第三話「初陣と古代の声」
1
翌朝、俺は竜舎で303と向き合っていた。
「おはよう、相棒」
竜は嬉しそうに鳴いた。昨夜はよく休めたようだ。
ドリックがやってきて、303の体を丹念にチェックし始める。
「鱗の状態良好。翼の可動域も問題なし。エンジン——いや、心臓部?——の鼓動も安定してるな」
「エンジンって言葉、知ってるのか?」
「ああ、古い文献に書いてあった。『動力機関』とかいう意味らしい」
やはり、この世界には過去に誰かが——
その時、警報が鳴り響いた。
「緊急警報!北方第三空域に魔族の編隊!数は12!王都に向かっている!」
シェリルの声が響く。彼女は管制室——ギルド二階の見晴らしの良い部屋——から指示を出している。
「全竜騎士、緊急発進!迎撃態勢に入れ!」
竜舎の扉が開く。次々と竜騎士たちが竜に跨り、空へ飛び立っていく。
「立花!お前も行け!」
ドリックが叫ぶ。
「でも、俺はまだ——」
「訓練は実戦でやれ!行くぞ、303!」
竜は既に飛行態勢に入っている。だが——
「どうやって乗る?鞍も何もないぞ!」
「背中に掴まれ!竜の鱗は滑りにくくなってる!」
仕方ない。俺は303の背中によじ登った。
首の付け根あたり——ちょうど、F-15のコックピット位置に相当する場所だ。
鱗が、俺の体に合わせて僅かに変形した。まるで、シートのように——
「これは......」
「考えてる暇はない!発進だ!」
303は地面を蹴り、一気に上昇した。
2
高度3000メートル。
眼下に王都が広がる。そして前方——黒い点が近づいてくる。
魔族だ。
「全機、戦闘隊形展開!二機一組、相互支援で戦え!」
無線——ではない。シェリルの声が、直接頭の中に響く。
魔法による通信か。便利だが、混線しやすそうだ。
「立花、あなたは後方待機!まずは見ていなさい!」
シェリルの指示。まあ、妥当だ。初陣でいきなり前線は——
「敵、視認!距離2000、高度3500!」
前衛の竜騎士が叫ぶ。
俺も敵を確認する。
黒い翼を持つ、人型の生物。体長2メートルほど。手には槍と盾。
12体が、見事な編隊を組んで飛行している。
「編隊......?」
ただの飛行集団ではない。これは明確な戦術編隊だ。
先頭に3機、その後方左右に4機ずつ——典型的なV字編隊。
「全機、突撃!」
竜騎士隊長の号令。10騎の竜騎士が一斉に突進する。
だが——
「待て、それは——」
俺の警告は間に合わなかった。
魔族の編隊が瞬時に分離。左右に展開し、挟撃態勢に入る。
「な、囲まれた!?」
竜騎士たちは混乱する。前方にいたはずの敵が、いつの間にか両翼に——
「各機、散開!一点集中されるぞ!」
隊長が叫ぶが、遅い。
魔族が一斉に魔法を放つ。火球、氷槍、雷撃——
「うわあああ!」
一騎が被弾し、墜落していく。竜は必死に飛行を維持しているが、騎士は意識を失っている。
くそ、このままでは——
「303、行くぞ!」
俺の意思を感じ取ったのか、303は急加速した。
墜落する竜騎士に接近。303が空中で器用に体勢を変え、爪で騎士を掴む。
そのまま降下し、地上近くで騎士を安全な場所に降ろす。
「立花!何をしてる!戦闘中だぞ!」
シェリルの叱責。
「救助だ!放っておけるか!」
再び上昇。戦場に戻る。
だが、状況は悪化していた。
竜騎士たちは魔族の機動力についていけず、一方的に攻撃を受けている。
「隊長、散開しすぎだ!集結して防御陣形を——」
「黙れ新参!お前に何がわかる!」
隊長の怒号。だが、その隙に魔族が隊長に肉薄——
「危ない!」
俺は303を急降下させ、隊長の前に割り込んだ。
魔族の槍が303の鱗に当たる——が、弾かれた。
「なんだ、この硬さ......!」
魔族が驚愕の声を上げる。
その声——
日本語だ。
「お前、日本人か!?」
俺は叫んだ。
魔族が動きを止める。その顔——仮面で覆われているが、目だけが見える。
人間の目だ。
「......お前も、か」
魔族は呟き、撤退の号令を出した。
「全機、撤退!目的は達成した!」
魔族の編隊が一斉に反転し、北へ向かう。
「追うな!」
俺は竜騎士たちを制止した。
「なぜだ!今なら追いつける!」
「罠だ。奴らは最初から長期戦を望んでいない。偵察が目的だった」
実際、魔族は一切の追撃を受けずに撤退していった。
3
戦闘終了。
竜舎に戻ると、シェリル、エリス、ドリックが待っていた。
