第二話「王都と竜騎士ギルド」
1
城門の前に立つ。
石造りの重厚な門。城壁の上には見張りの兵士が立っている。装備は——剣と槍、それに弓。明らかに中世レベルの武装だ。
俺のフライトスーツは泥と血で汚れているが、遠目には変わった服装の旅人に見えるだろう。
「止まれ!」
門番の兵士が槍を構えた。二人とも若い。20代前半といったところか。
「何者だ?見慣れぬ装束だが——」
「遭難した旅人だ。助けを求めたい」
できるだけ落ち着いて答える。言葉が通じることに、まず安堵した。異世界でも日本語が通じる——いや、自動翻訳のような魔法がかかっているのか?
「遭難?どこから来た?」
「北の草原で目が覚めた。それ以前の記憶が曖昧で——」
記憶喪失を装うのが一番無難だろう。下手に嘘をつくより、知らないふりをする方が安全だ。
門番たちは顔を見合わせた。
「......入れ。ただし、ギルドで身元登録をしろ。この街は王都エアリアルだ。素性の知れぬ者を野放しにはできん」
「了解した」
門をくぐる。
目の前に広がるのは、石畳の街並み。木造と石造が混在した建物。露店が並び、人々が行き交う。
完全に、中世ファンタジーの世界だ。
だが、俺が驚いたのは、それだけではない。
空を見上げる。
ドラゴンが飛んでいる。
いや、一頭だけではない。複数のドラゴンが、編隊を組んで飛行している。その背には——人が乗っている。
竜騎士、か。
「おい、新入り!ぼーっとするな、ギルドはあっちだ!」
門番に促され、歩き出す。
2
「冒険者ギルド」という看板がかかった建物に案内された。
中に入ると、酒場のような空間が広がっている。カウンターがあり、受付嬢がいる。奥にはテーブルと椅子。壁には依頼書らしき紙が貼られている。
完全にテンプレートだ、と思わず苦笑する。
「あの、初めて来たんだが——」
「新規登録ですね!こちらへどうぞ!」
受付嬢——エルフ耳の若い女性——が満面の笑みで応対する。
カウンターに案内され、書類を渡される。
名前、年齢、出身地、得意な技能——
「出身地と技能は......正直に書いて大丈夫か?」
「記憶喪失なら『不明』でも構いませんよ。ただし、ランクはFからのスタートになります」
「ランク?」
「冒険者ランクです。F、E、D、C、B、A、Sの七段階。実績を積めば昇格します」
「なるほど......」
とりあえず、名前だけは本名を書く。立花隆人。技能は——パイロット、と書きかけて、やめた。ここでパイロットと言っても通じないだろう。
「戦闘技能は?剣、槍、弓、魔法——」
「全部ダメだ」
受付嬢の顔が曇る。
「それは......困りましたね。何か特技は?」
「飛行機——いや、飛行する乗り物を操縦できる」
「飛行する乗り物......?」
首を傾げる受付嬢。
その時、奥から男の声が響いた。
「おい、新入り!竜を連れてるって本当か!?」
振り返ると、屈強な男が立っていた。30代半ば、傷だらけの顔、筋骨隆々の体。腰には大剣。
「竜......?いや、連れてはいないが——」
「嘘つけ!門番が言ってたぞ!北の森に巨大な竜を隠してきたって!」
「......情報が早いな」
完全にバレている。仕方ない、と俺は溜息をついた。
「ああ、確かに竜はいる。だが——」
「だったら竜騎士ギルドだ!ここは冒険者ギルド、お前の来る場所じゃねぇ!」
男は俺の腕を掴み、引っ張った。
「ちょ、待て——」
「竜騎士ギルドは王宮直轄だ!竜持ちは全員登録義務がある!さっさと行くぞ!」
なすすべもなく、俺は引きずられていった。
3
王宮へ続く大通りを歩く。
というか、歩かされる。
「なあ、そんなに急がなくても——」
「急ぐんだよ!竜持ちを放置したら、俺が怒られるんだ!」
男——名前はゴードンというらしい——は容赦なく俺を引っ張り続ける。
やがて、王宮が見えてきた。
白亜の城。尖塔が複数そびえ立ち、青い旗がはためいている。
「あれが王宮か......」
「ああ、エアリアル王国の心臓だ。そして——」
ゴードンは城の前にある別の建物を指差した。
「あれが竜騎士ギルドだ」
石造りの頑丈そうな建物。屋上には見張り台があり、そこから竜が離発着できるようになっている。
「行くぞ」
ギルドの扉を開ける。
中は——格納庫のような空間だった。
いや、実際に格納庫だ。奥には巨大な扉があり、その向こうに竜たちが休んでいるのが見える。
そして、中央のカウンターには——
「あら、新入りさん?」
女性が一人、座っていた。
20代後半。金髪のロングヘア。白いローブを纏い、胸元には聖印のようなペンダント。
美人だが、それ以上に——その雰囲気が、俺の記憶を刺激する。
管制官。
俺が訓練中、何度も聞いた管制官の声。冷静で、的確で、頼りになる——
「どうかした?」
女性が首を傾げる。
「いや......名前を聞いてもいいか?」
「私はシェリル。竜騎士ギルドの受付兼、空中管制官よ」
