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21 ここだけの秘密


 中庭を後にして、さて、パーティー会場に戻って人に紛れようとしたところで。

 

 「――アリア」

 「っ!?」

 

 入り口付近の暗がりから声がかかって、心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。

 

 「どうして、ここにいるんだい?」

 

 驚き硬直する私の前には――暗がりから出てきた、兄上の姿。

 

 「……え、ええと……」

 

 私は視線を彷徨わせ、挙動不審になりつつも言い訳を探した。

 どうかな、誤魔化せるかな。だって私今男装中だし、人違いですよ作戦で……。

 

 「……まさか、俺の目を誤魔化せると思っているわけではないだろう?」

 「…………」

 

 バレてらっしゃる!? くっ! 流石兄上……!

 

 「アリア」

 

 私の思考が現実逃避に走ったところで、逃がすまいとする兄上の声がかかった。

 ……っ流石兄上、私の思考もお見通しですか。釘を刺されてしまった。

 人違いですよ作戦を試すのは止めておこう。

 私は、肩を落として反省の素振りを――いや、演技だけじゃなくて、本当にごめんなさいとは思ってますよ!?――見せながら、兄上を見上げる。

 

 「……その。やっぱり、兄上の晴れ舞台を見ておきたくて……」

 「…………」

 

 兄上は――無言で私をじっと見下ろしながら……深く長い息を吐いた。

 

 「……あ、兄上……?」

 

 常にない兄上の反応に戸惑う。

 いつもの兄上なら、「仕方ないなあ、アリアは」と苦笑して、私の頭を撫でてくれるのに。

 溜息をついた兄上は、戸惑う私の前に膝をついた。

 兄上の顔が私の目線に降りてきて――その、とても悲しそうな表情に、私は言葉も出ないくらいの衝撃を受けた。

 

 「……アリア。俺には話せない事なのか? 俺はそんなに頼りないか?」

 「っ違う! そうじゃなくて……!」

 

 私は、兄上を幸せにするためにここにいるのに……!

 その私が、今、兄上にこんなにも悲しい顔をさせている……!

 

 「では、どうして? アリアは何を隠しているんだ?」

 

 咄嗟に否定を返した私に、兄上は更に踏み込んできた。

 ……嘘でも「そうだ」といっておけば、と思わないでもなかったけれど、そうしたら、兄上は、もっともっと悲しい顔をする。

 そんなのは……嫌。出来るわけがない。

 嘘は兄上を傷つける。

 でも、真実を話して信じてもらえるとは思えない。

 光の神子なんて、今の時代、自己申告するようなものじゃないし、転生とか、前世でも兄妹でしたとか……常識ある人々には嗤われるか、哀れまれるかだ。

 

 「……私は、兄上を、巻き込みたくないの」

 

 考えて、私はそうとだけ言った。

 わかって、兄上。

 そう願いをこめて、私は兄上の紅い瞳を見つめる。

 兄上もまた、私の瞳を見つめ返し――そして、ゆっくりと頭を振った。

 

 「……アリア。そんなのは優しさじゃない。俺のためを思うのなら、正直に話してくれ」

 「…………」

 

 重ねて請われてもなお、私は躊躇った。

 俯き、どう説得しようかと考える。

 

 「――話しなさい、アリア」

 「っ」

 

 その言葉は、私の記憶を刺激した。

 

 前世でも、私の兄さんは……そう詰問してきた。

 でも前世の私も、兄さんを巻き込みたくなくて、ぎりぎりまで内緒にして……こっそり動いていた私を尾行した兄さんは、私を庇って、大怪我をした。

 

 ――兄さんは……兄上は、私から答えを得るまで絶対に諦めないだろう。

 

 変に隠して、変に食い違って、また兄さん……兄上に怪我をさせるわけには、行かない。

 私は、覚悟を決めて顔を上げた。

 

 「――私は、光の神子です」

 「……光の神子……それは、御伽噺のか?」

 

 兄上は僅かに眉を顰めたものの、有り得ないと一蹴しはしなかった。

 

 「……はい、そうです」

 「……何故そう思う? 根拠は?」

 「……お告げが、あったから。……夢、で」

 

