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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第106話

  オークションの喧騒から数日。日本列島は新たな、そしてより具体的な熱狂に包まれていた。

 『S-DAY』に勝利し、神の装備ツルハシを手に入れた一万人の当選者たちの元に、ついにその「現物」が届き始めたのだ。


 配送を担当するのは、日本郵便、ヤマト運輸、佐川急便といった物流大手各社。彼らはこの日のために『特殊貴重品配送プロトコル』と呼ばれる厳重なセキュリティ体制を敷いていた。

 配送車両にはGPSと監視カメラが完備され、武装した警備員が同乗する。配達員は本人確認のための専用端末を携帯し、受け取り人である当選者のマイナンバーカードと虹彩認証が一致しない限り、荷物を渡すことは許されない。

 それは単なる宅配便ではなかった。未来へのパスポートを届ける、神聖な儀式だった。


 都内某所、安アパートの一室。

 大学四年生のケンタは、玄関のチャイムが鳴った瞬間、飛び上がるようにしてドアを開けた。

「は、はいっ!」

 目の前には緊張した面持ちの配達員と、その後ろに控える屈強な警備員の姿があった。

「お届け物です。ご本人様確認をお願いします」

 震える手でマイナンバーカードを差し出し、端末のカメラを覗き込む。

『認証完了』

 無機質な電子音と共に、ずしりと重い、しかし見た目は変哲もない段ボール箱が手渡された。伝票には『F級・片手剣コモン』の文字。

 ケンタは、まるで爆発物でも扱うかのように慎重にその箱を部屋に運び込み、カッターナイフで封を切った。


 中から現れたのは、何の変哲もないただの鉄の剣に見えた。

 長さは約80センチ。飾り気のない柄、鈍い光沢を放つ刀身。RPGの初期装備そのものの、あまりにもシンプルな造形。


 だが、その剣を握った瞬間――。

 ドクン。

 ケンタの心臓が早鐘を打った。重い。物理的な重量ではない。その剣が秘めた得体の知れない「力」の重みが、手のひらを通して直接脳髄に伝わってくるようだった。

「……これがダンジョン装備……」

 彼は震える手でその剣を掲げた。部屋の空気が、ピリピリと震えるような気がした。


 その頃、日本中で同じような光景が繰り広げられていた。

 そしてその直後から、SNSには当選者たちによる「検証報告」という名の狂喜乱舞の祭りが始まった。


【スレッドタイトル:【神具】ダンジョン装備検証スレ Part.1【チート】】


 172 名無しさん@ダンジョン

 お前らマジでヤバイぞ。

 俺『F級・疾風のブーツ(コモン)』当たったんだけど、これ履いて走ってみたら世界が変わった。

 公園のランニングコース、いつも一周5分かかるのに3分切った。息切れもしない。足が勝手に前に出る感じ。

 移動スピード+8%って書いてあったけど、体感だと3倍くらい速いぞこれ!?


 185 名無しさん@ダンジョン

 >>172 動画うpはよ。


 190 名無しさん@ダンジョン

【動画リンク】

 これ見てみろ。俺の友達が『F級・鉄の胸当て(コモン)』着て実験した動画だ。マジで笑えないレベルで凄い。


 リンク先の動画には、河川敷と思われる場所で、一人の若者が胸当てを装着して立っている姿が映っていた。

 その友人と思われる男が、金属バットを構えている。

「いくぞ! 本気で振るからな!」

「おう! こい!」

 ブンッ!

 金属バットが風を切る音を立ててフルスイングされる。

 ガゴォッ!!

 鈍い衝撃音が響き渡り、バットが胸当てに直撃する。


 だが。

 殴られたはずの若者は一歩も後退することなく、ただ「へ?」という顔をして立っていた。

「……え? 今殴った?」

「殴ったよ! 手が痺れたわボケ!」

「全然痛くないんだけど。ていうか、衝撃すら感じなかった。虫が止まったかと思った」


 カメラが胸当てに寄る。金属バットがへこんでいるのに対し、胸当ての表面には傷一つ、凹み一つついていない。

「……マジかよ。これ、戦車砲でも防げるんじゃねえか?」


 210 名無しさん@ダンジョン

 >>190 ワロタwww

 人間戦車誕生の瞬間である。これ着てたら交通事故に遭っても無傷だろ。


 255 名無しさん@ダンジョン

 防具は、みんな同じように異次元の防御性能みたいだな。

 俺の『F級・皮の小手』も、カッターナイフで力一杯切りつけてみたけど、刃の方が折れたわ。これもう『皮』じゃねえだろ。オリハルコンか何かだろ。


 装備品だけではない。さらに衝撃的な報告が、ネットの海を駆け巡った。


 333 名無しさん@ダンジョン

 おいおいおいおい!

