02 使命と報奨
「ぱんぱかぱーん! おめでとうございまーす! 貴方は見事、光の神子に選出されましたー!」
底抜けに明るい声と共に、色とりどりの紙吹雪が降り注ぐ。
おめでとう、なんていっているけれど、目出度くもなんともない。
ので、私は無表情で告げる。
「辞退します」
「却下します!」
即行、しかも満面の笑顔つきで却下されました。
仕方ないので、私はこれ見よがしに大きく溜息をついてみせてから、物申す。
「……あのー、私、前回の報奨で、しばらく転生したくないってお願いしたはずなんですけど」
「うん。だからしばらくお休みにしたよ」
にこにこと笑いながら、目の前の、白い髪に金色の瞳の少年が頷く。
……うん、まあ、天使かと思うくらい可愛いんだけど。こんな子ににっこり笑いかけられたら、うっかり見惚れて流される人も多いだろうけど。
でも、私は結構見慣れているので、騙されてなんかあげない。
私は、少年を見据えて訊いた。
「……ちなみに、地上時間で何年たってます?」
「……三百年」
嘘をつけない少年は、貼り付けた笑顔に一筋の汗を浮かべながら、そう答えた。
三百年て!
足りないだろうとは思ってたけど、まさかそこまで短かったとは!
私は思わず声を張り上げた。
「神子サイクルは五百年で一期でしょう! まだ一期も過ぎてないじゃないですか!」
神子の役を担うのは、かなり、魂の力を消耗する。だから、一度神子を務めたら、地上時間で五百年は再任出来ないというルールがあるのに、このガキ……失礼、光の神様は、また私に神子をやれといいやがるですか! 自分で作ったルールは守れっての!
「そうやって私ばっかりこき使わないでください! 神子候補なんてたくさん居るでしょう!」
「でも、君ほど優秀な人はそうそういないんだよー! 今頑張ってる子達じゃ、手に余りそうな感じなんだよー!」
神様は、私に向かって拝むように手を合わせてきた。
……仮にも神様が、一介の人間の魂を拝むって……うん、なんかちょっと、頭が冷えたかも。
私は、まだ少し残っている憤りを逃がすために溜息を吐いて――肩を竦めて訊ねた。
「……またどっかの国に独裁者でも出ました? 前回私を死に追い込んだのみたいな」
「あー、うん。ええとね、まず君の後のことを説明するね。君が、封印の宝玉ごと塔を氷漬けにした後、後継の光の神子を派遣したんだけどー」
「はい」
「そこに、例の覇王の手下も同時に到着してー」
「……なんか、嫌な予感がびしばしするんですけど」
軽口のつもりだったのに、何この嫌な流れ。
「うん、当たりー! 壮絶な戦闘の後、封印の宝玉は破壊されましたー」
最悪な経過を、軽い口調と笑顔で説明してくる光の神様に、かなりイラっときたけど……落ち着け、私。この神様は笑顔がデフォルトだから、神様への苛立ちはスルーするんだ、私!
