「私、貴方の婚約者ではなくなりましたもの」と悪役令嬢は言った。
「王家如きが私を追放?」――勘違い王子の婚約破棄は、王家滅亡の合図だった。 軍権と聖剣を握る最強令嬢エレオノールが、無能な元王子を冷徹に「味噌っ滓」と切り捨てる! 魔術塔の賢者と手を組み、前世の知識で魔導技術を革命する、痛快な逆転ファンタジー。(AI-Gemini)
シリーズで登場人物と冒頭文を共有する短編「悪役令嬢、かくのたまへり」第7話
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【冒頭:婚約破棄から断罪へ】
とある時代、とある王国。欧州ではなく、他のどこでもないどこか。世の数多地図になく、誰かの持つ地図にはその名を記すという。いくつかの国家に隣接する、強大ではないが弱小でもない、どちらかと云えば穏やかな国。
その妄言は、王家も参列する壮麗な舞踏会の場で吐き出された。
「私、ヴァロア王国王子クロヴィス・ド・ヴァロワは、長年交わされていた侯爵令嬢エレオノール・ド・メルクールとの婚約を破棄すると、ここに宣言する」
発言の主は、当人の述べるようこの国の王子。未だ成人はしていないが、必要な教養は取得し終え、そろそろ公務にも関わろうかという年頃。一般には聡明と見做され、穏やかな為人で見目麗しく、国民の人気も高い。婚約は王命をもって結ばれ十年の間維持されたが、今此の瞬間、他ならぬ王子自らの宣言をもって、その努力は水泡に帰される。
「エレオノール、貴様は侯爵令嬢であり私の婚約者である立場を利用し、下位の者どもを虐げ、特にこの男爵令嬢ジュリエット・バローには人とも思えぬ所業でその心身を傷つけたこと明白である。その様な者に王家の者の婚約者など務まろうはずもない。即刻その立場を剥奪し、罪に対する罰として国外追放を命ずる。王都の侯爵邸へも、領地へも寄ることは許さぬ。即刻、この国を出るがいい」
自国の王子による突然の蛮行に、参列していた貴族諸侯は、当初愕然としつつも、周囲にある者と密めいて語り合い、会場内は押して引く細波が満ちるようさざめき出す。王子は我が意を得たりとほくそ笑み、王子の周囲に侍る側近たる少年達が、貴族達の中に厳しい視線を投げ、一人の令嬢を睨み付ける。
靴音高く歩を進めるその令嬢は、誰よりも優美で気高く、不敵な笑みを浮かべていた。
*
(本編へ)
「婚約解消の申し出、確と承りましたわ。国外追放というのも、王領内からの撤収と言うことであれば直ちに。ただし、我が領への帰還については、王家如きにとやかく言われる筋合いはございませんわ。どうぞご承知おきを」
エレオノールは取り乱す素振りもなく、冷静に、冷徹に。けれどのその言葉を遮るのは、
「貴様、王家如きだと。聞き捨てならぬ。侯爵家など王家の臣下であろう。臣下であるならば臣下らしく、王家を敬い傅け。できぬというなら、相応の処分を下さねばならぬ」
感情的に喚き散らかすクロヴィス王子。怒りの心情を隠そうともせず。周囲に侍る少年達――側近と自称するが、第四王子に側近も何もあるものではなく、ただの取り巻きでしかない彼らもまた、王子の言うに乗って、不敬だ何だと言い募る。
さしものエレオノールも淑女仕草を維持できず、こめかみを押さえては溜息を吐く。
「我が侯爵家は、体裁上臣下の礼をとっておりますが、ヴァロワ家の軍門に降ったことなどありませんわ。我がメルクール家を含む五公侯家がヴァロワ家を王家として任じているに過ぎないことは、諸侯はいわずものがな、庶民ですら多くが承知していること。王国の初代王家がどの家であったか、それ以降、幾つの家が王家と呼ばれたのか。殿下、貴方方は知らぬというのですか。貴方方は今までいったい何を学んできたのです」
