第十話「喪失」
1
それから、三ヶ月。
ローゼンベルクは王国の技術顧問として働いていた。
彼の知識は貴重だった。
航空技術、戦術理論——
王国の防衛力は飛躍的に向上した。
だが——
彼の体は、日に日に衰えていった。
「もう、長くない」
医者が告げる。
「数日——いや、数時間かもしれない」
俺は彼の病室を訪れた。
「エコー......」
「どうだ、体調は?」
「......もう、わかっている」
彼は苦笑する。
「だが、後悔はない」
「......」
「お前のおかげで——最後に、人間らしく生きられた」
「そんなこと......」
「いや、本当だ」
彼は窓の外を見る。
「この空は——美しい」
「......ああ」
「私の世界では、戦争で空は灰色だった。だが、ここは——青い」
「......」
「お前も——この空を守ってくれ」
「......約束する」
その夜、ローゼンベルクは静かに息を引き取った。
最期の言葉は——
「Danke......Kamerad(ありがとう、戦友)」
2
だが、悲劇は終わらなかった。
タイガの容態が急変した。
異世界適応不全——彼も限界だった。
「エコー......」
彼はベッドで苦しんでいる。
「くそ......治す方法は......!」
「ない」
エリスが悲しそうに首を振る。
「元の世界に戻るしか——」
「じゃあ、『世界の果て』へ!」
「無理よ......往復で一ヶ月はかかる。タイガは——」
もって、数日。
「なあ、エコー」
タイガが微笑む。
「俺、幸せだったよ」
「何を言ってる......」
「この世界で、お前と出会えた。仲間ができた。恋人もできた」
「......」
「だから——悔いはない」
「タイガ......」
彼は俺の手を握る。
「お前は——生き続けろ。この世界で」
「......」
「そして——空を、守れ」
三日後、タイガは死んだ。
彼の恋人が、泣き崩れていた。
3
俺は、一人で城壁にいた。
二人の死。
ローゼンベルクも、タイガも——
異世界に殺された。
「俺も......いつか......」
シェリルが隣に来る。
「......大丈夫?」
「......いや」
俺は正直に答える。
「怖い。いつか、俺も——」
「......」
「シェリルを残して、死ぬのが怖い」
彼女は俺を抱きしめた。
「なら——今を、精一杯生きましょう」
「......」
「明日のことは、わからない。でも、今は一緒にいる」
「シェリル......」
「それだけで、いいじゃない」
俺は、彼女を抱きしめ返した。
そして——決意した。
生きる。
この世界で、精一杯——
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次回「蒼穹の誓い」




