日本崩壊。首都直下地震で文明が止まった日
遠藤さつきが東京に来たのは、二〇一一年の九月だった。
郡山の実家は残っていた。建物は無事だった。だから「被災者」とは呼ばれなかった。でも線量計は鳴り続け、母親は甲状腺の検査に通い、父親は出荷できない米を黙って耕し続けた。
さつきは逃げるように上京した。自分でもそれはわかっていた。
最初に借りた西荻窪の部屋で、不動産屋の担当者が言った。
「あっ、福島ご出身なんですか。」
男の声が、わずかに変わった。
「まあ……東京は安全ですよ」
"わたしが危ないものみたいに言うな"
さつきは笑顔を崩さぬまま、「そうですね」と言って退けた。
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翌年の春、さつきは丸の内の会社に転職した。
歓迎会の席で、先輩社員の田村慶介が言った。
「あんまり興味なくてさ、ちゃんと見てないんだけど。最近どうなの、福島。やっぱ住めないの?」
さつきは、少しだけ顔を引きつらせた。
「……実家には、普通に人が住んでいます」
「でも数値とかヤバいんでしょ。野菜も米も魚も、ベクれてるじゃん」
「汚染水だってさ、中国に文句言われてるの、福島のせいなんでしょ?福島じゃなくて毒島だね!」
──笑い声が上がった。
田村だけではなかった。
テーブルの何人かがつられて笑った。
さつきも笑った。
笑うしかなかった。
翌日、田村は何も覚えていないかのように元気に「おはよう」と声をかけてきた。
さつきはそのとき初めて、本当の意味で故郷を失った気がした。建物でも土地でもなく、人間に。
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さつきは三年で会社を辞め、郡山に戻った。
田村慶介のことは、一週間で忘れた。忘れるというより、記憶の中の顔がぼやけていった。加害者というのは、被害者の中でそういうふうに溶けていくものだとさつきは考えた。恨む価値もないほど、大勢いたから。
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四月十四日、午前六時十二分。
田村慶介は夢の中にいた。
内容は覚えていない。ただ、どこか広い場所にいて、誰かと話していた。穏やかな夢だったと思う。
最初の揺れは、遠くから来た。ゆっくりとした、長い周期の横揺れ。慶介は夢の中で、それを波だと思った。海にいる夢に切り替わった、と思った。
次の瞬間、突き上げるような縦揺れが来た。
ベッドから床に転がり落ちた。膝をぶつけた。痛みより先に音が来た。本棚が倒れる音、窓ガラスが割れる音、どこか遠くで何かが爆発したような轟音。それらが同時に、壁の中から滲み出てくるように響いた。
「慶介っ」
妻の声が寝室から聞こえた。
「いる、ここにいる」
立ち上がろうとした瞬間、二度目の大きな揺れが来た。今度は家全体が生き物のように歪んだ。壁に亀裂が走る音がした。乾いた、短い音だった。慶介は壁に手をついたが、壁そのものが動いていた。
「翔太っ」
息子の名前を呼んだ。返事がなかった。
「翔太っ」
揺れの中で廊下に出ようとしたとき、天井が落ちた。
音ではなかった。衝撃だった。右半身に何かが乗った、という感覚だけがあった。痛みはなかった。それが怖かった。痛くないということは、神経が、と思いかけてやめた。
視界が消えた。
粉塵だった。呼吸ができなかった。口を手で覆ったが、手がどこにあるのかよくわからなかった。咳が止まらなかった。肺が砂を吸い込んでいる感覚があった。
揺れが収まった。
静寂が来た。
完全な静寂ではなかった。どこかで何かが崩れ続ける音、遠くで誰かが叫ぶ声、金属が軋む音。でもそれらは遠かった。慶介のいる空間だけが、切り取られたように静かだった。
右半身が動かなかった。
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最初の一時間、慶介は声を出し続けた。
妻の名前。息子の名前。助けてください。誰かいますか。助けてください。
返事はなかった。
