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マジメ剣士なくせに、ずるい

作者: 栗田隆喬
掲載日:2026/02/01

「はい、またあたしの勝ちぃ〜」

 女盗賊の高らかな笑い声。

 手にしていたカードをテーブルに伏せ、剣士は掛け金を女盗賊側に押しやると、突っ伏した。

 シャリイは慣れた手つきで硬貨をじゃらりと集め、一山にした。

「さてさて、罰ゲームのお時間です!」

 大きくため息をついて、剣士は悔しそうに顔をあげた。

「くっそぉぉぉぉ。飲めばいいんだろ、飲めば」

 ジョッキを掴み、ぐっとシャリイの前に差し出す。

「負けだもんねぇ。そうそう、はい、どうぞ。……って、こらぁ。こんな美人にお酌してもらってるのに、ふてくされちゃダメでしょ」

 剣士はすでに出来上がっていた。顔は赤みを帯びている。いつもの眼光の鋭さはどこへ行ったのか、シャリイを見上げる潤んだ瞳は無邪気な子犬のよう。一方、形の良い口元は明らかな不満を表現すべく、大げさにすぼめていた。

「……四連敗とか、本当にやってらんないぜ。いくらなんでも強すぎだろ」

 シャリイはピッチャーをテーブルに置くと、おどけたように胸元に右手を置き、ないはずのスカートを左手で広げ、流れるような仕草で貴族の令嬢顔負けの、優雅な会釈を決めた。

「お褒めいただき光栄でございますわ、我が王」

 剣士はかぶりを振った。

「やめろよ、柄でもない。俺はただの剣士さ。王だなんて冗談でも止めてくれ……」

「でも、魔王討伐が成功すれば、世間が放ってはおくはずない。覚悟しといた方がいいよ、ランド」

「おいおい、なんなんだよ……。俺はただ、みんなの力になりたいだけ、なんだけどな」

 ランドの遠くを見つめる眼差しのまえに立ちはだかるようにして、シャリイは改めて会釈をした。

「では、改めましてランド様。魔王を倒し、民草たみぐさを救う前に、私との約束を」

 ランドは苦笑いを浮かべ、なみなみと注がれたジョッキを一瞥してから飲み干した。

 笑いを堪えようとするシャリイの吐息が漏れる。お辞儀のまま、彼女の肩は震えていたが、ついに堪えきれなくなり、お腹を抱えて笑いはじめた。

「本当にもう、ランド、賭け事弱すぎなんだって」

「……ちぇっ。これでも練習してるんだけれどな」

 ランドの頬が、先ほどよりさらに赤くなった。

「知ってる。最近、暇さえあればジェノ爺と遊んでいるもんね」

「遊びじゃねぇし。打倒シャリイのための手合わせだし。本気だし。このごろは、何度か勝ったし」

「はいはい、でもジェノ爺は小遣いが増えたって喜んでたよ。彼に連勝できなきゃ、まだまだ道は遠いかな」

「くぅぅぅ」



 その後もランドは連敗を続けた。

 かなり酔いも回っているのだろう。

 テーブルに頭を預け、カードをつまらなそうに指先でつついている。

 シャリイも手持ち無沙汰に硬貨の山を並べ替えながら、この様子ではまたいつものように寝落ちするんだろうなぁ、とランドの様子を眺めていた。

「……なぁ、シャリイ」

「なあに?」

「どうして俺は、君に勝てないんだろうな」

 シャリイは一瞬、目を丸くしてから、あははは、と小声で笑う。

「それ、あたしに聞くかなぁ」

「だって、君なら教えてくれるだろう? だったら君に聞くのが一番早いし、間違いがない」

「……ずるいなぁ」

「正々堂々と聞いているんだ、ずるくはないだろう?」

 シャリイは改めて、まじまじとランドを眺めた。

 相変わらずカードをつついているこの男。

 ランド・エンカーファス。

 都市守備隊で一番の剣の使い手。

 彼の太刀筋は、文字通り、血の滲むような訓練によって培われたものだった。

 派手さは全くない。

 だが教則通りの動きを、必要なタイミングで、寸分違わずに繰り出すことができる。故に、教練過程の基本動作さえ、彼が使えば必殺の一撃となった。

 シャリイに言わせると、ランドは、マジメが鎧を着て、剣を帯びているかのような、そんな剣士だった。

 彼女にとっては冗談にしか聞こえないここまでの受け答えも、ランドにとっては本気なのだろう。

「そうだねぇ……。話してあげてもいいけれど、もしかすると、この話を聞いたことで、ランドの人生が、これから大きく狂っていくかもしれない。それだけの覚悟はある?」

 ランドはむくりと顔を上げた。

 上気したような赤い顔。

 目は、とろんとしているが、その瞳の奥には炎が燃えているかのようだった。

 寝落ち寸前だが、必死になって会話を続けようとしている。

 ——マジメかよぉ。

 その眼差しが、シャリイを釘付けにした。

「覚悟なら……できている」

 急に気恥ずかしくなって、シャリイは目をそらせた。

 今日も無敗で、シャリイは罰ゲームの酒にはありついていない。完全に『しらふ』である。仮に負け続けて飲んだとしても、彼女はウワバミだった。これまでろくに酒で酔ったことはないので、こういうモヤモヤを酒の力で誤魔化すことができない。