「嘘を吐くな。そんな歴史などない。この国は、我がヴァロワ王家が建国したのだ」
王子の、あまりに堂々と述べるのに、周囲を取り巻く貴族達の間に動揺のどよめきが波を打つが如く。「何を言っているのか」「殿下は気でも触れたのか」「王家が五公侯家を蔑ろにする……いや、敵対すると言うのか」騒然とする中でちらほらと、気配を消して退出する者もある。敏なる者であれば当然のことか。
そんな状況に、さすがの王子達も、自分たちの信じていたものの確信が揺らぐ。自分たちは間違えたのか、いや、そんな筈はない。王家で教わったことが、間違っているはずがない。嘘や欺瞞である筈がない。それなのに……。この者達は何を動じている。何に焦りを感じ、何故に不審の目を向け、中には怒りに睨める者までいるのは、なぜだ。
エレオノールがすっと右手を掲げる。それだけで、場に落ち着きが戻る。貴族達は、エレオノールの一挙一動を見守る。対し、唖然と状況を見る王子達。場を制するのがどちらか、火を見るよりも明らか。
「皆様、お静まりを。王子殿下の世迷い言は一度置くとして、今ひとつ伺い事がございます。そこのご令嬢、男爵家のご令嬢であるとか。いかに四男のぼんくら味噌っ滓といえど、男爵家との婚姻を許しますの? しかも、自領の代官貴族の? まあ、それもお似合いかも知れませんが、いよいよ『王家』としての矜持をお捨てですのね」
エレオノールがにこりと微笑む。美しくはあるが、過分に毒を含む。
それに対して、王子もまたニタリと笑い、
「嫉妬するのか、醜いな」などと。
その瞬間に、周囲から遠慮のない失笑が漏れる。「どこをどう認識すれば、そのような見解に至れるのか」と首を傾げる。
「どのように捉えていただいても結構ですが、王家如きのぼんくら四男に嫉妬するほど、私、安い存在ではないのですよ」とエレオノール。
メルクール侯爵家の正当な血筋であり、若くして実力をもってして領軍元帥にして最高司法官の任に就くエレオノールが、王国の中でも零細貴族でしかなかったヴァロア家の、しかも味噌っ滓の四男坊に懸想するはずもなく。
「貴様、またもこの私を侮辱するか」
歯ぎしりするほどに憤る王子だが、気に止める者は誰もない。だが、
「貴様が大きな顔をしていられるのもこれまでのこと。皆の者、注目せよ」
得意げな表情で傍らに立つ令嬢を抱き寄せ、王子は高らかに告げる。
「私の側に控えるこの令嬢、ジュリエット・バロー男爵令嬢こそが、巷間で噂される『無垢なる民草の聖女』なのだ」
しんと静まる場の空気。何か逆転の大いなる契機があるのかと思えば、「だから、どうしたというのだ」と。続きを気にする者、呆れ顔で失笑する者、王子の期待するのとは違う注目が集まる。
「それは、彼女が『聖女』であると、王家が認めるということですか」
エレオノールの問い掛けに、周囲がはっと息を詰める。『聖女』とは『魔術師』。『魔術師』のうち、教会に属し、人々のために癒やしと恵みを授ける者をいう。その全ては、全ての『魔術師』は『魔術塔』の認可を受ける。『魔術』を扱える資質のある者は全て、その可能性を発現したその瞬間『魔術塔』に集められ教育を施される。例外はない、一切ない。つまり、野良の『聖女』などは存在し得ない。仮に、もし万が一、奇跡的に『魔術塔』の発見を逃れた者がいたとして、『魔術塔』に断りなく、王家がその存在を認めたとしたならば……。
誰かが言った。
「戦争になる。王家と、『魔術塔』との……」
そして、
「五公侯家は王家に付かない。王家は見捨てられる」
王家は『魔術塔』に適わない。多くの『魔術師』を抱える『魔術塔』とまともに戦うなど、五公侯家を総動員するでもなければ不可能だと、ここにいる者は、王子達を除いて皆知っている。
「な、何が不味いというのだ。どういう理屈で戦争になるなどと。私はただ、貧しき者たちを救い、多くの者から『聖女』と讃えられるこのジュリエットを、王家として援助したいと……」