粉塵が少しずつ落ち着いてきた。スマートフォンを探した。右手が動かないので左手で手探りした。床に瓦礫が散乱していて、その中に柔らかいものがあった。充電ケーブルだった。辿っていくと本体があった。
画面を点けた。電波はなかった。時刻は六時二十九分だった。
懐中電灯アプリを点けた。
見えた範囲で状況を確認した。天井の梁が一本、慶介の右肩から腰にかけてのしかかっていた。梁の上に瓦礫が積み重なっていた。梁そのものは細かったが、上の重みで動かせなかった。右脚の感覚がなかった。右腕は肩から先が梁の下に入っていた。
左腕と上半身の一部だけが、かろうじて自由だった。
妻と息子を呼び続けた。
三十分後、かすかに妻の声が聞こえた。
「慶介、聞こえる?」
「聞こえる、どこにいる」
「キッチン。痛いし、動けない。足が」
「翔太は」
間があった。
「わからない」
慶介はその「わからない」を、何度も頭の中で繰り返した。考えないようにした。考えると動けなくなると思った。
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外が明るくなってきた。
隙間から光が差し込んできた。朝の光だった。その光の中に埃が漂っていた。綺麗だと思った。こんな状況で綺麗だと思っている自分が、少しおかしいと思った。
遠くで火の燃える音がした。
においがした。焦げたにおい。木材か、それとも別の何か。慶介は隙間の方向を見た。隙間の向こうの空が、薄くオレンジ色に染まっていた。
「美香、煙のにおいがする。気をつけろよ」
「わかった」
妻の声は近いようで遠かった。同じ家の中にいるのに、別の世界にいるような距離感だった。
喉が渇いてきた。
口の中が砂と埃で満たされていた。唾を飲もうとしたが、唾が出なかった。ペットボトルが手の届く範囲にないか探したが、なかった。
携帯の電池が五十三パーセントだった。電話をかけようとしたが、電波が入らなかった。119にかけようとした。「ただいま回線が大変混み合っています」という自動音声が流れた。
時刻は七時四十一分だった。
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外で人の声がしたのは、午前十時を過ぎた頃だった。
「誰か!誰かいますか」
慶介は叫んだ。声が出なかった。粉塵で気道がやられていた。もう一度叫んだ。かすれた声が出た。
「ここ、います、ここに...」
足音が近づいた。瓦礫を踏む音がした。
「声が聞こえます、どこですか!」
「家の、北側、寝室だったところ」
隣に住む浜田だった。
七十一歳。元水道局員。妻には十二年前に先立たれ、今は一人暮らしだった。息子が二人いるが、どちらも関西にいる。慶介は引っ越してきた当初に挨拶をしたきり、ほとんど話したことがなかった。庭をよく手入れしている老人、という印象しかなかった。
「田村さんか」と浜田は言った。声が、妙に落ち着いていた。
「そうです、梁が、右側が」
「わかっている。動けるか」
「左側だけは」
浜田はしばらく黙って状況を見ていた。慌てなかった。瓦礫の上に乗って崩れないかを先に確かめてから、慎重に近づいてきた。元水道局員というのは、現場仕事の勘が体に残っているのかもしれない、と慶介はぼんやり思った。
「一人では無理だな」と浜田は言った。断言だった。感情がなかった。「人を呼ぶ。声を出し続けろ」
「妻が、キッチンに。キッチンにいるんです‼︎」
「聞こてるよ。そっちも見てくるから」
浜田は一度離れた。十分後に戻ってきた。
「奥さんは足だけだ。意識はある。翔太くんは公園にいる。怪我はない」
慶介は何も言えなかった。
浜田は慶介の隙間の外に座って、黙って待ち始めた。それだけだった。助けられもしないのに、ただそこにいた。
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昼過ぎに鈴木が来た。
鈴木は二軒先に住む四十三歳で、物流会社に勤めていた。体格がよく、声が大きかった。妻と小学生の娘が二人いて、家族全員で近くの公園に避難していたが、近所の声を聞いて一人で戻ってきた。
「田村さん、俺だ、鈴木だ。生きてますか」