「……ちょっと、その馬鹿たちここに呼んで下さい。ヤキいれてやります」
でもまあ、結局、最低最悪な行動をとってくださりやがった馬鹿たちへの怒りから、私は目を据わらせて、低い声で言った。
「うわーお、過激―。でも、その子たちの魂も、もう地上にいっちゃってるんだよねー」
「…………」
私はひきつるこめかみを押さえた。
「でね、割れた宝玉の欠片が、世界中に散っちゃってね? 一応、宝石自体に封印の力もあったから、封印は辛うじて保たれているんだけど、やっぱり割れちゃってるから、かなり漏れるんだよね。力が」
「……はい、それで?」
「宝石の周りに、不幸が起きるんだよね。だんだんエスカレートしてくるし。今までは宝玉一つを守ってもらえてれば良かったんだけど、散っちゃったから、各地に神子が必要だしさ。だから人手不足なんだよー」
「……で、私にどうしろと?」
「うん、封印石の欠片を、処理して欲しいんだ!」
無言で睨む私に、光の神様は笑顔のまま、そう宣った。
「…………石を、回収すればいいんですね?」
すごく面倒だけど。
でも、助っ人が必要そうな事情には、納得してしまったから。
「うん。破壊してくれればいいから。小さくなったことで、破壊しやすくはなったんだよ! 結果オーライだよね!」
「……」
能天気にいってくださるけど、まだ何も終わってないんだから、結果オーライいえる段階じゃないと思うんですけど。
「とりあえず、君が生まれる国全体が、君の担当地域ね!」
「って、広! 一人で国全体とか無理でしょ!?」
「大丈夫! 君はやれば出来る子だから!」
「いやそんな無茶な!」
「一応、補佐できそうな神子候補には啓示しておくけど、あんまり当てにしないでね。なにせ君と違って使命を自覚できないし」
「いやだから、」
「じゃあ、よろしくね! いやあ、本当、助かるよ、ありがとうー!」
「…………はい」
なんかもう、抗議するのも疲れて、私は投げやり気味に承諾した。本当に適当な返事だったのに――けれど神様は笑った。
今度の笑顔は、本当に嬉しそうな感情の乗った笑顔だったから……そんなレアもの見せられたら、ゴネ続けるのも大人気ないかと思えてくる。
「あ、それじゃあお約束の、報奨を決めないとね。何がいい?」
「…………」
報奨、というのは、神子を引き受けると得られる、願いの権利のこと。
重責を担う神子たちに報いようという、神様からのご褒美だ。
私は、しばらく考えた末に、決めた。
「私が、前回神子だったときの兄……彼を、幸せにしてください」
前回、私が神子だったときの兄は、早くに両親をなくして、私の親代わりとなって育ててくれた苦労人だ。その上、私の神子仕事にまで付き合ってくれてしまったから……苦労ばかりを重ねた末に、不幸な最期を遂げてしまった。
私が神子にさえならなければ、あんな死に方をするような人じゃなかったのに。
優しくて強いあの人は、きっと幸福な人生を送れたのに……。
私の使命に巻き込んで不幸にしてしまったから、だからせめて、その罪滅ぼしにと彼の幸福を願う。
「え、彼?」
そんな私の願いを、神様は驚いて聞き返してきた。
何をそんなに驚くことがあるのだろうと思いながらも「はい」と頷けば、神様は笑顔のまま、眉根を寄せた。
「……んー、ちょっと、難しいかも」
「なんでですか」
「……彼、もう地上に出ちゃってるんだよね。今からじゃ、ちょっと手を出せないかなあ」
「……それじゃあ仕方ないですね」
その人の人生の大枠と言うのは、生まれる前に決められているのだという。勿論、本人の努力次第では枠を超えることも出来るけれど……とにかく、既に地上に生まれ落ちた人には、神様は干渉出来ないらしい。
となると、違う願いにするしかない。
「――じゃあ、私を、彼の弟か妹にしてください」
「え!?」
「……なんですか、その驚き方は」
さっきから、人のささやかな願いにケチばっかりつけて! という苛立ちは、口にはしませんよ。流石に不敬ですから。
……ちょっと、顔には出しておくけど。
「ええー、でもなあ……。うーん……参考までに、どうして弟妹になりたいの?」
「決まってます。神様が彼を幸せにしてくれないんなら、私が彼を幸せにするんです」
「……かっこいいー」
私の決意表明に、神様が、ぱちぱちと拍手を送ってきた。
けれど、私が欲しいのは神様の賞賛なんかではなく、彼の幸せの保証なのですよ!
「親のほうが影響力はあるんでしょうけど、今からじゃ弟妹の位置しかないのでしょう?」
弟妹でも、上手く働きかければ、幸せに導けるはず。
「そうだねー」
うんうん、と一つ二つ頷いて、ようやく神様は私の願いを聞き入れてくれた。
「わかった。じゃあ、彼の妹にするよ」
「お願いします」
「まっかせてー! あ、それと、念のために、ちょっと細工させてもらうから!」
「え? 念のため? 細工ってなんですか?」
「それじゃあ、良い人生を!」
私の質問を無視して、神様はにっこり笑うと、手を振りながら姿を消した。
「ちょ、ええええ!?」
気になることを投げっぱなしにされた私の前、神様が居た場所に、白く輝く扉が現れて。
音もなく開いた扉が、私を吸い込んだ。