「それが大きな過ちだというのですわ、クロヴィス・ド・ヴァロア」
エレオノールの言葉から、王子に対する敬称すら消える。そも、
「貴方方を王家と認めるわけには参りません。五公侯家を代表して今直ちに、ヴァロア家の王家としての地位を剥奪、元の伯爵位に戻し、しかる後、此度のことの責任を明白にします」
「貴様にそのような権限があるというか」
「あります。緊急事態ですから。貴方の妄言は、すでに『魔術塔』に知られているもの見た方がいいでしょう。彼らの目や耳は、この世のあらゆる所を余さず見聞きしていると聞きます。たかが一王子とはいえ、王家の者の言葉を聞き漏らすとは思えません。であるならば、王国としては、即刻元王家を切り捨て、関わりないとの姿勢を示さねばなりません。貴方方の私情に、我々諸侯、ひいて多くの国民を巻き込むわけにはいきませんから」
「ひどい、そんなの……」とか細い声が聞こえるが、誰も相手にすることもない。狼狽えきった王子でさえ。王子は、すでに常軌を逸したのか、ただのやけっぱちなのか、
「う、煩い。不敬だ、不快だ。衛兵よ、この者を捉えろ。王家の者として命ずる、この者を速やかに処断しろ。そして諸侯よ、この場で見たこと聞いたことを漏らすことは許さぬ。この者を亡き者とし、貴様等が口を噤めば、何も起こらぬ。この娘はただの男爵令嬢。エレオノールに虐められていたところを、王家の者である私が救い出した。ただそれだけのこと」
喚くよう言い募る王子。だが、
「どうした、誰もいないのか。衛兵! 早くしないか!」
「私、聖女なのに……」という声は、またも無視される。
「本当に、何を言い出すかと思えば……」
嘆くように息を漏らすエレオノール。
「まず、貴方に、というよりも王家に私を処断する権限などありませんわ。むしろ私が、貴方方をいかように遇するか決める立場。そもそも、この王宮の警護を任されるのがどの領の軍かお忘れですか。王家は、王家であることへの褒賞として軍を持たずとも、各領から軍を供される特権を与えられますわ。王家が自ら持つのは、王宮の中でも王家の者自身と、私的な領域を警護する『近衛』のみ。他は全て、他領の軍から派遣された者のみ。その意味をお解りになって?」
「そんな。我々に、味方はいない……」
「ようやく、ご理解頂けましたか。ちなみに、他の王族の方々は、すでに我が領軍によって拘束、軟禁されていますわ。先にも言いましたとおり、王領にまともな兵力などありません。抵抗など端から不可能なのです。五公侯家を分断させようにも、ヴァロア家にそれだけの旨味を提案できる要素がありませんし」
「それではまるで、我が家は担がれた神輿のようではないか」
嘆く王子に、
「まるでではなく、そのもの神輿ですわ。先ほどから、ずっと申しているではありませんか」
当たり前のこととして言うエレオノール。周囲の誰一人として否定することはない。当たり前のことなのだ、貴族として、疑う余地のない事実。
がくりと膝を突く。悲壮な表情は今さらか。誰からも庇われず、誰からも同情されず、ぼたぼたと涙を落とし、慟哭に噎ぶ。
「ところで」
そんなクロヴィスの沈痛な振る舞いに目もくれずエレオノーラは、かつて王子だった男の背後に目をやる。
「そこでニタニタと下種な笑みを浮かべている貴方。貴方の見解を聞かせていただきたいわ。『魔術塔』の……、確か『七席』でしたかしら」
今度こそ、誰もが目を剥き、その者へ視線を集中させる。
「おや、ばれてましたか。さすがは、真の『聖女』にして、我が姉弟子殿」
男の身体がぼやけ、半透明な靄がかかったかと思えば、眼のかゆみに瞬きしている間に男の姿は消え、靄の晴れたその場には、黒いローブを纏い、目深にフードを被り顔を隠した何者かが。その者の変貌に驚愕する者、そしてその者の言った「真の聖女」という言葉。