「生きてます」
「よし」
鈴木は最初、梁を素手で動かそうとした。びくともしなかった。それでも三度試みて、額に汗をかいて、「無理だこれ」と言った。
「知ってます」と慶介は言った。
「すんません」と鈴木は言った。なぜか謝った。
「いいですよ」
鈴木は浜田と交代で慶介のそばにいた。話しかけてくれた。たわいない話だった。娘の話、仕事の話、近所が今どうなっているかの話。慶介はそれを聞きながら、話の内容よりも、声が届いていることそのものに安心していた。
「世田谷の方、火がすごいらしいですよ」と鈴木は言った。
「ガス管がやられて。風がこっちに来なきゃいいんですが」
「液状化は?」
「荒川沿いはひどいらしい。ここらへんは今のとこ大丈夫そうです。道路が割れてるとこはありますけど」
「そうか。」
「自衛隊が来るって話です。ヘリが飛んでました、さっき」
慶介は空を見た。隙間から青い空が見えた。何も飛んでいなかった。
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夕方、若い女が来た。
二十代で、近所のマンションに住んでいるらしかった。名前は聞かなかった。スマートフォンで情報を集めていて、どこに救助を要請すべきかを調べてくれた。消防には繋がらなかったが、区の災害対策本部に繋がって、場所と状況を伝えてくれた。
「優先度をつけて回っているそうです」と彼女は言った。「今日中には来ると思いますが」
「来なくても来ます」と慶介は言った。
「え?」
「来なくても、明日も生きてます」
自分でも、なぜそんなことを言ったのかわからなかった。強がりではなかった。ただそう思った。今夜死ぬ気がしなかった。梁の下にいるのに、なぜかそう思った。
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夜になった。
気温が下がった。四月の夜だったが、瓦礫の中は冷えた。下から地面の冷たさが伝わってきた。慶介は持ってきてもらったタオルケットを左手で引き寄せた。右半身には届かなかった。
尿意が来た。
我慢した。一時間我慢した。限界が来た。
「浜田さん」と慶介は言った。
「ん」
「トイレが」
「ああ」と浜田は言った。少し間があって、「出してしまいなさい」と言った。「仕方ない」
仕方ない、という言葉の言い方が、責めてもなく、慰めてもなく、ただ現実を述べているだけだった。そのフラットさが、慶介には助かった。
慶介は漏らした。温かかった。すぐに冷たくなった。
浜田は何も言わなかった。煙草に火をつけた音がした。タバコの煙のにおいがした。
「吸うんですか」と慶介は言った。
「十年ぶりだ。避難所に置いてあったから」
しばらく沈黙があった。
「旨いですか」
「旨くはないな」と浜田は言った。「でも吸ってしまう」
慶介は笑おうとして、うまく笑えなかった。でも少し気持ちが緩んだ。
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深夜、人の気配がした。
浜田は一度自宅に戻っていた。交代で見張っていた鈴木が、何かに気づいて立ち上がった。
「おい」
鈴木の声が低くなった。
慶介は隙間から外を見た。懐中電灯の光の中に、見知らぬ男の後ろ姿があった。崩れた慶介の家の中を、懐中電灯で照らしながら歩いていた。三十代くらいに見えた。リュックを背負っていた。手に何かを持っていた。
「何してる」と鈴木が言った。
男は振り向かなかった。
「おい、聞こえてるだろ」
男が走り出した。鈴木が追いかけた。
足音が遠ざかった。静寂が戻ってきた。
五分後、鈴木が戻ってきた。息が上がっていた。
「逃げられました。リュックの中身は見えなかったけど」
「何を持っていましたか」と慶介は言った。
「財布みたいなものだったと思いますが。暗くて」
慶介は黙っていた。
怒りが来るかと思った。来なかった。ただ、妙に冷静に、そういうものだ、と思った。
「田村さん、すみません、捕まえられなくて」
「いいです」と慶介は言った。
「よくないですよ。こっちが生き埋めになってるのに」