 ——なんだろう、この圧倒的な不公平感。

 シャリイは無駄と分かっていながらも、手酌でジョッキを満たし、一気にあおった。

 結構強い酒だった。喉から胸にかけて、熱いものが満たされて、シャリイは少しは腹が決まったような気になってきた。

「ふう……。じゃあ、説明しようかしら」

「よろしく……頼む」

 そう言いながらも、ランドはすぐにでも寝落ちしそうだ。

 まあ、彼が途中で寝てしまったとしても仕方ない。シャリイは己に言い聞かせた。

 自分は、ランドに伝えたい、伝えるべきと思うことを、誠実に、口にするだけだ。

「端的に言うとね。……あなた、マジメなのよ」

 ランドはキョトンとしている。

「マジメって……。俺には話が見えない」

「だから、あなたがマジメなうちは絶対、私には勝てないってこと」

 ランドは目をこすり、しばらく腕組みをしてから、空を仰いだ。

「シャリイの言うマジメとは、……誠実さ」

「そうね」

「そして……勤勉さ」

「もちろん、含まれるわね」

「あとは、……忠誠心とか信仰心とか」

「その通り」

「なるほど……つまり、結局は、エンカーファス家の家訓であり、都市守備隊のモットーだ」

 ランドは木彫りのカップに水をくみ、口を潤した。

「……そして、俺がこれまで、大切にしてきた教えだ。常に心がけてきたことで、……守備隊で認められた。この魔王討伐の任も、そのおかげで与えられた」

「間違いない。その通りよ」

「じゃあ、なぜ……」

「だから、よ」

 シャリイは、次に続ける言葉を思い、急に背筋のあたりがうすら寒く感じられた。部屋の明かりさえ、暗くなったように感じる。

 ——あたしは、いま、とんでもないお節介をしているのではないか。

 だが、必死に眠気にあらがい、まだこちらを食い入るように見つめるランドの瞳を認め、シャリイは言葉を続けた。

「あなたは、本当にマジメ。……そう、あなたほど誠実で、気の置けない人はいない。そして、本当に努力家。いろんな教えを一心に守り、あなた自身のものとして研ぎ澄ましている。こんな風に言わなくても、一緒にいれば、誰もが皆、嫌というほどよく分かるわ」

 シャリイを見つめるランドの視線がそれた。

「だけど、あなたはいつも枠の中にいる。決められたルールから絶対に外れない。そして、外れられない。これは、あなたの最大の美徳だけれど、決定的な弱点にもなる。だから、私には勝てない」

「つまり……俺に、ルールを外れろと。これまでの生き方を……捨てろ……ということか」

 ——やっぱり根っからのマジメだなぁ。

 シャリイの口元には、つい笑みが浮かんでしまう。

 同時に、胸の奥が痛んで決意が揺れた。

 これから伝える自分の不要な一言が、彼の人生を作り上げてきた美徳を損なうことになったら。その時、彼を支え、助けるだけのことができるのか。

 シャリイの脳裏には、フィオネの姿が浮かんだ。

 もし、ランドが生き方に迷い、途方に暮れたとき、その横に並び立ち、正しい道を示すのは神官である彼女だろう。……悔しいが、彼女はどんな暗い夜道も照らし、導く光だ。

 だから大丈夫。いずれにしても、彼にとって悪いようにはならないはず。

 シャリイは慎重に口を開いた。

「半分はそう。でも、……半分は違う。ランドって、いつも定石通りの勝負しかしてこないでしょ。だからパターンが丸わかりなの。手札の範囲内でしかハッタリも効かせられない。それじゃ、あたしにはいつまで経っても勝てない」

「だから、……パターンを、……ルールを崩せと」

「そういうこと。でも、別に生き方を捨てろ、とは言わない。誠実なのは、大切なことだもの。だけど、敢えてルールを外れることも時に必要だし。……それに多分、あなたはこれから、ルール崩すだけではなく、作れるようにならないと」