 ――自分で言っててなんだけど、ものすっごく胡散臭いなあ……。

 

 「…………」

 

 流石の兄上も、黙り込んでしまった。

 

 「でも、心配しないで。兄上には迷惑がかからないように……」

 「迷惑? 誰がそんなことを心配しているか!」

 「!?」

 

 一喝されて、私はびくりと身体を竦めた。

 

 「! ああ、すまない。アリア」

 「……ん、うん……」

 

 私の震えに気付いた兄上はすぐに声を和らげて、私の頭を、そして頬を優しく撫でた。

 兄上の優しい声と暖かい手に、ほっとする。

 私の緊張が解けたことは、兄上にも伝わったのだろう。

 兄上は手を止めて、じっと私の目を覗き込んできた。

 

 「……アリア。光の神子であることを、誰かに話したか?」

 「誰にも。兄上が初めて」

 「父上とライラ母上にも?」

 「話してない」

 「……そうか」

 

 断言すれば、兄上は目許を和らげた。どこか嬉しそうだ。が、すぐに真剣な目になって、静かに問う。

 

 「……光の神子として働くつもりなのか?」

 「……うん」

 

 それは、私も譲れない。

 だってそれが、私が兄上の妹として生まれ落ちるための条件だもの。

 光の神様は約束を果たしてくれた。私も、神様との約束を守る。

 

 「…………わかった」

 

 溜息交じりではあるけれど、兄上が譲歩してくれた!

 

 「兄上」

 「但し、条件がある」

 「え?」

 

 ほっとしたのに、条件があると知って、私は思わず身構えた。

 

 「アリアが光の神子であることは、誰にもいわないこと。そして、神子の仕事をするときは、必ず俺を同行すること」

 「でも、兄上、私は……」

 

 誰にも言わず、秘密にしておくのはいい。元からそのつもりだったから。

 でも、兄上を同行するって言うのは……。

 躊躇う私を見て、兄上は目を眇めた。

 

 「……アリア。もしアリアが、俺を同行させないというのなら……俺は、お前を何処にも行かせない。部屋に閉じ込めてしまうよ?」

 「!? あ、兄上……!?」

 

 眇められた目は、笑っているようで――でも、そこに宿っている光は、とても昏いものに見えた。

 声も口調も、いつも通りの兄上のもので、優しいはずなのに――その言葉が、兄上から発せられたものだとは、信じられなかった。

 

 「閉じ込めて、お前を誰とも会わせない」

 「ど、うして……」

 

 本当に、目の前のこの人は私の兄上なんだろうかという疑問すら浮かんできた。

 そんな私の気持ちを察したのかどうか。

 兄上は、ふっと自嘲気味に笑った後、私を見据えた。

 

 「……俺に、アリアが傷つくのをただ見ていろと? そんなこと出来るわけがない」

 「傷つくなんて……そんなに危ないことはないと思う」

 

 だって私は、神子報奨として、魔術と知識を継承している。そうそう危険な目にあうとは思わない。

 

 「……確かに、アリアは魔術に長けている。だが、傷つくのは身体だけじゃない。アリアが辛い思いをするのも、俺は嫌なんだよ」

 「……兄上……」

 

 兄上の指が、私の頬をなでる。

 愛情を感じるその手。私を見つめる瞳は――悲しげながらも、私が良く知る、いつもの兄上のものだ。

 

 「アリア」

 「…………兄上は、それを望むの?」

 「ああ」

 「……それが……兄上の、幸せなのね?」

 「そうだ」

 

 私の確認に、兄上は迷わずにきっぱりと頷いた。

 それが――兄上の望み。兄上の、幸せだと……いうのなら。

 

 「……わかった。……兄上の言う通りにする」

 

 私は、兄上を幸せにするために、兄上の妹になったのだから。

 

 「ああ、アリア、ありがとう……!」

 

 頷いた私を、兄上はぎゅっと抱きしめた。

 兄上の笑顔。紛れもなく、心から喜んでいる兄上。

 正しい選択をしたはずなのに――なのに、私の心は不安で晴れなかった……。

 


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