鈴木の声に、慶介への怒りより自分への怒りが混じっていた。自分が捕まえられなかったことへの、不甲斐なさのような感情が。
「鈴木さん」
「はい」
「ここにいてくれてありがとうございます」
鈴木はしばらく黙っていた。
「俺、こういうとき逃げるタイプだと思ってたんですよ」と鈴木は言った。「でも、なんか、足が動いて、来てました」
慶介は何も言わなかった。
それで十分だった。
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翌朝、浜田が戻ってきた。
握り飯を持ってきた。コンビニのものではなく、自分で握ったものだった。ラップに包まれた、不格好な三角形だった。
「炊ける米があった。ガスは止まっていたがカセットコンロがあった」
慶介の隙間に向けて、ゆっくりと押し込んでくれた。
食べながら、慶介は聞いた。
「浜田さん、家は大丈夫でしたか」
「半壊だな。壁に亀裂が入って、二階は使えない」
「それで戻って来てくれたんですか」
「家にいても仕方ない」と浜田は言った。「それに」と少し間を置いた。「あんたが気になった」
ただそれだけだった。説明も補足もなかった。
七十一歳の元水道局員は、壊れた自分の家より、梁の下の隣人を選んでいた。なぜかを聞こうとしたが、やめた。理由を言語化させる必要はないと思った。
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救助隊が来たのは、翌日の午後三時過ぎだった。
三十一時間が経っていた。
レスキュー隊員が三人、瓦礫をチェーンソーと手作業で切り開いた。梁をジャッキで持ち上げた。右脚が見えた。隊員の一人が表情を変えずに「大丈夫ですか」と言った。その「大丈夫ですか」は問いかけではなく、手順の一部だった。慶介はそれが却って落ち着いた。
引き出された瞬間、光が眩しかった。
空が見えた。
青かった。馬鹿みたいに青かった。四月の空だった。遠くに煙が上がっていた。黒い煙と白い煙が混ざっていた。
浜田が担架の横に立っていた。
「よかった」と浜田は言った。それだけだった。
鈴木は少し離れたところに立っていた。目が赤かった。泣いていたのか、それとも一晩起きていたせいなのか、わからなかった。
担架に乗せられた。隣に妻が乗せられた。顔色が悪かったが、目が合ったとき、妻は口だけで「翔太」と言った。
慶介は頷いた。翔太は無事だ、と頷いた。
妻は目を閉じた。それだけで眠れるような顔をした。
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美香とは大学の同期だった。
結婚して十八年、喧嘩も多かったし、すれ違いも多かった。子供が生まれてから夫婦の会話が減って、それを二人とも気にしながら、どちらも切り出せないまま十年以上が過ぎていた。
病院で並んで点滴を受けながら、美香が言った。
「怖かった」
「そうだな」
「声が聞こえてたから。ずっと聞こえてたから、生きてるってわかってた」
「俺もだ」
それだけの会話だった。十八年分の積み残しを全部解決するような言葉は何もなかった。でも、慶介はそのとき、妻の顔をちゃんと見た。見て、この人がいてよかったと思った。こんな形で、初めてそれを実感するのか、とも思った。
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病院は廊下まで人で溢れていた。
慶介は手術室に入った。麻酔が効く直前、医師が「右膝から下は」と言いかけて止まった。慶介は「わかってます」と言った。わかっていなかったが、そう言った。
目が覚めたとき、右脚は膝から先がなかった。
痛みは翌日から来た。幻肢痛というものだと看護師が教えてくれた。存在しない脚が痛む。慶介にはどちらでもよかった。痛いものは痛かった。
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退院したのは五ヶ月後。仮設住宅に移った。
世田谷の家は全壊判定で取り壊されていた。更地になった場所を一度だけ見に行った。義足をついて、一人で行った。何もなかった。土だけがあった。
