第四話「鉄の翼と鋼鉄の意志」
1
作戦名——「サンダーボルト」。
夜明け前に出撃し、古城を奇襲。ヴァイパー03を救出して即座に撤退。
シンプルだが、リスクは高い。
「本当に行くの?」
シェリルが不安そうに尋ねる。
「ああ。同胞を見捨てられない」
「でも、敵は30機以上——」
「だから、正面から戦わない。奇襲と撤退に徹する」
エリスが地図を指差す。
「古城には三つの塔がある。捕虜は中央の塔、最上階に拘束されているはず」
「根拠は?」
「魔族の習慣よ。重要な捕虜は、必ず最も高い場所に——逃走を防ぐためね」
「なるほど」
ドリックが工具袋を持ってくる。
「303の整備は完璧だ。それと——これを持っていけ」
差し出されたのは、信号弾。
「発射すれば、俺たちが位置を把握できる。ヤバくなったら撃て」
「ありがとう」
俺は303に跨った。
「シェリル、管制を頼む」
「......無事に帰ってきてね」
彼女の目が潤んでいる。
「約束する」
303が翼を広げる。
夜明け前の暗い空へ、俺たちは飛び立った。
2
飛行時間、約2時間。
夜が明けてきた。
眼下に、古城が見える。
石造りの三つの塔。周囲には魔族の野営地——いや、これは飛行場だ。
滑走路こそないが、整然と並ぶテントと、そして——
「あれは......」
機体だ。
ドラゴンの姿をした、戦闘機。
黒と緑の迷彩塗装。ナチスドイツのマーキング。
Me262、Fw190、そしてBf109——
すべて、第二次大戦のドイツ機だ。
「303、低空で接近する。発見されるな」
竜は理解し、高度を下げる。
地形を利用し、森の中を縫うように飛行。
古城の背後に回り込む。
中央の塔、最上階の窓——
「あそこだ」
窓に人影が見える。
鉄格子越しに、誰かが外を見ている。
「303、あの窓に——」
その時、警報が鳴り響いた。
「侵入者!東側空域!」
バレた!
いや、違う——俺たちではない。別の方向から——
「全機発進!迎撃態勢!」
魔族たちが一斉に竜化した機体に乗り込む。
エンジン音——いや、竜の咆哮が響く。
次々と離陸していく。
「チャンスだ!」
俺は303を窓に近づけた。
窓の中の人物——若い男性。フライトスーツを着ている。
「ヴァイパー03!」
「お、お前——エコー!?来たのか、マジで!?」
「つべこべ言うな、乗れ!」
303が窓に爪をかける。鉄格子を引き千切る。
男性——タイガ——が窓から飛び出し、303の背に掴まる。
「サンキュー!恩に着る!」
「礼は後だ!逃げるぞ!」
303が反転——
その瞬間、眼前に黒い影が現れた。
Me262。
ジェット戦闘機特有の流線型。だが、竜の姿に変わっている。
「逃がすと思うか!」
パイロットの声。ドイツ語訛りの日本語。
機首——いや、口から火球が発射される。
「くそっ!」
303が急旋回で回避。だが、追撃が来る。
「303、全速離脱!」
加速——だが、相手も速い。
Me262の最高速度は870km/h。竜化してさらに向上しているだろう。
303の速度は——わからない。だが、F-15なら最高速度2400km/hオーバー。
「頼む、その速度を思い出せ!」
俺の祈りが通じたのか、303が突然加速した。
音速を超える——衝撃波が発生。
「な、何!?」
追撃していたMe262が置いていかれる。
「速すぎる......!あんな竜、見たことない!」
敵の声が遠ざかる。
だが、安心はできない。
「タイガ、状況を教えろ!魔族の戦力は!」
「戦闘機30機!パイロットは全員、第二次大戦の枢軸国軍人!ドイツ、イタリア、日本——」
「日本!?」
「ああ!旧日本軍のパイロットも数名いる!零戦や隼に乗ってた連中だ!」
くそ、日本人同士で戦うのか——
「指揮官のローゼンベルクは?」
「エースパイロットだ。撃墜数200機以上!化け物だぞ、あいつ!」
200機——第二次大戦でも屈指のエースだ。
「どこにいる!」
「さっき出撃した!お前を追ってる!」
後ろを見る。
赤い機体が追ってくる。
Fw190——だが、機体全体が真紅に塗装されている。
「レッドバロン......」
第一次大戦のエース、リヒトホーフェンを思わせる塗装。
「逃げろ!あいつには勝てない!」
「逃げるさ!」
303が全力で飛行——
だが、赤い機体が確実に距離を詰めてくる。
「速い......!」
魔法強化されているのか、ありえない速度だ。
「仕方ない——303、反転!」
「え、マジ!?」
タイガが叫ぶが、俺には策がある。
303が急反転。敵機と正面から向き合う形になる。
相対速度、3000km/h超——
すれ違うのは一瞬だ。
その一瞬に、俺は敵パイロットの顔を見た。
老人。70代か80代。だが、目は鋭い。
戦士の目だ。
すれ違いざま、敵機が火球を放つ——
303が急降下で回避。
そのまま地形すれすれを飛行し、谷間に突入。
「うおおお!ぶつかる!」
タイガが悲鳴を上げるが、303は完璧に谷間を抜ける。
追ってきた赤い機体——だが、巨大な岩壁に阻まれ、迂回を余儀なくされる。
「今だ!全速離脱!」
303が再加速。