「どういうことだ、真の聖女などと」
「私、『聖剣』の使い手ですのよ。そのことは、割と広く知られていると思っていましたが」
エレオノールは、従者が捧げる一振りの剣を高く掲げる。
『聖剣』とは、王国の建国に関わる逸話に語られる、メルクール侯爵家重代の大剣のこと。神によって鍛えられ、神によって授けられたとされる。その剣を旗印に建てられたのが今の王国であるし、その剣の正統な後継者であり、その剣の権能を使いこなせる者は『聖者』、女性であれば『聖女』と呼ばれる。それは庶民のお伽噺にすら語られる逸話。知らぬ者など、この王国のどこにもいない。言葉を理解し始めた幼子が最初に読み聞かされる。
メルクール家が五公侯家の筆頭であり、エレオノールがその領軍の元帥兼最高司法官でいるのも、すべてそれが理由。緊急時に、五公侯家の話し合いを飛ばし、決定を下すことができるのも、当然のことと言える。
「『魔術塔』は、此度のことで王国に責を負わせることはない。此度のことはこちらの過失とも言えなくはないゆえ」
その者の言葉に盛大な息を吐くのは一人ではなかった。貴族としては当然だろう。そんな中でエレオノールだけは尊大に、
「ええ、そうでしょうね。『魔道具』でしたか。新しい試みは結構ですが、他国での実験は事前通告が欲しいところでしたわ」と。
つまりは、魔術塔が試作する新たな試みとしての『道具』を与えられた令嬢が実験に利用され、それを愚かな王子が、自らの不遇を覆そうと取り込んだ。此度の顛末は、その結果というわけだ。誰もが理解するその陰で、エレオノールはその者の側により、そして、他の誰にも理解できない言語を用いて、
「電力の代わりに魔力を使おうなんて考えましたわね。実用化されれば私にも回してくださらない?」と。こことは違う、別の世界戦の、遙か未来での記憶を元に。
「何だ、貴女もそうなのか。実は少し手伝ってほしいことがあって……」と会話に花が咲く。ここから公にはできない、禁断の、遙か未来の技術に寄せた便利道具が、密かに開発されていくだろう。がっちり手を組む二人は、少々悪い表情をしていた。
そこへ、無粋な声が紛れ込む。
「エレオノール、頼む、やり直そう」
興に乗る二人の会話に水を差すのは、既に忘れ去られた過去の遺物たる敗者。魔術塔から攻められぬと知れば、あとはエレオノーラさえ納得すれば、己が立場を失うことはないと思ったのか、王子がよろめきながらエレオノールの足下に跪き、縋るように、
「一度は愛し信じ合った仲だろう」と。
興を削がれたエレオノールは、虫でも見る目で刺し貫き、吐き捨てた。
「言いましたわよね。たかが王家の、味噌っ滓の四男などに懸想するはずもないと」
しかも今や王家でも、王子でもない。
「そんな、頼むから」
むせび泣くクロヴィスに、エレオノールは、
「嫌ですわ、私、貴方の婚約者ではなくなりましたもの」
そう無慈悲に告げるのだった。
とある王国の、有能ではあったが後世に凡愚と評される王が、その地位を追われた。次代の王が即位し、多くの貴族がそれを支持し仕えた。貴族の国家への関与が深まり制度が整えられ、商業が集中化し国家が栄えるに付け、「王権」が権威を増す。そんな時代の過渡期に起こった、些細な出来事。
【登場人物】
クロヴィス・ド・ヴァロワ
:優秀なる無能。王と王妃の寵愛を受けるが、婚約者に見放される。
エレオノール・ド・メルクール
:知性的で凛とした、古き良き名門の凄みを体現する侯爵家令嬢。
ジュリエット・バロー
:身の程知らずで欲望に忠実な男爵令嬢。
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