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屈託なく笑う彼を私は目の前で見たことがない

掲載日:2025/11/19

 私は侯爵令嬢だ。そして、婚約者がいる。

 フィスピア・シキャンドス。それが私の名前。突然だが、私は恋をしている。

 私より一つ地位の高い同い年の公爵令息、ルトシリィス・レンカ様に。

 彼と私は奇跡的にも婚約していて、仲が良いのかは分からない。

 ルトシリィス様には、彼より一つ年下の幼馴染が居ると聞く。


「……………」


 ルトシリィス様と私の家はお隣同士で、しかし幼馴染ではない。ルトシリィスの御家族は御自身の領地に居ることが多く、王都の家は隣でも領地は隣ではない。ルトシリィス様に会えるのも、国王陛下を中心とした王族たちが開く社交パーティーの時だけ。それ以外は、筆頭公爵家という身分を使って断っているみたいだ。


(でも、今は王都に来ているのよね)


 一週間後に王族主催のパーティーがあり、一足早くルトシリィス様一家は王都の家へと着いた。まず、王都へ着き家へ行けば、まずは私という婚約者が居る家へ挨拶に来る。これは必ずで、密かに私は王族主催のパーティーを楽しみに待っていたりする。

 そんな彼は今、お隣の家へ来ている。

 お隣だから、私の自室の窓からはレンカ公爵家の庭が見える。


「あの方は………ルトシリィス様の、幼馴染の」


 小説を読んでいた際、つい目に入ってしまって覗き見と言われてもおかしくないが、私は好奇心に負け、窓から庭を覗いてしまった。すると、門前に立っている彼女の姿が目に入ってしまい、私はそう呟く。

 彼女はソワソワとしている儚げな印象で、ルトシリィス様が手を振れば薄ら頬を染めて手を振りかえしていた。彼女も、彼に恋をしているのか。


(幼馴染と、婚約者………幼馴染の方が、強いわね)


 門前でルトシリィス様と話している様子の彼女は、伯爵令嬢だ。

 リアーノル・キカンガ伯爵令嬢は、儚く守ってあげたいと評判だ。そして、ルトシリィス様と並べばお似合いの二人と本当の婚約者の私を置き去りにしてそう褒め合う。


「明日は、二人だけのお茶会………仲を、縮められたら良いけれど」


 窓の外を見詰めながら私は不安に駆られた。


 〜〜*〜〜*〜〜


「ご機嫌よう。ルトシリィス様」

「はい。こんにちは、フィスピア嬢」


 昨日、リアーノル様に見せていた笑顔とは真反対の無表情に、私は胸が痛くなる。心からの笑みをこちらは向けているのに、ルトシリィス様は感情を押し殺したような、そんな無表情を浮かべていた。


「あと一週間後に、ルトシリィス様は領地に戻られるのですね」

「はい。………寂しい、です」

「ふふ。……、ご冗談、を」


 毎回、こんなやり取りをする。そして彼の嘘の返事に心を痛めの繰り返し。

 我がシキャンドス家の中庭で、ルトシリィス様は毎回お茶をされる。もちろん、婚約者の私と、義務的に。


「………リアーノル様とルトシリィス様は幼馴染ですのよね」

「え?」


 自分でも何故そんな話題を出したのかよく分からないが、ルトシリィス様のポカンとした貴重な表情にクスッと笑う。そんな私を見て、彼は一瞬、硬直したような気がした。


「偶然、リアーノル様とお話しする姿を昨日、見掛けたんです」

「…………そう、だったのですか」

「はい。とても………ルトシリィス様、良い笑顔でしたね」

「っ!」


 本当に、屈託なく笑っていた。リアーノル様の前では、あんな風に笑うのだと、疑問と嫉みも生まれた。ただの政略的な婚約なのに、それだけで嫉妬してしまう自分が嫌になり、私は膝の上の手を握り締める。


「貴方は、私の前では全然、笑わないのに」

「……………あ……っ」


 無理に微笑めば、彼は一瞬だけ口を開き、閉じる。何かを言い掛けたようだ。


「ルトシリィス様。貴方は私のことがお嫌い?」

「っ……………!」


 そう思ってしまうのも無理はないと思う。だって、昨日見た貴方の()()()()()()()を、私は目の前で見たことがない。


「それとも、幼馴染の彼女は特別?」


 顔を歪めて、黙るルトシリィス様。

 質問攻めを申し訳なく思うが、聞かずにはいられなかった。

 ごめんなさい。


「リアーノル様が異性として好きと。そう言ったら、婚約はすぐに……」

「っ! 違う………!」


『婚約はすぐに破棄する』と。そう言おうとした私の言葉を、ルトシリィス様は叫び遮った。気を抜けば泣いてしまいそうな、そんな声で、彼は言葉を遮った。


「ちがっ………。ちが」

「………申し訳ありません、ルトシリィス様。今日は、お開きにしましょう?」

「っ……………」


 ルトシリィス様は私の拒絶的な言葉に息を呑む。ズキズキと、私の心臓は慕っている婚約者を騙しているようで、罪悪感に蝕まれた。


「………わかっ、た。もう、お暇するよ。またね、フィスピア嬢」

「はい。…………また、社交パーティーでお会いしましょう?」


 〜〜*〜〜*〜〜


 私は恋をしている。幼馴染の、ルトシリィスに。

 リアーノル・キカンガ伯爵令嬢。それが私の名前だ。

 昨日、ルトシリィスが滞在している王都の家に行き、ルトシリィスと話した。

 話の内容は、こんな内容だった。


「婚約者とはどう?」


 彼の婚約者の話なんて、聞きたくないはずなのに、そう尋ねてしまった。彼は屈託ない、それでいて少し照れたような笑みを私に見せた。でも……その笑みは、私に向けてはいるけれど、違う人のものだということを私は知っている。