赤い機体の視界から消える。
3
王都に帰還したのは、正午だった。
竜舎に降り立つと、シェリルたちが駆け寄ってくる。
「無事だったのね!」
「ああ、なんとか——」
タイガが303から降りる。フラフラしている。
「お、俺、もう二度と乗らない......吐きそう......」
「弱音を吐くな」
「お前が無茶するからだろ!谷間飛行とか、正気か!?」
「あれで助かったんだ、文句を言うな」
ドリックがタイガに水を渡す。
「よく生きて帰ったな、新入り二人とも」
「ドリックの整備のおかげだ」
「当然だ。俺の整備した竜は落ちねえ」
エリスが作戦室に案内する。
「詳しい話を聞かせて」
俺とタイガは、魔族の実態をすべて報告した。
30機の転移戦闘機。
枢軸国の元軍人たち。
指揮官ローゼンベルク。
そして——
「彼らの目的は何だ?」
エリスの質問に、タイガが答える。
「世界征服——っていうと陳腐だけど、マジでそれ。ローゼンベルクは『異世界で第三帝国を再建する』とか言ってた」
「狂ってる......」
シェリルが呟く。
「だが、厄介だな」
俺は地図を見る。
「戦力差が大きすぎる。王国の竜騎士は50騎程度。対して魔族は30機の戦闘機——しかも、魔法で強化されている」
「勝ち目は......」
「ある」
俺は断言した。
「奴らには弱点がある」
「弱点?」
「古い機体だということだ。Me262もFw190も、第二次大戦の機体。性能は魔法で強化されているが、設計思想は70年以上前のものだ」
「それが弱点?」
「ああ。俺の303——元はF-15J。第四世代ジェット戦闘機だ。設計思想が根本的に違う」
タイガが頷く。
「確かに、あの速度と機動性は異常だった。Me262が全く追いつけなかった」
「だが、1機で30機は無理だ」
エリスが現実的な指摘。
「だから——」
俺はヘルメットを手に取る。
「この世界に眠る、古代の技術を復活させる。コックピット、TACネーム、無線機、そしてレーダー」
「それで、どう戦う?」
「近代航空戦を教える。王国の竜騎士たちに」
シェリルが目を輝かせる。
「あなたが教官をやるの?」
「ああ。俺は飛行教導隊——アグレスの教官だ。空戦戦術を教えるのが仕事だった」
「でも、竜騎士たちが従うかしら......」
「従わせる。結果を出して」
俺は立ち上がる。
「明日から、特訓だ」
4
翌日。
訓練空域に、竜騎士20騎が集められた。
彼らは不満そうな顔をしている。
「なんだ、この訓練は」
「新入りの癖に、教官気取りか」
「第一、竜の扱いも知らない奴に何が教えられる」
ざわめきの中、俺は前に立った。
「いいか、お前たち。今から俺が教える戦術で、模擬戦をする」
「模擬戦?」
「ああ。お前たち10騎 vs 俺1騎だ」
「なに!?」
「10対1で負けるわけないだろ!」
「いいだろう、やってやる!」
竜騎士たちは闘志を燃やす。
シェリルが管制室から通信を送ってくる。
「立花、本気?」
「ああ。実力を見せないと、誰も従わない」
「......わかったわ。管制するから、無茶はしないでね」
「了解」
俺は303に跨る。
「行くぞ、相棒」
竜が力強く鳴く。
空域に展開。
10騎の竜騎士が包囲陣形を取る。
「いくぞ!」
一斉に突撃してくる——
「303、プラン・アルファ」
竜が急上昇。
10騎の攻撃を全て空振りさせる。
「上だ!」
竜騎士たちが追撃——だが、遅い。
303が反転し、急降下。
一騎の背後を取る——タッチ。
「一機、撃墜」
シェリルがカウント。
「くそ!」
他の竜騎士が反撃——だが、303は既に次の標的に移動している。
高速機動、一撃離脱——
BFM(Basic Fighter Maneuvers)の基本だ。
次々とタッチを重ねる。
「二機、三機、四機——」
わずか3分で、10騎全てを「撃墜」した。
竜騎士たちは呆然としている。
「これが、近代空戦だ」
俺は彼らの前に降り立つ。
「速度と高度を利用し、敵の死角から攻撃する。正面から戦わない。常に優位な位置を取る」
「そんな......卑怯だ......」
「卑怯?戦争に卑怯もクソもない。生き残った方が勝ちだ」
俺は一人一人を見据える。
「お前たちは、勇敢だ。だが、勇敢なだけでは死ぬ。魔族は組織的で、冷酷だ。お前たちのような騎士道精神は、奴らには通用しない」
「......」
「だから、俺が教える。生き残る戦術を。勝つための戦術を」
沈黙。
やがて、一人の竜騎士が跪いた。
「......教えてください」
他の竜騎士たちも、次々と跪く。
「お願いします。強くなりたい」
「仲間を守りたい」
「魔族を倒したい」
俺は頷いた。
「いいだろう。ただし、俺の訓練は厳しいぞ」
「覚悟の上です!」
「よし——じゃあ、もう一回やるぞ。今度は5対1だ」
「ええ!?」
「文句を言うな。実戦はもっと厳しい」
こうして、王国空軍の特訓が始まった。
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次回「失われたコックピット」