やはり。
「管制官......?」
「ええ。竜騎士たちが安全に飛行できるよう、空域管理と誘導を担当しているの。って、あなた、管制って言葉知ってるの?」
シェリルが驚いたように俺を見る。
しまった、口を滑らせた——
「聞いたことがある気がする。記憶喪失なんだが、断片的に言葉が浮かぶんだ」
「そう......可哀想に」
同情の表情。悪いが、嘘だ。
「それで、あなたは竜を連れているそうね。どんな竜?」
「青灰色の、大型種だ。体長20メートル以上——」
「青灰色の大型......ブルードレイクかしら?珍しいわね。どこで契約したの?」
「契約......というか、出会ったんだ。草原で」
「野生竜と契約!?それはすごいわ!」
シェリルの目が輝く。
「とにかく、登録手続きをしましょう。竜を呼んでくれる?」
「......ここに?」
「ええ、屋上の発着場に呼んで。大丈夫、広いから」
仕方ない。
俺は外に出て、空を見上げた。
「303!こっちだ!」
数分後、空から青灰色の竜が降下してきた。屋上に着地し、羽を畳む。
ギルドの人間たちが驚愕の声を上げる。
「でかい......!」
「あの体格、戦闘種か!?」
「いや、形が違う......見たことない種だ!」
ざわめきの中、シェリルが屋上に上がってきた。
そして、303を見た瞬間——
「......これ、竜じゃないわね」
え?
「何を言ってる?どう見ても竜だろう」
「いいえ。竜の形をした、何か別のものよ」
シェリルは303に近づき、その鱗に手を触れた。
「金属的な鱗。不自然なまでに規則的な配置。そして——」
彼女は竜の目を見つめた。
「この目。生物の目じゃない。まるで——機械の目みたいだわ」
背筋に冷たいものが走る。
この女性、ただ者ではない。
「あなた、何者なの?この竜と、どういう関係?」
「......パートナーだ。それ以上でも以下でもない」
「嘘ね。あなた、この竜の正体を知ってるでしょう」
シェリルの眼光が鋭くなる。
だが、その目に敵意はない。むしろ——好奇心だ。
「教えてくれる?私、興味があるの。あなたと、この竜のこと」
俺は迷った。
だが——
この女性なら、信用できるかもしれない。
「......長い話になるぞ」
「時間ならあるわ」
シェリルは微笑んだ。
4
ギルドの奥の個室に通された。
シェリル、俺、そして——
「呼ばれたから来たぞ」
もう一人、女性が入ってきた。
30代前半。黒い髪、鋭い目。黒いローブを纏い、腰には魔導書らしき本を提げている。
「紹介するわ。こちらはエリス。王国防衛軍の戦術顧問よ」
「戦術顧問......?」
「ええ。まあ、表向きはね。裏では——」
「魔女と呼ばれている」
エリスが自嘲気味に言う。
「私の戦術は理解されないの。前例がない、常識外れだ、邪道だ——好き勝手言われるわ」
「理解されない戦術......?」
「集中運用、機動防御、縦深陣形——あなたには理解できないでしょうけど」
その言葉に、俺は驚愕した。
「いや、わかる。それは——近代戦術だ」
今度はエリスが驚く番だった。
「......何ですって?」
「集中運用は戦力の集中投入。機動防御は固定陣地に頼らない柔軟な防衛。縦深陣形は予備戦力を段階的に配置する——」
「あなた、何者!?」
エリスが身を乗り出す。
「俺は——」
もう隠す意味はない、と判断した。
「別の世界から来た。俺の世界では、戦争の技術が極限まで発達していた。お前の言う戦術は、俺の世界では常識だ」
二人は息を呑んだ。
「別の、世界......?」
「ああ。そして、この竜は——」
俺は303を指差した。
「俺の世界の兵器だ。空を飛ぶ機械——戦闘機と呼ばれるものだった。それがこの世界に来て、竜の姿になった」
「機械が......竜に......」
シェリルが呆然と呟く。
「信じられないかもしれないが、事実だ」
「......いいえ、信じるわ」
エリスが言った。
「あなたの存在が、多くの謎を説明する」
「謎?」
「この王国には、古代の遺物が眠っているの。誰も使い方がわからない、不思議な道具たち」
エリスは立ち上がり、部屋の隅にある箱を開けた。
中から取り出したのは——
「これは......」
俺の心臓が跳ねた。
ヘルメット。パイロットヘルメット。
バイザーは割れ、塗装は剥げているが、間違いない。
「これ、どこで——」
「王宮の地下、宝物庫よ。何十年も前から保管されているそうだけど、誰も正体がわからなかった」
俺はヘルメットを手に取る。
内側を見る。
かすれた文字が残っていた。
「......TACネーム」
「何ですって?」
「パイロットの呼び名だ。これは——」
文字を読む。
「『Viper』......バイパー」
俺の前任者か?いや、もっと昔の——
「他にもあるの」
エリスがさらに箱を開ける。
無線機。古い型だが、間違いなく航空無線機だ。
