけど……ついでに、レナードさんの好意もほのめかそうと思っていたんだけど、なんだ、恋してるからってわけじゃないのか。
うん、そのほうが面倒がなくて有難いんだけど……でも、なるほど、恩返しですか。
正直、もうとっくに返していただけてると思うんですが。
だって、シエラ様の人脈のおかげで、封印石がどんどん集まってきてますし。私が噂を頼りに探しに行くより、断然効率いいですよ。
――とは、いえない。私が男装の彼だとは内緒だから。
バラしちゃったら、芋づるで光の神子の話題にも触れる可能性がある。それは避けたい。
「それに、きっと素敵になられていると思うの」
頬を染めて理想の姿を思い浮かべているらしいシエラ様のその様子は、立派な恋する乙女の風情。
――ちょっと、罪悪感です。シエラ様にも、レナードさんにも。
「……あの、シエラ先輩は、その方のことをまだお好き……なんですか?」
「……そうね、そう改めて問われると……どうなのかしら。実は、あの方が初恋というのは、結構建前な部分もあると思うの」
「建前? ですか?」
予想外の言葉に、私は聞き返した。
「ええ。正体の分からない恩人、というのでしたら、政治的に問題は少ないと思わない?」
「ああ……なるほど。そうかもしれません」
王女と言う立場では、気軽に恋愛の話も出来ないのかもしれない。正体の分からない恩人、というのは気軽に盛り上がるには、都合がいい存在なのかも。
そう考えれば、以前、恋占いしてもらった時にあっさりと引いていたのは、本気で探そうとはしてなかったからか。きっと、他の女性たちが恋の相談をしやすいようにと言う配慮だったのだろう。うーん、お優しいなあ、シエラ様。
「勿論、初恋だったとは思うの。でも、あの方を一途に思い続けているわけではないと思うわ。もう何年も前のことですもの。……ああ、でも、今でも、あの方のことを思うと、暖かい気持ちにはなるの。ねえ、アリアさん。初恋の方が今、どうしているかしら、と思うのは、恋だと思う?」
シエラ様の気持ちを聞かれてしまった。
「うーん……」
初恋の人がどうしているか気になるのは……結構普通のこと……じゃないかなあ?
「……違うんじゃないですかね。初恋の人は特別だから、不意にどうしてるのかなーって思うのは、恋愛感情なくてもありそうな気がします」
首を傾げながら、とりあえず答えてみた。
私の遠い昔――前世の経験を思うと、そんな感じがする。
……ここ数回、恋愛する暇もなかったので、ちょっとあやふやだけど。
「あら、意外だわ。アリアさん、なかなか恋愛経験が豊富なのね?」
「――アリア、初恋って? 誰だい?」
今まで沈黙していた兄上が、心なしか低い気がする声で聞いて来た。
……なんでしょう、今、ぞくっとしたのは。それに、兄上の周りがぴりぴりしてる気がする……。
「い、いえ、初恋は――まだだと思いますけど」
今世では、というのは心の中で呟く。
何しろ私の今世の目標は、兄上の幸せと、封印石の処理ですから。恋愛にかまけている暇はないというか。
私がそういうと、兄上の纏う空気が柔らかくなったようだ。
「あら、それもまた遅いのではない? 素敵だと思った殿方はいないのかしら?」
「……うーん、シエラ先輩にもお分かりいただけると思うんですけど……魅力的な兄がいると、他の男性って、霞みませんか?」
そういって私が兄上を見ると、兄上は一つ瞬いた後――とても柔らかく笑った。
……うん、ブラコンっていう自覚はある。でも実際兄上は、現在人気ナンバーワンのフリー貴族さんだし。
兄上以上の男性が現れるかっていうと……かなり疑問だ。
「まあ……そうねえ。その気持ちはわかるわ」
シエラ様も、実は結構なブラコンだ。私の言葉に、しみじみと同意してくれた。
「……で、では、シエラ様は、ディアン殿下のような方をお好みなのですか?」
お、レナードさんがちょっと頑張って踏み込んだ!
私は思わず拍手を送りたくなった。
「……どうでしょうね……。お兄様のことは敬愛していますけれど、恋人にしたいかというと……少し違う気もします」
「そ、そうですか……」
参考になりそうな答えではなかったせいか、レナードさんの声はちょっとがっかりしていた。
「ああ、でも好みというのでしたら、私、フェリックス様のお顔立ちが、とても素敵だと思っていますの」
「え!?」
にっこり笑うシエラ様の発言に、私とレナードさんの声が重なった。
シエラ様、兄上狙いだったんですか!? 完全に想定外!
「恐縮です」
私の混乱を他所に、言われた当人である兄上は、しれっと返して紅茶を飲んでいる。
兄上は、シエラ様の告白を喜んでいないみたいで……どうしてだか、ほっとした。
「失礼ながら、シエラ様は面食いでいらっしゃるのでは?」
「まあ」
兄上の発言に、シエラ様は片手を口元に当てて、上品に驚いた。
「フェ、フェリックス様、そのようないい方は……っ」
シエラ様に代わって、レナードさんが無礼を咎めるけれど――
「――でも、そうかもしれませんね」
シエラ様は、怒ったそぶりもなく納得していた。
「やはり。ディアンも同じです。ご兄妹ですね」
「まあ、お兄様と一緒なのは嬉しいですわ」
笑いあう兄上とシエラ様には、全然色恋の匂いがしない。
……ほっとしたというか、脱力したというか……。
疲れた気持ちで、私はお茶請けのケーキに手を出した。
ああ、甘いものが美味しい……。
「では、シエラ様。レナード殿も、いい線いっていると思いませんか?」
!? おおっと、兄上、ここでレナードさんへの援護射撃ですか!?
驚いた私が思わず咽ていると、兄上が私の背中を撫でてくれた。
すいません、ご面倒お掛けします。
やれやれと一息ついてから、ようやくレナードさんを見ることが出来た。
「……そうですね……改めてみてみますと……素敵な顔立ちです」
「し、シエラ様……っ」
シエラ様は微笑んで。レナードさんは真っ赤になって。
二人は見つめ合っていた。
「……」
兄上、ナイスアシスト!
内心で賞賛しながら笑いかければ、兄上も満足そうに笑い返してくれた。