慶介はしばらくそこに立っていた。何かを感じようとした。悲しみとか、怒りとか。うまく感じられなかった。感情の回路が、まだ壊れたままのようだった。
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仮設住宅は六畳一間だった。
隣との壁が薄く、夜中に咳払いが聞こえた。子供の泣き声が聞こえた。夫婦喧嘩の声が聞こえた。他人の生活音の中で眠る、ということが最初は苦痛だったが、一ヶ月経つと、その音がないと逆に眠れなくなった。
トイレは棟の端に共同のものが四つあった。朝は列ができた。夜中に一人で歩くのは義足では不安定だった。転んだことが一度あった。誰も見ていない廊下で、四十六歳の男が床に転がっていた。しばらくそのまま寝ていた。起き上がる気力がなかった。
食事は支援物資と炊き出しで賄った。最初の一ヶ月は毎日おにぎりだった。具なしのおにぎり。食べなければ死ぬから食べた。
支援物資の中に、見知らぬ人からの手紙が入っていた。「頑張ってください」と書いてあった。小学生の字だった。慶介はその手紙を読んで、初めて泣いた。
なぜその手紙で泣けたのか、自分でもわからなかった。
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浜田も同じ仮設住宅に入っていた。
棟は違ったが、炊き出しの列で何度か会った。浜田は相変わらず、多くを話さなかった。「飯は食えてるか」と聞いてくるだけだった。慶介は「食えてます」と答えた。それで終わりだった。
でも慶介は、その短いやりとりのたびに、なぜか安定した。
ある日、浜田が言った。「足のリハビリはどうだ」
「痛いです」
「そうか」
「浜田さんは」
「膝が悪いが、歩ける」
「よかった」
浜田はふん、と言った。それから少し間を置いて、「あの夜、息子から電話が来たんだ」と言った。「大阪から。心配して。でも来なかった」
慶介は何も言わなかった。
「来なくていいと言った。俺が言った」と浜田は続けた。「来たところで何もできないし、向こうにも子供がいる。だから来るなと言った」
「それで」
「それだけだ」と浜田は言った。「息子は来なかった。俺はあんたのそばにいた」
どういう意味の話なのか、慶介にはよくわからなかった。家族より赤の他人を選んだ、ということなのか。それとも、息子が来ないことへの不満を、誰かに聞かせたかっただけなのか。
どちらでもいいと思った。
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ある夜、眠れずにいた。
スマートフォンに「思い出」の通知が来た。
二〇一二年の花見。桜が満開で、自分と西川が缶ビールを持って笑っている。
背景に、一人だけ離れて立つ女がいた。
遠藤さつき、という名前だったと、そのときやっと思い出した。
彼女は笑っていなかった。輪に入ろうとしているのか、いないのか判断できない立ち位置で、少し俯いていた。
慶介はその写真を、長い間見ていた。
削除しようとして、できなかった。
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翌朝、支援NPOのスタッフが集会室で話していた。
「生活再建の見通しが立つまで、平均で三年から五年かかります」
三年から五年。
慶介はパイプ椅子に座って、義足の右脚を見た。
遠藤さつきは、東京で三年いた。物理的な破壊は何もなかった。家は壊れなかった。脚も失わなかった。でも彼女は東京で三年間、見えないものを恐れながら、笑われながら、愛想笑いをしながら生きた。そしてその笑いの中に、自分がいた。
慶介は今、見える形で壊れている。
どちらが辛いかなど、比べる意味はない。
ただ慶介が思ったのは、人間は自分の体が壊れるまで、他人の痛みを本当には想像しない、ということだった。それは慶介だけでなく、たぶん大半の人間がそうなのだ。それが構造的な欠陥なのか、生き延びるための必要な鈍感さなのか、わからなかった。
わからないまま、リハビリのために立ち上がった。
義足が床を踏み締める。
...痛かった。
それでも、歩むだ。