「これも、使い方がわからない。ただ——」
シェリルが言う。
「たまに、雑音が聞こえるの。規則的な雑音。まるで、何かを伝えようとしているような——」
「モールス信号か......?」
「もーるす?」
「符号で情報を伝える方法だ。俺の世界では使われていた」
そして、最後の箱。
エリスが慎重に開ける。
中には——図面。
複雑な回路図と、構造図。
「これは......レーダ!?」
「れーだー?」
「電波で遠くの物体を探知する装置だ。これは——」
図面を精査する。
「GCI型......地上管制迎撃システム。これがあれば——」
俺は二人を見る。
「空域全体を監視できる。敵の位置、味方の位置、すべてが把握できる。お前が言っていた管制が、完璧にできるようになる」
シェリルの目が輝いた。
「それ、本当!?」
「ああ。ただし——」
「ただし?」
「これを動かすには、部品が必要だ。そして、知識も」
エリスが身を乗り出す。
「あなたなら、できるの?」
「......わからない。だが、試してみる価値はある」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に言った。
「協力するわ」
5
その夜。
俺は王宮の一室に泊まることになった。
ギルドの登録は無事完了。竜騎士見習いとして、王国防衛軍に配属されることになった。
303は王宮の竜舎——格納庫のような施設——に収容されている。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
状況を整理する。
俺は異世界に来た。
愛機はドラゴンになった。
そして、この世界には——俺の世界の技術の痕跡がある。
誰かが、以前に来ていた。
パイロットが。戦闘機が。
彼らは何をしたのか。なぜ、ここに残骸が残っているのか。
そして——
「魔族......」
エリスが言っていた。
この王国は、北方から侵攻してくる魔族と戦っているという。
魔族は空を飛び、強力な魔法を使う。
だが、その戦術は——妙に組織的だという。
まるで軍隊のように。
「まさか......」
いや、考えすぎか。
だが、もし——
もし魔族が、俺と同じように別の世界から来た存在なら?
ノックの音が響いた。
「入れ」
扉が開き、小柄な人物が入ってきた。
「よぉ、新入り。俺はドリック」
50代くらいの男性。背が低く、頑丈な体つき。髭を生やし、手には工具袋を提げている。
「ドワーフ......?」
「ドワーフじゃねぇ!人間だ!」
ドリックが怒鳴る。
「背が低いだけで、すぐドワーフ扱いしやがって!俺は生粋の人間だ!」
「す、すまん......」
「まあいい。お前が竜騎士ギルドに入った新入りだってな。しかも変わった竜を連れてるとか」
「ああ......そうだが」
「見せてもらったぞ。あの青灰色の竜」
ドリックは椅子に座り、俺を見据えた。
「あれ、生き物じゃねえな」
「......気づいたのか」
「当たり前だ。俺は整備士だからな」
「整備士......?」
「ああ。竜の体調管理、装備の調整、怪我の手当——全部やる。竜騎士にとって、整備士は相棒みたいなもんだ」
ドリックは工具袋を開け、中身を見せた。
レンチ、ドライバ、測定器——
「これは......」
「ああ、変わった工具だろ?実は、王宮の地下で見つけたんだ。何十年も前の遺物らしいが、妙に使いやすくてな」
俺はその工具を手に取る。
間違いない。これは——航空機整備用のトルクレンチだ。
「お前、この使い方を——」
「知ってるぜ。というか、使ってるうちに分かった。精密な締め付けに最適なんだ」
ドリックは笑った。
「なあ、新入り。お前、整備の知識があるなら、教えてくれねえか?あの竜——303とか呼んでたな——あれをちゃんと整備したいんだ」
「整備......」
F-15の整備。
俺は操縦はできるが、整備は専門外だ。
だが、基本的な知識はある。
「わかった。教えられることは教える」
「おう、助かる!」
ドリックは立ち上がり、扉に向かった。
「じゃあな。明日から訓練だ。頑張れよ」
「訓練?」
「ああ、竜騎士の訓練だ。お前、空中戦闘できるのか?」
「......まあ、一応」
「なら大丈夫だ。シェリルの管制と、エリスの戦術指導があれば、すぐに一人前になれるさ」
そう言って、ドリックは去っていった。
俺は再びベッドに横になる。
管制官シェリル。
戦術家エリス。
整備士ドリック。
そして、相棒の303。
「......なんだか、チームができてきたな」
思わず笑みが浮かぶ。
異世界に来て、すべてを失ったと思った。
だが——
新しい仲間ができた。
そして、目標もできた。
この世界の謎を解明し、古代の技術を復活させる。
そして——魔族の正体を突き止める。
「やってやるか」
呟いて、俺は目を閉じた。
明日から、本当の戦いが始まる。
---
次回「初陣と古代の声」