「ルールを……作る……」

「うん。これから先、……もしあなたが魔王を倒したら、世界を飲み込んでいる混乱は収拾するでしょうね。でも、魔王という共通の敵が失われた時点で、良くも悪くも、世界の秩序はまったく別のものになってしまう。その時あなたは、ただ与えられたルールや世間の期待にマジメに従うだけの存在ではいられない。王たるものの資格が問われるわ」

 ランドの人の良さ、そして誠実さが、シャリイには眩しかった。そして、その輝きこそ、権益を求める狡猾な連中にとっては甘い蜜になる。

 彼を守りたい。できるだけ早く、手を打ちたかった。

「俺は……。そんな柄じゃ……ない……」

 ランドの声が徐々に小さくなる。

「なんども言っているでしょ。世間が、そして世界が、……あなたを逃さないって。ルールに従うだけじゃ、あなたは永遠に縛られる。王という立場からも、絶対に逃れられない」

 シャリイも、そっと呟いた。

「でもね。もし魔王を倒したとしても、みんながあなたにかける期待、世界のルール、そういうのに従うのが嫌だったら……本当に、王様になんて、なりたくないのなら……。私と一緒に逃げ出してみない?」

 恐る恐る、ランドの様子を伺った。

 ——あれ? やっぱり寝ている??

 さきほどまで必死に眠気に抵抗していたランドの瞳に宿した炎は、すでに虚ろになっていた。頭がカクンと揺れ、ハッと目を見開く。再びその瞳にはポッと小さな炎が灯った。

「逃げる?? ……ん。すまない、意識が……飛んでいたようだ。……世間や世界からは、逃れられないんだったな。王としての、資質も問われると」

「そうだよ。で……もし……。もしも、魔王を倒したら、だけど……」

「ああ。その時は、何が俺にできるのか……きちんと……考えないと……、だな」

 シャリイは空を仰いだ。

「やっぱ、マジメかぁ……」


 ノックがして、扉が開いた。

 外で用事を済ませてきた神官のフィオネと魔法使いのジェノ爺が入ってくる。

「う……。すごいお酒の匂い。シャリイさん、またランド様とお酒で賭け事ですか」

 フィオネは衣で口元を押さえ、パタパタとあたりをあおいだ。

「悪い悪い。またランドから挑戦されちゃってね〜」

「そんなこと仰って、けしかけているのはシャリイさんでしょう。ランド様はお酒にも賭け事にも弱いから、自重してくださいと、この前もお伝えしたばかりなのに……」

「フィオネ、俺が悪いんだ。……シャリイは俺の我が儘に付き合ってくれただけだからさ、そんな当たらないでくれよ」

「もう、やっぱりランド様、すごく酔っているじゃないですか! ジェノ爺、手を貸して。隣の部屋のベッドに運んでいただける? 解毒の魔法を施術します」

 それを聞いてランドは椅子を引くと、頭を押さえながら立ち上がった。

「フィオネ、俺は大丈夫だ……。一人で歩ける。でも解毒の魔法はお願いしたい」

「はい。すぐにでも。さ、肩をお貸ししますわ。ゆっくり、足元に気をつけて……」

 ランドとフィオネは寄り添うようにして部屋を出て行った。

 ジェノ爺はニコニコしながらテーブルを眺めている。

「おうおう、凄い金額じゃて。見たところ、今回の勝負、シャリイ殿の圧勝だったようじゃな」

「まあまあ、かなぁ……。いや。うーん。……どうだろう」

「何を悩んでるんじゃ?」

 シャリイは苦笑いを浮かべた。

「いろいろ、ね」

「じゃが、例の話はしたんじゃろ」

「うん。でも……いや、やっぱ、今回も負けかも」

 ジェノ爺はもじゃもじゃの眉毛を片方だけ上げ、シャリイに目配せをする。

「……なるほど。ままならないものじゃな」

「そだねー。ままならないね」

 二人で目を見合わせ、ククっと笑う。

「さてさて、老人にはもう遅い時間じゃて、さきに失礼させてもらうよ。シャリイ殿、おやすみ」

「おやすみなさい、ジェノ爺」

「晴れた夜は冷えるからの。おぬしも早く床につきなされ」

 一人になったシャリイは、部屋の鎧戸を開けた。

 夜風がモワッとした空気を押し出していく。

 酒とカードを片づけた。

 水に浸したボロ布でテーブルを拭き、財布に掛け金の硬貨をしまう。

 ひい、ふう、みい……。夜風で冷え切った硬貨を拾う手が止まる。

 ——マジメかと思ったけれど、……やっぱずるいよ。

「ちぇっ……。ランドのバカ」

 開け放たれた鎧戸から差し込む月の光が、シャリイには妙に明るすぎた。

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