37 かつての我が家 1
二年生に進級した私たちは、今年最大のイベントとも言える修学旅行へとやってきた。
「へえ、ここが神子の塔かー」
レンガ造り、蔦が這う塔を見上げて、カイト君が言った。
……そう、ここは神子の塔。
三百年前までは、この塔に、封印石が安置されていた。
光の神子が、封印石を守っていた場所。
「…………」
「アリア? どうかしたかい?」
「……ううん。ちょっと……ね」
ここは、前世の私と兄さんが、命を落とした場所。
状況としては、自分で自分のお墓参りをしているようなもの。……ちょっと、なんともいえない気分だ。
「アリア?」
「……ん……」
煮え切らない態度の私を、兄上が心配げに見てくる。
ああ、また兄上に心配させてしまっている。いけないいけない。誤魔化して笑わないと。
「……なんか、ね。見た覚えがあるような、ないような気がして……」
見た覚えも何も、前世では、ばっちりここで暮らしていたんだけど。
「そうなのか? だが、アリアはここへ来るのは初めてだろう?」
「……うん。そうなの。なのに、そんな気がしたから……不思議だなって」
兄上には前世の記憶なんてないから、私の言葉をそのまま受け取って、一緒に不思議だなって、笑ってくれる――
「そうか。……俺と同じだな」
はず、だったのに、予想外の返事が来て、私は目を丸くした。
「え……? 兄上も?」
「ああ。俺も……そんな気がしたんだ。……懐かしいような……胸が苦しくなるような……」
塔を見上げながら、兄上は胸元を手で押さえた。
その表情は、とても悲しげで――
「……兄上……」
兄上の魂に、記憶が残っている。ここでの最期のことを、忘れられていないんだ。
やっぱり兄上にとって、私の兄さんであったときの生は、辛いものだったのかな……。
――ううん、落ち込んでいる場合じゃない。辛かったのなら、尚のこと、何としてでも、この生では幸せになってもらわないと!
そのためには、私は何をしたらいい? どうしたら、兄上は幸せになってくれる?
とりあえず、目先の問題として、今、兄上に笑ってもらうためには――
「……フェリックス君!」
……思考を邪魔するその声に、私はイラっとした。
嫌な予感を抱きつつ振り返れば、そこには赤い髪の美女。
「ネリー。偶然だな」
……笑って欲しい兄上が、無表情になりました。
「ええ、こんな偶然に会えるなんて、ふふ、運命的だわ」
一方ネリーは、頬を染めた艶やかな笑顔で、甘えるように兄上を見上げた。
……ネリーは、お城の恋占いで、兄上に想い人が居るって言われてショックを受けていたはずなのに。
それでも好きだと貫くことにしたのか、それとも、占いなんか当てにしないと決めたのか。
っていうかもしかしてネリー、兄上が修学旅行の引率をするって知って先回りしていたんじゃあるまいな? 偶然に、が強調された気がして、思わず勘繰ってしまう。
「ねえアリアちゃん、あの美人さん、誰?」
「……兄上の、学園時代の同級生のネリーさん。覇王ファンなんだって」
兄上とネリーの、話が弾まない様子を眺めながら、私はリンちゃんに囁き返した。
「――なら、俺らだけで見学いくか?」
「……うーん……」
カイト君は気を利かせたつもりなんだろう。ネリーは明らかに兄上に秋波送ってるし。でも、その提案は私的には頷きがたい。
だって、ネリーに兄上を任せる気にはなれない。兄上には、もっと相応しい人がいるに決まっているんだから!
「良かったら、私が塔を案内しましょうか?」
「ネリーが?」
「ええ。ここは覇王の侵攻ルートの一部といわれているから、私、何度も見学に来ているの。ガイドさん代わりになれるわ」
「…………」
ガイド代わりとは大きく出たな。
でも、それなら前世の記憶もちの私のほうが詳しいですー。何せ、元住人ですからー。
……って、口に出していえないから、意味ないんだけど。
「どうする? アリア」
「んー……」
悩んで見せながらも、私は兄上と、アイコンタクトで「お断り」と意見の一致をみた。
「ねえ、なら、お願いしちゃわない?」
「だな」
しかし、無難なお断りの文句を探しているうちに、リンちゃんとカイト君が、恋する乙女の味方についてしまった。
「……うん――じゃあ、お願いします、ネリーさん」
二人の善意に負けて、私は折れた。
さて、塔の一階では、光の神子の伝承が展示されていた。
光と闇の神の伝説とか、封印石のいわれとか、守護役の神子と、神子の護衛騎士の話とか。
既に封印石が散逸してしまっているせいか、現在、光の神子の話には御伽噺程度の信憑性しかない。三百年前は、まだ信仰の残る聖地だったんだけどねー……。聖地を侵略しようとする覇王に反対する人たちも居たんだけどねー。
「さあ、じゃあ次に行きましょう」
「はーい」
ネリーのガイドについて、私たちは二階に上がる。
そういえば、この塔の侵入者撃退システムってどうなってるのかな。
私が住んでたころは、次の階の広間に魔法陣が敷いてあったんだけど。
「……アリア? どうしたんだ?」
「え? 何、兄上?」
色々思い返していたら、いつの間にか、兄上の顔が目の前にあった。
って、え、なんで兄上辛そうなの!?
「あ、兄上、どうかした?」
「…………」
思わず、質問に質問で返したら、兄上の顔が少し歪んだ。
え、え、本当に、何!? 私なんかした!?
「この階には――えっ!?」
「!?」
先を行くネリーの驚いた声に、私はハッとした。
「な、何、床に……っ」
「これ、魔法陣……!?」
「っ」
続いて聞こえた声に、私は走り出す。
広間の入り口付近に立ち竦む三人。その足元には、青白い光を放つ魔法陣が展開している。
「っリンちゃん! カイト君! 離れて!」
「アリアっ」
私が魔法陣に接触する寸前、兄上が私の肩を掴んだ。
――けど、ごめんなさい兄上! 止まるつもりはないの!
ぐっと一歩を踏み込んで、私のつま先は、魔法陣の外縁に乗った。
それと同時に、魔法陣から放たれる光は一際強く輝き――私たちの体は、束の間の浮遊感に包まれた。