32 彼女は宝石コレクター 1
私が王立学園に入学すると同時に、兄上も王都に移った。なんでも、臨時講師を募集していたから応募して、採用されたらしい。しかも、ぴったり三年間。
……なんだか作為的なものを感じたので、兄上に質問してみたら。
「大丈夫だよ。また貸しを二つ作ってあるから、アリアが心配するようなことはない」
と微笑んで返された。
――気になる言い回しではあったけど、ルオーラ伯爵領で誘拐されちゃって以降、過保護に拍車がかかってるのだと自分に言い聞かせて、それ以上は突っ込まずに受け入れることにした。
そして、現在。
「うん、おいしいよ、アリア」
「ありがとう、兄上」
毎日、毎食、そういってくれる兄上に、私は笑顔を返した。
過去の人生で料理の腕を磨いていたから味には結構自信があったけど、それが兄上にも気に入ってもらえたのなら、良くやった過去の私! と自画自賛したい。
何しろ今まで、兄上の幸せに貢献できていない気がしてならなかったから。
この機会を逃さずに、より精進を重ねる日々です。
なので、朝は私が寮なので別だけれど、昼は学校でお弁当、夕食は兄上の家で一緒に食べている。
「アリアは、何か部活動をしたいと思っているのかい?」
「うーん……リンちゃんと見学してみてるんだけど、いまいちピンとくるのがなくて」
「リンちゃん?」
「あ、友達。同じクラスなの」
席が近く、気が合ったので仲良くなった。蜂蜜色の髪とヘイゼルの瞳の可愛い子だ。
そう簡単に説明すると、兄上は口元をほころばせた。
「そうか。他に、親しい友達は出来たのか?」
「んー、あと、リンちゃんの従兄弟だって言う、カイト君も一緒に居るかな」
オレンジ色の髪に、赤い瞳の男の子。彼の赤い目は、ちょっと兄上に似てるな、と思った。兄上のほうが鮮やかで、私は好きだけど。
「……カイト、ね……」
「?」
兄上が、何故か意味深にカイト君の名前を呟いたけれど、理由は教えてもらえなかった。
さて、そのリンちゃんとカイト君と行動を共にするのがすっかり定着した私は、その日も仲良く下校していた。
「……そこの貴方」
「はい……っお、王女様!?」
声をかけられて振り返った先に、銀髪に水色の瞳の美少女、この国の王女様を見つけて、リンちゃんの声は裏返った。
「…………」
私は、さりげなくカイト君の背中に隠れて様子を窺う。
「まあ、そんなに畏まらないでくださいな。私はここではただの生徒ですもの」
「え……で、でも……っ」
「そうそう、まずは自己紹介ですね。私、シエラと申します。あなたのお名前は?」
「は、はい! リンと申します!」
しゃちほこばってリンちゃんが名乗った。
続けて本題に入って、話が終わって、お別れ、という流れになるのが私としては好都合だったのに、シエラ様ってば、お優しいお気遣いで「そちらのお二人は?」と、私とカイト君の名前まで求めてくださった。
「か、カイトですっ」
「――アリアと申します」
従兄弟だからか、良く似た反応をするカイト君に続いて、私はお辞儀をした。
「お近づきになれて嬉しいですわ。さて――リンさん?」
シエラ様は微笑みながら頷き、改めて、リンちゃんに向き直った。
「は、はいっ」
「……素敵な宝石をお持ちですね」
シエラ様が見つめているのは、リンちゃんの髪留めにあしらわれた黒い宝石だ。
そう、黒い宝石――封印石。
「…………」
実は、私がリンちゃんと話すようになったきっかけでもある。
いやー、でも驚いたわ。封印石の髪留めをつけて、普通に毎日暮らしている子がいるなんて。
本当ならすぐにでも処理しちゃいたかったのだけれど、随分とお気に入りの品物らしいし、特別不幸が起きてるわけでもなさそうだったから、まだ大丈夫かな、と様子見していたのだけど……。
「え、こ、これですか!? そんな、王女様に目を留めていただけるような代物では……っ」
慌てて髪飾りを外し、差し出しながらリンちゃんが説明する。確かに髪飾りはシンプルな一品で、王女様が身につけるような一級品ではない。ちらっと聞いた限りでは、安く買ったといっていた。
謙遜ではないリンちゃんの言葉を聞き流して、シエラ様は微笑む。
「私、黒い宝石には目が無いのです。宜しければ、譲っていただけないかしら? もちろん、お代金はお支払いしますわ」
「そ、そんな! さ、差し上げますっ」
「いいえ、それは申し訳ないわ」
「で、でも……っ」
「……では、こうしましょう。物々交換。このリボンとはいかがかしら」
シエラ様が、銀の髪を束ねていたリボンをしゅるりと解いて差し出した。
リボンとはいっても金糸の縫い取りがあるし、素材は絹だろうし、それに小さな宝石が星のように散りばめられている。美しさも値段も一級品だろう。
「……綺麗……あ、で、でも、とてもつりあう代物では……」
「気に入ったのなら交渉成立ですね。うふふ。私はこの黒い宝石が気に入ったのですもの。ね、是非」
思わず見入ったリンちゃんが我に返って辞退しようとしたけれど、シエラ様は押しが強く素早かった。さっさとリンちゃんの髪飾りと交換してしまう。
「は……はい……」
リンちゃんはまだ躊躇いを持ちつつも、自分の手にあるリボンをうっとりと眺めている。
「ありがとう。……そうそう、もし、他に黒い宝石をお持ちだったら、是非お知らせくださいな。では、ごきげんよう」
「……ご、ごきげんよう、シエラ様!」
「ご、ごきげんよう!」
リンちゃんとカイト君は、シエラ様の背中に深々とお辞儀をした。そして、その姿が角を曲がって見えなくなった頃に、バッと、シンクロした動きで体を起こす。
「――シエラ様、お美しかったわね! お優しいし、見て、これ! こんな素敵なものと交換していただけちゃって、なんて気前が良いかたなのかしら!」
「ああ……すげー、俺、お話しちゃったよ……!」
リンちゃんとカイト君が感激している。
「…………」
けど、私は、そんな二人のテンションに同調できなかった。
……なんで、シエラ様は黒い宝石を集めているんだろう?
昔、黒い宝石は――封印石は危ないって、教えたのに……。
「ねえ、アリアちゃんもそう思うでしょ!?」
「え? あ、ごめん、聞いてなかった」
「アリアちゃんも、シエラ様は素晴らしい人だと思ったでしょ!?」
「あ、うん……そうだね」
リンちゃんの話に耳を傾けながらも、私はシエラ様の姿が消えたほうを見つめていた。
「黒い宝石がお好きだなんて、ちょっと意外だったけど、でも、シエラ様は銀髪でいらっしゃるし、肌も白くていらっしゃるから、黒も映えるのかしら!」
「いや、美人は何をつけても似合うんだよ、きっと!」
「あー、羨ましいなー」
「……ごめん、ちょっと用事思い出したから……ここで」
躊躇った末に、私はまだ盛り上がっている二人に断って走り出した。
「え、あ、うん。また明日ね、アリアちゃん」
「またな」
「うん、また明日!」
手を振ってくれる二人に手を振り返して、私はシエラ様の後を追った。




