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01 ある神子の最期


 昔々、光の神様と闇の神様が、力を合わせて世界を作り出しました。

 世界の次には、命が生み出されました。植物、動物、そして人間です。

 順調に成長していく命たちを、神様は優しく見守ってくださいました。

 しかし、次第に人間たちの愚かな振る舞いが目に付くようになって、とうとう闇の神様が、お怒りになりました。

 闇の神様は、その力で人間たちを苦しめるようになったのです。

 

 苦しむ人間たちを見て心を痛めた光の神様は、闇の神様を止めることにしました。

 ですが、闇の神様の力は、とてもとても強いものでした。

 光の神様は、人間たちの協力も得て、闇の神様を、大きな透明の宝石に封じることに成功しました。

 けれど宝石は、闇の神様の力で真っ黒に染まり、漏れ出た力は周囲のものたちを傷つけ、不幸にし始めたのです。

 

 そこで光の神様は、相応しい人間を選び、闇の神様の封印を守らせることにしました。

 それが、光の神子と呼ばれる人たちです。

 神子たちは、世界の平和のために、人々の幸せのために、封印の宝玉を守り続けているのです。

 

 

 ――というのが、この世界の創世神話なのだけれど。

 

 

 「…………」

 

 私は、塔の最上階の祭壇に据えられた、スイカ大の宝玉を見つめて溜息をついた。

 神話にある、封印の宝玉というのが、まさにこれ。

 ――いやあ、実に禍々しい黒い色をしていますね。

 常に力を注ぐことでこれ以上の悪化を防ぎ、また浄化を進めるというのが、光の神子の仕事なのだけれど……。

 

 「…………」

 

 私は、もう一つ溜息を落とした。

 重ねて言おう。

 黒い。どす黒い。

 浄化が進んでいたら、黒が薄まって、最終的には透明で綺麗な宝石になるはずなんだけど……私が神子の任について以降、ちっとも改善が見られないのは、どういうことなんでしょうね。

 ちょっと叩いたら、どうにかなってくれたりしないかなあ。

 

 「……っもう!」

 

 無駄だとは、思うんだけど。

 それでも、八つ当たり気味に叩いてくれようと手を上げた、その時。

 

 「神子様! 侵入者が六階を突破しました。間もなくこちらにやってくるでしょう、ご避難ください!」

 

 護衛騎士様がやってきたので、何食わぬ顔で手を下ろし、ゆっくりと振り返った。

 

 「……それはできません」

 「神子様……!」

 

 私の返事に、騎士様が辛そうに顔をゆがめる。

 そんな顔されると、非常に心が痛むのだけれど……でもこれはやっぱり譲れない。

 

 「……私は、神子です。この宝玉を、なんとしても守り抜かねばなりません」

 

 この宝玉は、この地、この祭壇で、そして神子に祀られることで、辛うじて封印が保たれている。

 動かしたら封印が解け、闇の神様の力が大暴走で世界滅亡だ。

 この宝玉は動かせない。ここで守り抜くことが、私の使命だ。

 

 「神子様、宝玉は、私がこの命に代えても守ります。ですから、どうか……!」

 

 私の使命を肩代わりしてまで、私を逃がそうとしてくれる、その気持ちは……とても有難いのだけれど。

 けれど、私は首を振った。

 

 「……いいえ。これは私の使命です。……貴方こそ、早く脱出を……」

 「っ俺がお前を置いていけるはずがないだろう!」

 

 そこで、護衛騎士としての態度がかなぐり捨てられた。

 だから――私も、光の神子としての態度を、捨てる。

 

 「……兄さん……」

 「俺は、お前が無事なら、それで……っ!?」

 

 言葉の途中で、兄さんは素早く振り返った。私を背に庇うようにして。

 私は、兄さんの広い背中越しに、部屋の入り口を窺い見た。

 まずは剣を持った男性が、続いて、短い杖を持った女性が走り込んできた。

 

 「! それが、神話にある、封印の宝玉ね……!」

 

 入るなり、喜びを滲ませていったのは、女性の方だった。

 宝玉を確認した女性の目は、爛々と輝いている。

 やれやれ、私たち無視して、いきなり宝玉ですか。

 

 「――下がりなさい。この宝玉は、あなた方のものではありません」

 

 精一杯の威厳をかき集めて、私は光の神子として告げた。

 まあ、この宝玉がどういうものか知っていて尚、乗り込んでくるんだから、警告一つで止まるとは思えないんだけど。

 

 「いいえ! この世の全てのものは、覇王様のものよ!」

 

 案の定、彼女は悪びれる様子もなく断言した。私は眉を顰めてみせたけれど、それも、彼女は意に介さなかった。

 

 「さあ、大人しくその宝玉を渡しなさい。そうして我らが偉大なる王に、絶対の忠誠を誓いなさい!」

 「……宝玉の奪取は、彼の王の命令ですか?」

 「いいえ! 命じられたことしかしないのは、よき部下とはいえないわ。これは、私の、あの方への忠誠の証! これを手に入れることで、あの方の覇道は、より円滑に進むでしょう!」

 「…………」

 

 誇らしげに胸を張った彼女に、私はそっと溜息をついた。

 出来る女、役に立つ女アピールのために、世界が危機にさらされてますよ。そりゃあ、闇の神様も、人を見捨てちゃいますよね。

 

