03 家族構成確認中。
ちょっと神様、私の生まれ、間違えてませんか?
とは言葉にしない。
……というより、出来ない。
何しろ私は今、一歳児だから。ちょーっとまだ、はっきり言葉は喋れない状態にある。
「うー」
「アリア? どうしたの?」
私の母親が、唸った私を抱き上げた。
豊かな金髪に、澄んだ青い瞳。見目麗しいお母様は、伯爵夫人であるらしい。
……まあ、伯爵といっても、かなりの貧乏暮らしのようで、使用人らしき人はいない。
すくなくとも、私が生まれてからは、会っていない。
いや、別にそれはいいの。 転生経験が積み重なっている私は、使用人がいないと生きていけないわけじゃない――というよりも、むしろ身の回りのことは自分でやりたい主義だから。
実家が貧乏なのは、食べるに困らない限り、構わないんだけど……。
「……ううー」
問題は、兄さんに、一度も会ってないということなのよ!
「……最近、ご機嫌斜めね? アリア。泣かなくなりはしたけど……」
お母様が困惑して呟く。
最近、というのは、ここ数日のこと。私が自我を覚醒させてからのことだ。
通常は、いくら神子でも、前世の記憶、自我なんて持ち越さない。私が持ち越しているのは、私が過去に、それらを継承する権利を神子報奨としてもらったからだ。
とはいえ、一歳で自我覚醒というのは、私も今回が初めてだ。だって、一歳で目覚めたって、ろくに活動できないし。
では何故私は今回、一歳で目覚めているのかといえば、それは、今回は緊急性が高いと判断され、即戦力を求められているから――という理由もまあ、あるのだけれど。
そもそも私の今世の目標は、兄さんを幸せにすることである。
幸せな人生を送ってもらって、寿命で迎える最期の瞬間には「ああ、いい人生だった」と言ってもらえるようなエンディングを迎えることである!
……え? 神子としての使命? それはついで。
とにかく、兄さんを一刻も早く幸せにするために、私は一歳で目覚めるように指定したのだけれど……。
ちょっと神様、肝心の兄さんがいないってどういうこと!?
「ううー」
じたじたと手足をばたつかせる私を、お母様が「あらあら」と困りながらあやす。
けどね、高い高いされても駄目! 私のご機嫌とりたいなら、今すぐ兄さん連れてきて!
「ライラ、私はそろそろ出かけるが……どうした?」
「まあ、キース様。もうそのようなお時間でしたか」
お母様が、廊下から顔を覗かせた、黒髪に茶色の瞳の精悍な男性を振り返った。
キース様、とちょっと他人行儀っぽいけど、彼はお母様の旦那様。つまり私のお父様――なんだけど……あれ?
「アリアがぐずっていたのか?」
「ええ……でも、もう落ち着いたみたいです」
「…………」
お父様の登場に気を取られてバタつくのを忘れた私を、お母様はベビーベッドに戻した。
「……あら、このブローチは……」
お父様が手にした、外出用の帽子。そこに飾りとしてつけられた黒い宝石のブローチに、お母様は目を留めた。
お目が高い……っていうか、その黒い宝石って……まさかまさか?
「ああ、ライラには初めて見せるか……。これは、モリガンから贈られたものでね……」
「モリガン様の……そうでしたか……」
何故だかしんみりしている両親だけれど、ちょっとそれ、良く見せて!
「あー!」
「アリア?」
声を上げ、黒い宝石ブローチに手を伸ばす私に、両親の視線が集まった。
「う、う」
「……これかな?」
「う!」
お父様が、察しよく帽子を近づけてくれました! ナイスアシスト!
帽子を鷲掴んで、ブローチを見つめる。
不吉な力の揺らぎ。
これは――間違いなく、封印石! まさか、こんなに早く接触することになるなんて!
「んーっ」
早速の初仕事。私は、まだ小さくて紅葉のような手に、力を集めた。
そして、ぺち! と封印石を叩く。
ぱりん、と軽い音を立てて、封印石は真っ二つに割れた。
「まあ!」
「アリア……?」
赤ん坊の一叩きで宝石が割れたことに、当然ながら両親は驚いた。
けれど、封印石は割れて終わりではない。
真っ二つに割れた石からは一筋の黒い靄が立ち上り――靄が掻き消えた頃には、封印石そのものも、消え去っていた。
「今のは……一体……」
「……まあ、アリア、あなた今何をしたの? モリガン様の形見の品を、どこにやってしまったの!」
「あう」
お母様に責められるのはこれが初めてで、私はちょっと驚いて、たじろいだ。
……いや、お母様が怒るのも当然か。モリガン様とやらの形見の品でしたとは……。
「……ライラ。アリアが怯えている」
「ですが!」
「……構わない。どうやら……良くないものだったようだ」
私を庇ってくれたお父様は、石だけが消えたブローチを、寂しげに見下ろした。
なんと、お父様は、封印石の不吉さに気付いていたようだ。
それに気付けたということは、お父様は、とても優秀な、魔術師としての素質があるのだろう。
「……キース様……? それは……どういう?」
「……初めてあの宝石を見たときから、少し、不吉なものを感じていたのだ。だが、それでもモリガンからの贈り物だったからね」
「キース様……」
かける言葉を見つけられないお母様に、お父様は静かに微笑んだ。
「……今のような消え方をしたということは、やはり、何か曰くのあるものだったのだ。モリガンも分かってくれるだろう」
「……そうだと、宜しいのですが……」
お母様が、手を握り締めて俯いた。
むむ、どうやらモリガン様という方は、両親にとって特別な人らしい。
お父様のご家族かな?
「――ああ、本当にもう、出なくては。フェリックスが気を変えて部屋に帰ってしまう」
「フェリックス様……本当に、この日にしか、お出かけにならないのですね……」
「うー?」
本日二つ目の、名前新登場に、私は首を傾げて見せた。
しかも、フェリックスとは男性の名前!
説明を求めて両親を見上げるけれど、しかし両親は、私のほうを見てくれなかった。
「あの子は力を抑えておくことが難しいから……モリガンの墓参りにしか外出しようとしないし、それも時間を限定してのことだ。……どうにかして、力の制御を会得してくれるといいのだが……」
「……きっと、近いうちにお出来になりますわ。だって……フェリックス様は、キース様とモリガン様のお子様ですもの……」
悩ましげなお父様に、お母様が慰めの言葉を口にして……って、あれ? 今、フェリックス様は、キース様とモリガン様の子供って、いいました?
「……ありがとう、ライラ。……それでは、行ってくるよ。アリアも」
お父様は、どこか寂しげに微笑んで、立ち去り際に私の頭を一撫でしたけれど……衝撃の新事実を入手したばかりの私は、お愛想の笑顔も返せないで固まっていた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
お母様は深々とお辞儀して、お父様を見送った。
「…………うう?」
……えーと、お父様には、モリガン様との間にフェリックス様という息子様がいて……。
フェリックス様は、つまり私にとっての異母兄様ということになって……。
ちょ、ちょっと待ってお父様、フェリックス様―!?
「う、あう、うーっ!」
「まあ、アリア? どうしたの、危ないわよ」
慌ててお父様を追いかけようとしたけれど、ベビーベッドから脱出しようとした私はお母様に捕獲され、出発する姿を見送ることも出来なかった。
……兄さーん、カムバ――ック!!