『ポータルスクロール100枚セット』購入できた勝ち組の俺が通りますよ。これマジで革命だぞ。一枚使ってみたんだが……。


 340 名無しさん@ダンジョン

 kwsk


 345 名無しさん@ダンジョン

 近所の公園で「使用する」って念じてみたんだ。そしたら目の前が真っ白になって、次の瞬間、自宅の自分の部屋にいた。文字通り「一瞬」だ。ドラクエのルーラだわこれ。


 352 名無しさん@ダンジョン

 は!? マジで!? 座標指定とかどうすんの?


 360 名無しさん@ダンジョン

 どうやら「自分が最も安全だと認識している場所=自宅」に自動的に帰還する仕様っぽい。これ便利すぎん?

 終電逃しても、これ一枚あれば即帰宅できるじゃん。タクシー業界死亡のお知らせ。


 378 名無しさん@ダンジョン

 >>360 羨ましすぎてハゲそう。市販はよ!!! これ一枚いくらだっけ?


 385 名無しさん@ダンジョン

 セットで10万だから、一枚1000円だな。タクシーより安いし早いし安全。神アイテム確定。


 400 名無しさん@ダンジョン

 ポータルスクロールが便利そうだなぁ、良いな……。落選者の俺、低みの見物。ちくしょう、なんで俺は選ばれなかったんだ……。


 歓喜と嫉妬。その二つの感情が入り混じった混沌の中で、一つの動画が爆発的なバズを引き起こした。

 投稿者は、あのアパートの大学生ケンタ。タイトルは『【検証】F級片手剣で鉄板を斬ってみた』。


 場所は実家の裏庭と思われる場所。ケンタが緊張した面持ちで、厚さ一センチはあろうかという鉄板を立てかけている。

「……いきます」

 彼は両手で片手剣を握りしめ、大きく振りかぶった。

「おりゃー!」

 気合いと共に振り下ろされた剣が鉄板に触れる。


 キィン!という金属音はしなかった。

 ザンッ。

 まるで大根でも切るかのような湿った音。剣は何の抵抗もなく鉄板を両断し、そのまま地面に突き刺さった。


 真っ二つになった鉄板が左右に倒れる。

 その切断面は、鏡のように滑らかだった。


「……うそだろ」

 動画の中のケンタが腰を抜かして座り込む。

「……豆腐かよ」


 この動画は瞬く間に数百万回再生され、世界中のSNSで拡散された。


『強すぎ草』

『これもう兵器だろ』

『うおー! 勇者降臨!!!』

『こんなもん持った人間が街中うろつくとか怖すぎんだろ』

『早く俺にも売ってくれえええええ!』


 日本中がその威力に酔いしれ、そして戦慄した。

 それは物理法則を超えた「魔法」の力が、初めて可視化された瞬間だった。


 ***


 その狂騒を、冷めた目で見つめる者たちがいた。

 霞が関、ダンジョン庁長官室。

 高梨大臣は、モニターに映るケンタの動画を見ながら、深いため息をついた。


「……馬鹿者が。あまり派手に宣伝するなと言いたいところだが……」

 彼は手元の報告書に目を落とした。

「まあ、良い宣伝にはなったか」


 報告書には、次回のオークションへの参加希望者数が前回の三倍に膨れ上がっているというデータが記されていた。国民の購買意欲は、恐怖を遥かに上回っていたのだ。


「しかし問題はこっちだ」

 高梨は別のモニターを指さした。そこには警視庁から送られてきた緊急の報告書が表示されている。


『報告:未認可の武装集団の増加について』

『都内の公園や河川敷にて、金属バットや木刀、あるいは自作の槍などで「訓練」を行う若者の集団が急増中。近隣住民からの通報多数』

『一部の過激な集団は「我々は政府に見捨てられた」と主張し、自力でのダンジョン攻略を標榜。独自の武装化を進めている模様』


「……持たざる者たちの反乱か」

 高梨は呟いた。

「まあ想定内だがな。……高梨長官には適度にガス抜きをさせつつ、暴発だけは防ぐよう伝えておけ。あまり締め付けすぎると、地下に潜るだけだ」


 彼は窓の外の東京の空を見上げた。

 その空の下では、一万人の「勇者」と数千万人の「予備軍」が、それぞれの思いを抱えて来たるべきXデーを待っている。


「……あと半年か」

 高梨は玉露をすすった。

「長いようで短いな。……さて、次はどんな地獄が待っているのやら」


 神の不在のまま。

 人間たちは、手に入れたばかりの「おもちゃ」の威力に熱狂し、そしてその危険性に気づかないふりをしながら、破滅と希望の入り混じった未来へとアクセルを踏み込み続けていた。


 その狂想曲の指揮者は、まだ誰もいない。

 ただ、欲望という名のタクトだけが、激しく振られ続けていた。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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