第五話「失われたコックピット」
1
訓練開始から一週間。
竜騎士たちの技術は目に見えて向上していた。
「よし、その調子だ!」
俺は上空から彼らの訓練を監督する。
二機一組の相互支援。片方が攻撃する間、もう片方が援護——ウィングマン戦術の基本だ。
「敵機発見!高度差1000!」
「了解!僕が誘い込む、君が上から叩け!」
見事な連携。一週間前とは別物だ。
シェリルの声が響く。
「全機、訓練終了。着陸許可」
竜騎士たちが次々と降下していく。
俺も303で着陸——その時だった。
「立花!緊急事態!」
ドリックが駆け寄ってくる。
「どうした?」
「タイガが倒れた!原因不明だ!」
2
医療室。
タイガがベッドに横たわっている。顔色が悪い。
「どういうことだ?」
医者——老齢の男性——が首を振る。
「わからん。突然、高熱と痙攣が——まるで、体が拒絶反応を起こしているようだ」
「拒絶反応......?」
タイガが苦しそうに目を開ける。
「エコー......俺、ダメかも......」
「何を言ってる!」
「この世界に来て、もう3年なんだ......体が、限界みたい......」
3年——
「待て、お前は3年前に転移したのか?」
「ああ......最初は魔族の捕虜として......でも耐えきれなくて......」
タイガが咳き込む。
医者が薬を飲ませる。
「もう休ませてやってくれ」
俺は部屋を出た。
廊下でシェリルとエリスが待っていた。
「彼、助かるの?」
「......わからない」
エリスが資料を見せる。
「過去の記録を調べたわ。異世界からの転移者は、長期間この世界にいると、体調を崩すケースがあるらしい」
「なぜだ?」
「仮説だけど——世界の『波長』が合わないのかもしれない。肉体と魂が、この世界に適応しきれない」
「じゃあ、俺も......?」
「あなたはまだ一ヶ月よ。すぐに問題が出るとは思えないけど——」
「元の世界に戻るしか、根本的な治療法はない、ということか」
二人は沈黙した。
その時、ドリックが走ってくる。
「おい!宝物庫で変なものが見つかった!」
「変なもの?」
「コックピットだ!ほぼ完全な形で残ってる!」
3
宝物庫の最奥部。
そこには、確かにコックピットがあった。
F-4ファントムII——古い機種だが、間違いない。
計器盤、スティック、スロットル——すべて残っている。
「これ、どうやって動かすんだ?」
ドリックが興味津々で覗き込む。
「これは操縦席だ。戦闘機を操るための——」
俺は座席に座ってみる。
埃を払い、計器を確認——
HUDのガラスに、文字が刻まれていた。
「TACネーム......『ゴースト』」
「ゴースト?」
「パイロットの呼び名だ。この機体に乗っていた人物——」
計器盤の隅に、小さなプレートが貼られている。
「第301飛行隊......これ、航空自衛隊の部隊じゃないか!」
「日本人だったの?」
「ああ。しかも、何十年も前——」
シートの下に、何かが挟まっている。
引っ張り出すと——手記だった。
古びたノート。日本語で書かれている。
「これは......」
震える手で開く。
---
ゴーストの手記
転移5年目
この世界に来て、5年が経つ。
最初は混乱した。F-4が竜に変わり、見知らぬ世界——
だが、今では慣れた。
王国の人々は親切だ。特に、シルヴィアという管制官の女性は——
いや、今はそれどころではない。
ナチスの残党が、この世界で勢力を拡大している。
彼らは「新第三帝国」を名乗り、次々と領土を侵略している。
俺は王国軍と協力し、彼らと戦っている。
だが、戦力差が大きい。
俺一人では、限界がある。
転移10年目
シルヴィアと結婚した。
この世界で、家族ができた。
だが、体調が優れない。
医者は「異世界適応不全」と言っている。
このままでは、長くない——
転移12年目
もう、飛べない。
体が動かない。
だが、やり残したことがある。
コックピットを残す。
TACネームを刻む。
無線機を保管する。
レーダーの設計図を書き写す。
いつか、誰かが来る。
俺のように、別の世界から——
その時のために、道具を残す。
そして——
最終ページ
シルヴィアへ
愛している。
息子を頼む。
王国を守ってくれ。
空を、愛してくれ。
——ゴースト
---
手記が終わっていた。
俺は、涙を堪えきれなかった。
「......先人がいたんだな」
シェリルが手記を読み、驚愕する。
「シルヴィア......祖母の名前だわ」
「え?」
「私の祖母。若い頃、異国の竜騎士と結婚したって聞いてた——まさか、この人だったなんて」
「じゃあ、お前は——」
「ゴーストの孫娘よ」
シェリルは涙を流していた。
「祖母から聞いたわ。『空からやってきた騎士様』って。でも、詳しいことは教えてくれなかった——」
エリスが手記を丁寧に閉じる。
「彼の遺志を継ぎましょう。彼が守ろうとした王国を、私たちが守る」
「ああ」
俺はコックピットを見る。
「このコックピットを、303に取り付けられないか?」
「取り付ける?」
「ああ。今は背中に跨ってるだけだが、これがあれば——安定した操縦ができる」
ドリックが唸る。
「難しいが......やってみる価値はある」
「頼む」
その時、警報が鳴った。
「魔族襲来!数は20!西方空域!」
また来た——
「全機発進!」
俺たちは急いで竜舎へ向かった。
4
西方空域、高度4000メートル。
魔族の編隊が迫ってくる。
今度はMe262が中心——10機。
残りはFw190とBf109——
「全機、戦闘隊形展開!二機一組で戦え!」
俺の指示に、竜騎士たちが素早く対応する。
一週間の訓練の成果だ。
「敵機、接触まで30秒!」
シェリルの管制。
「高度を取れ!上からの一撃で畳み掛ける!」
竜騎士たちが上昇。
敵編隊の上方を確保——
「全機、攻撃開始!」
一斉に急降下。
魔族の編隊に襲いかかる。
「なんだ!?上から!?」
魔族たちが混乱する。
竜騎士たちの攻撃が次々と命中——3機が墜落する。
「やった!」
だが、俺は油断しない。
「離脱!再上昇!追撃されるな!」
竜騎士たちが素早く離脱——
案の定、魔族が反撃してくる。
だが、既に竜騎士たちは安全な高度に——
「もう一度!」
二度目の攻撃——さらに2機撃墜。
「くそ!こんな戦術——」
魔族たちが撤退を始める。
「追うな!撤退させろ!」
俺の指示に従い、竜騎士たちは追撃しない。
魔族の編隊が北へ消えていく。
「戦闘終了!損害は!?」
「こちら全機無事!」
「敵機撃墜5機、撃破3機!」
完勝だ。
竜騎士たちが歓声を上げる。
「やったぞ!」
「勝った!」
「エコー教官のおかげだ!」
俺は安堵の息をつく。
だが——
「これで終わりじゃない。本当の戦いは、これからだ」
シェリルの声が静かに響く。
「魔族は、必ず報復に来る」
「ああ、わかってる」
俺は王都を見下ろす。
「だから、準備を急ぐ。レーダーを復活させ、コックピットを取り付け——」
「そして?」
「決戦だ」
---
次回「蒼穹のレーダー」




