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13 初めましての再会


 ……ブラッド……。

 私の身体は、彼を前にして緊張していた。

 

 「……兄上、こちらの方は……?」

 

 身体の緊張をほぐそうと静かに息を吐きながら、私はブラッドを見上げる。

 茶色の髪に、黒い瞳。がっしりとした体つきの、でも人の良さそうな顔立ちのおかげか、威圧感はない青年。

 初めて会う。それは間違いない。

 

 ――ただし、今世では、という注釈がつくが。

 

 「ああ、クラスメイトのブラッドだ」

 「初めまして、アリアちゃん。ブラッドだ。よろしくな」

 「…………」

 

 差し出された右手。

 けれど私は、反射的にその手を払っていた。

 ぱしん、と乾いた音が、やけに耳に響いた。

 

 「……あれ?」

 「アリア?」

 「…………」

 

 私の警戒心ばりばりの反応に、ブラッドと兄上が戸惑った。

 私は無言でブラッドを見上げる。いや、睨み上げる、といったほうが近いかもしれない。

 

 「――ブラッド」

 「な、なんだよ、フェリックス」

 

 兄上の、常にはない低い声に、ブラッドの身体が目に見えて震えた。

 兄上の鋭い視線が、まるで射殺さんばかりの勢いでブラッドに向けられた。

 

 「お前、アリアに何をした?」

 「な、何って、挨拶して握手を求めただけだろ!?」

 「いいや、俺の知らないところで、俺のアリアに変なことをしたんだろう! でなければアリアがこんなに怯えるはずがない!」

 

 兄上は隠しナイフを取り出すなり、目にも留まらぬ素早さでブラッドの頚動脈に据えた。

 

 「ちょ、お前、親友に対してその言い草はどうよ!? この行動もどうよ!?」

 

 ホールドアップしつつも声高に兄上を非難するその度胸は、流石と言うか……って、え? 親友?

 

 「……兄上の、親友……?」

 

 あなたが? という言葉は辛うじて飲み込んだ。

 

 「そ、そう! 俺は、」

 「いいや、鬱陶しいクラスメイト1だ。アリアが視界に入れる価値もないし、記憶にとどめる価値もないぞ」

 「フェリックス!?」

 

 親友のつれない評価に、がーん! とショックも露なブラッドだけれど、兄上は取り合わなかった。

 ナイフを袖元に戻し、一点の曇りもない笑顔で、兄上が私に告げる。

 

 「さあ、アリア。こんなやつのことは忘れて、家に帰ろう」

 「……でも……」

 

 私はブラッドを見上げた。

 兄上は、今は完全にブラッドをいない者として扱っているけれど、私が警戒を見せる前までの態度は、確かに友人に対するもの……だったと思う。

 なら……。

 

 「……兄上の、お友達なら……」

 

 私は、ブラッドに向かって一歩を踏み出した。

 ブラッドの表情がパッと明るくなった。

 

 「おお、アリアちゃん! わかってくれるか!」

 「アリア、嫌なら……」

 「ううん。兄上のお友達なら、ご挨拶する」

 

 私のブラッドへの嫌悪感は、前世の記憶に基づくものだ。

 強い印象を得た出来事や、人への感情というものは、魂に刻まれる。魂に刻まれた記憶は、次の人生にも影響を及ぼす。

 

 例えば、今世で特別被害を受けたわけでもないのに犬が大嫌いだったり、出会った瞬間に、この人とは大親友になれそう! と感じたりするのは、魂に刻まれた前世での経験が関与しているケースが多い。前世で、犬で痛い目にあってたり、その人とは大親友だったりしたということだ。

 ちなみに、トラウマを克服、感情が薄まれば、次へ持ち越すこともない。

 

 私が今世に持ち越すほどの記憶は――兄さんが死んだあのときのものしかない。

 ブラッドはきっと、前世で兄さんを殺した二人組みの片方だ。

 ブラッドが、私が誰よりも憎たらしく思っている女性のほうか、それとも女性に従っていた剣士のほうなのかまではわからないけど、私や兄さんが生まれ変わったように、あの二人が生まれ変わっていてもおかしくない。

 

 ……前世での兄さんの死は、私が弱く、不覚を取ったのが直接の原因だったと言うことは、重々承知している。

 

 でも――それでも。

 

 頭では分かっているつもりだけど、警戒、反発、怒り、恨み――そういった感情は、まだ消えていなかった。

 

 ……でも、それでも。

 

 今世では、兄上の友人であるというのなら。

 兄上が今、ブラッドに対して友情を抱いているのなら……兄さんは、彼だか彼女だかに、持ち越すほどの怒りは抱いていなかったということだ。

 

 なら――私は、前世の自分の感情に従うべきではない。

 

 「……初めまして、ブラッド様。アリアと申します。先ほどは失礼致しました。その……お許しいただけますか?」

 

 深々と頭を下げた後、ブラッドを見上げる。

 

 「あ、ああ……も、勿論。こっちこそ、なんか、驚かせちまったみたいで……ごめんな、改めてよろしく?」

 「はい……よろしくお願いします……」

 

 改めて差し出された右手を、私はおずおずと握り返した。

 

 ――この手が、兄さんの命を……。

 

 咄嗟に抱いてしまったその気持ちに、慌てて蓋をする。

 

 「……? アリアちゃん?」

 「ブラッド。いつまでアリアの手を握っている。放せ」

 「……ったく。大人げねえなあ、フェリックス。アリアちゃんのほうがよっぽど大人の対応だぜ?」

 

 不機嫌な兄上の声に応じて、ブラッドのほうから手が引かれた。

 

 「俺は礼を尽くす相手を選んでいる」

 「それは、親友相手だから甘えているってことだな? しょうがねえなあ。心の広い俺は許してやろうじゃねえか」

 「…………」

 

 軽口の応酬に、私は目を瞬いた。

 ブラッド、なんて前向き思考。

 

 「アリア? どうかしたかい?」

 「……ううん。なんでもない」

 

 兄上の問いには軽く頭を振ったけれど、実はちょっと感動していた。

 どうやらブラッドは、前世の記憶から推察した、彼、彼女の性格とは全然違うようだ。勿論、あんな短いやり取りで人の性格なんて把握しきれないけど……それに、転生前と性格が違うっていうのは、普通にあることだけど。だって容姿は勿論、性別だって変わるし。

 そんなことは、今までの転生で分かりきっていたことだけど……でも、やっぱり改めて思う。

 

 前世は前世なんだなって。

 ……兄上とブラッドは、本当に、お友達。

 前世のことを引きずっては駄目。

 私は、自己暗示をかけるように、自分自身にそう言い聞かせた。

 


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