「お疲れ様。怪我は?」
「ない。303が守ってくれた」
「あなたの判断は正しかったわ」
エリスが言う。
「魔族の編隊運動、見事だった。まるで訓練された——」
「空軍だ」
俺は断言した。
「あれは軍隊の戦術だ。それも、かなり洗練された」
「やはり......」
エリスは地図を広げた。
「魔族の本拠地は北方5000キロ。『暗黒大陸』と呼ばれる、誰も帰ってこない土地よ」
「5000キロ......」
F-15の戦闘行動半径は約2000キロ。往復で考えると——
「片道作戦、か」
「何ですって?」
「帰還を前提としない攻撃だ。だが、魔族は何度も襲撃してくる——ということは、帰還できているか、前進基地がある」
「前進基地......」
シェリルが何かに気づいた表情をする。
「そういえば、最近、北方の無人地帯で不審な光が目撃されているの」
「光?」
「ええ。夜間に、規則的に点滅する光」
俺の背筋に電流が走る。
「それ、どこだ!?」
「北方800キロ、廃墟の古城付近——」
「案内しろ!今すぐ!」
「え、でも——」
「その光は、多分——」
俺は無線機を掴んだ。
「モールス信号だ。誰かが、助けを求めている」
4
その夜、俺は王宮地下の宝物庫にいた。
シェリルの許可を得て、古代の遺物を調べている。
無線機を手に取る。電源は——入らない。当然だ、バッテリーが死んでいる。
だが、構造は理解できる。これは確かに航空無線機だ。
「動かせないの?」
シェリルが覗き込む。
「電源がない。この世界に電気はあるのか?」
「電気......雷のこと?」
「そうだ。それを制御して、機械を動かす技術——」
「魔法ならできるわ」
エリスが言った。
「雷属性の魔法で、機械に力を送ることは可能よ」
「本当か!?」
「ええ。ただし、繊細な制御が必要——壊さないように慎重にやるわ」
エリスは手をかざし、魔法を発動する。
青白い光が無線機を包む。
針が動く。メーターが反応する——
ノイズが流れ出した。
「成功......!」
だが、まだ受信できない。アンテナが必要だ。
「シェリル、この宝物庫、金属の棒はないか?長さ1メートルくらいの——」
「これは?」
彼女が差し出したのは、古びた金属棒。
「完璧だ!」
無線機に接続する。即席のアンテナだが、受信くらいはできるはず——
「——こちら、ヴァイパー03。誰か、聞こえるか——」
声が入った。
日本語だ。
男性の声。若い。20代か。
「——繰り返す。こちらヴァイパー03。救難信号送信中——」
「応答しろ!」
俺は送信ボタンを押す。
「こちらエコー!ヴァイパー03、聞こえるか!」
数秒の沈黙。
そして——
「——エコー!?まさか、日本人か!?自衛隊か!?」
「そうだ!航空自衛隊、第6航空団所属!お前は!?」
「——第5航空団、ヴァイパー03!TACネームはタイガ!俺も転移組だ!」
転移組——やはり、他にもいる。
「状況を教えろ!お前はどこにいる!?」
「——北方の古城!魔族に捕まってる!いや、正確には——俺も魔族の一員にされた!」
「何だと!?」
「——この世界の魔族は、異世界からの転移者で構成されてる!全員、元は軍人だ!」
衝撃の事実。
「指揮官は誰だ!」
「——名前は、ローゼンベルク。第二次大戦時、ナチスドイツの戦闘機パイロットだった男だ!」
ナチス——やはり。
「お前は、なぜそこに——」
「——俺は拒否した。日本人として、ナチスの残党に従えるか!だから捕まってる!処刑は明日だ!」
くそ——
「持ちこたえろ!必ず助けに行く!」
「——無理だ!ここには30機以上の転移戦闘機がある!全部、Me262とかFw190とかの大戦機だが——魔法で強化されて、化け物みたいな性能だ!」
Me262——ジェット戦闘機の元祖。
Fw190——レシプロ戦闘機の傑作。
「そんな数——」
「——諦めろ。お前は生き延びて、王国を守れ。俺の分まで——」
通信が途切れた。
妨害されたか、時間制限か——
「立花......」
シェリルが心配そうに見る。
俺は拳を握りしめた。
「助ける。必ず」
「でも、どうやって——」
「作戦を立てる。エリス、地図を見せろ」
「......わかったわ」
深夜まで、俺たちは作戦を練った。
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次回「鉄の翼と鋼鉄の意志」