「実は、あまり上手くいってないんだ。でも………いつか。いつか、ね」

「そっか。……うん。上手く、いくと良いね。婚約者さんと」


 彼の婚約者は、この家のお隣にある屋敷に住む侯爵令嬢。彼女のことは一度だけ、見たことがある。意志の通った強い碧眼と、お手入れがきちんとされてあるサラサラな金髪。私は儚げな印象だと人気は人気だけれど、私は彼女のように、自分で立ち上がれると思わせるほどの強い瞳は持ち合わせていないから、少しだけ羨ましい。


(ルトシリィス。……私が、貴方の婚約者だったら)


 そう思っていた時、彼が彼女の家を見上げているのが分かった。つられて私も見上げてみると、窓越しに空を見ている彼女の姿があった。


(ねぇルトシリィス。貴方はそんなにも、彼女が好きなのね)


 〜〜*〜〜*〜〜


 僕には婚約者がいる。そして……その婚約者のことを、好きなのだ。

 ルトシリィス・レンカという名前が、僕の名前。

 だが先日、婚約者とは喧嘩? をしてしまった。


『貴方は、私の前では全然、笑わないのに』

『ルトシリィス様。貴方は私のことがお嫌い?』

『リアーノル様が異性として好きと。そう言ったら、婚約はすぐに……』


 リアーノルとは、僕の幼馴染の名前。彼女のことはとても大切だし、その婚約者とのお茶会がある前日に話したりもした。だが、その時に見られていたのだろうか。王都の家が隣だから、互いの庭ぐらいならば窓から見れる。だから、その時に見られていたのだろう。


(あぁもう。違うのに)


 婚約者フィスピアの質問に、俺は心中そう答えていた。

 言葉にしなければ、何も伝わらないのに。

 今日は王族主催のパーティーだ。だから今、僕が恋している婚約者をエスコートしている最中。


「先日は、申し訳ございませんでした。ルトシリィス様」

「えっ。………ううん。謝らないで」


 エスコート中に謝罪され、少々気まずい雰囲気が流れる。

 そしてあっという間に、社交ダンスの音楽が流れ出した。

 初めは絶対に婚約者と踊る決まりがある。だが、この時は僕も彼女も踊る気分ではなかった。だから、提案することにした。


「庭に、行きませんか?」

「え? ………あ……、はい」


 彼女の前では、表情筋が固まってしまうところがある。そのせいでフィスピア嬢に誤解されたのだから、直さなければならないのに。彼女は僕のエスコートに応えてくれた。

 庭に着き、気まずそうな彼女に向かって僕は口を開く。


「ごめんね、誤解だ。あれは」

「誤解………? そんなわけ、ないじゃないですか」

「本当に誤解だ。それに、会えなくなるから寂しいというのも嘘じゃない」


 無表情と言える今の僕の顔を、彼女の目にはどんな風に映っているだろうか。緊張している顔か、真剣な顔か、それとも少年らしい泣きそうな顔か。


 〜〜*〜〜*〜〜


「会えなくなるから寂しいというのも嘘じゃない」

「……………え?」


 トクトクと心地よく鳴る心臓を押さえ、私は思わず言葉を漏らす。

 彼の顔は薄ら微笑んでいて、真剣だが、少し泣きそうな顔をしていた。


「で、でも。幼馴染のリアーノル様が好きなんですよね」

「先日も言ってたけど、何を言うの? 僕が好きなのは———っ」


 一番気になるところで言葉を区切ったと思ったら、再び口を開いて彼は言った。


「僕が好きなのは———フィスピア嬢だ」


 首から上が桃色に染まっているルトシリィス様の言葉を聞き、私は何も考えられなくなった。

 でも、暫くして。私も想いを伝えた。

 ………言葉ではなく、行動で。


「………………」

「っ………」


 目を見開き熱のこもった瞳の彼。

 そんな彼を知っているのは、私以外誰も居ないだろう。


 〜〜*〜〜*〜〜


 唇を重ねる男女の影。それが、私の目に映った。

 誰と誰が、とまでは分からないけれど、大体の予想はついていた。


(良いなぁ………)


 何も行動を起こさなかった私に非があるんだろうけど。

 それでも、何故かフィスピア様に嫌悪は抱いていない。どうしてかな。貴女は儚い美少女だと私を口説く令息方には申し訳ないけれど、私は無視をして男女の影を見守る。


「そうね。もう諦めがついたし」


 あんなのを見てしまえば、彼に想いは伝えられなくても吹っ切れる。

 でも、数多の令息たちをスルーし通り過ぎて呟いた私の声に答える人がいた。


「何を、諦めたのですか?」


 心地よい心配する声音に吸い寄せられるように振り返る。

 確か、辺境伯家の御令息。ルトシリィスには及ばないが、結構人気がある。

 私はその令息様に、吹っ切れたように微笑んで言った。


「恋ですよ。でも、吹っ切れましたから」


 私は恋を()()()()。実らぬ恋だった。

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