 確かに、この宝玉が内包している魔力を攻撃に転化させれば、それはそれは強力な破壊兵器になる。

 だって、世界を壊せる力だもの。

 そういう意味では、目の付け所がいい……と、いえなくもない。

 もっとも、それをさせるつもりはないけれど。

 

 「――渡しません」

 「邪魔をするのなら、容赦はしないわ!」

 

 彼女の声が、連れの男を動かした。抜き身の剣を手に、男が駆ける。

 

 「っさせるか!」

 

 兄さんが、剣士を迎えうつべく動いた。

 二人が正面から切り結ぶ。一合、二合と剣が交わる。

 しかし私も、その様子を眺めている余裕はない。

 

 「――通しません」

 

 私は、宝玉に向かって歩く彼女の前に、両手を広げて立ちはだかった。

 

 「邪魔よ!」

 

 苛立たしげに一振りした彼女の杖から、つむじ風が巻き起こった。

 風の魔術だ。

 迫るつむじ風に、私は、慌てず騒がず、氷の壁を展開させて防いだ。

 

 「……あら、意外にやるようね。――では、これはどうかしら?」

 

 にんまりと笑ったかと思えば、突如、彼女の姿が掻き消え――

 

 「っ!?」

 

 直後、私の右手側に、彼女は出現した。

 

 「速……」

 「遅いわ!」

 

 咄嗟に右手でガードしようとしたけれど、彼女の蹴りのほうが速かった。

 私の身体が、弾き飛ばされる。

 

 「……きゃ……っ」

 

 思わず口から零れ出た悲鳴。

 その小さかったはずの悲鳴を、兄さんは聞き取ってしまった。

 

 「!? っア……っ」

 

 目の前の剣士から気を逸らし、私を気遣ってくれてしまった兄さん。

 その決定的な隙は、見逃されなかった。

 

 「ぐ……っ」

 「兄さん……!?」

 

 身を起こした私は、剣で貫かれる兄さんの姿を見た。

 倒れ込む兄さんの身体。

 兄さんが私に向かって手を伸ばして――私は、その手を取ろうとしたけれど、届かなかった。

 

 「兄さん、兄さん……!」

 

 走りよって兄さんを抱き起こす。

 

 「……逃、げな……さ」

 

 辛うじて聞き取った兄さんの言葉。

 こんなときまで、私の心配なんかして……!

 

 「兄さん、待って、すぐに治療を……!」

 「…………」

 

 翳した私の手が、兄さんの力ない手によってどけられる。

 私を映した兄さんの瞳が、微かに細められて――そして、兄さんの手が、床に落ちた。

 

 「……兄、さん……兄さん……!」

 

 兄さんの身体に縋りつく。

 揺さぶって、目を覚ましてと呼びかけるけれど……もう、兄さんは、答えてくれない。

 私のせいで……兄さんが……っ。

 

 「兄さん、兄さん、兄さ……っ!?」

 

 兄さんを呼び続けていた私は、こめかみに衝撃を受けた。

 

 「っ」

 

 思わず兄さんの体の上に倒れ込む。

 視線を動かすのも痛む中、私の体は乱暴に持ち上げられ、後ろ手に拘束された。

 

 「っは、離せ……っ離せ! よくも兄さんを……っ」

 

 兄さんを貫いた男に拘束された私は、何とか逃れようと暴れるけれど、男の力は強くてびくともしなかった。

 

 「うるさいわね、黙らせなさい」

 「は」

 

 女性の命令に従って、私の口には布切れが押し込まれた。

 

 「ん――っ」

 

 もがく間に、女性は祭壇の宝玉に手を触れていた。

 

 「――ふふ。これで、この大陸は……いいえ、世界は、あの方のもの……」

 

 恍惚と呟く彼女。

 その笑みが、その愉悦と幸福に満ちた声が――とても、とても癪に障る。

 

 「……うー、んーっ!」

 「あら、何かいった?」

 

 呻く私を、高慢な笑みの彼女が振り返る。

 それが――許せなかった。

 

 楽しいの? 私はこんなに悲しいのに。

 私の兄さんが死んだのに、どうしてこの人は笑っているの?

 私は、こんなに苦しいのに!

 

 ……ゆるさない……!

 

 湧き上がる怒りのままに、私は全ての力を解放した。

 空気中の水分が、一気に凝固していく。

 

 「な、何、この力は……!?」

 「隊長!」

 

 驚く彼女に、剣士が駆けつけようとするけれど、その足は既に凍り付いている。

 氷は、兄さんも、私をも凍らせているけど……構わない。

 

 「凍る……凍っていく……! ああ、駄目!」

 

 宝玉を掴み取ろうとする彼女。だがその手も、すぐに氷で固められた。

 氷は、彼女の顔も覆っていく。

 絶望に歪んだ彼女の顔。

 それを見て――私は笑んだ。

 歪んだ笑みのまま、私の口元は凍りついた。

 

 「この宝玉は持ち帰るの! あの方の覇道のために必要、な、の……!」

 

 この部屋に落ちた最後の言葉は、彼女の悲嘆だった。

 

 そして――そこで私の意識も、途切れた。

 


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