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第一話「墜落」

しばらく留守にしておりました。ほか案件も続けていきます

蒼穹の竜騎士 - 第一話「墜落」


1


「ヴァイパーゼロワン、タリーホー。BRA350、20マイル、天使二〇、ホット」


無線越しに響く僚機の声。F-15Jのコックピットから前方を睨む。HUDに映る敵機シンボル。訓練空域での模擬空戦、いつもの光景だ。


俺の名前は立花隆人、階級は三等空佐。航空自衛隊第6航空団飛行教導隊——通称アグレスの教官だ。TACネームは「エコー」。今日も新人パイロットの空戦機動訓練に付き合っている。


「エコー、了解。ターゲット確認、交戦する」


スティックを倒し、機体を反転させる。F-15の機動性は今でも健在だ。古い機体だが、手足のように動く。特にこの303号機は俺の専用機として長年乗り続けてきた相棒だ。


高度20,000フィート。太平洋上空の青い空間。


相手は若手の二尉。基本に忠実な動きだが、まだ硬い。俺は軽く機首を上げ、ハイヨーヨーの機動に入る——


その瞬間だった。


「警告、警告。油圧系統異常」


コックピット内に警告音が鳴り響く。同時に複数の警告灯が点灯。マスターコーション、油圧系統、フライトコントロール——


「クソッ!」


スティックが重い。いや、反応が遅れている。油圧系統の故障だ。F-15は二系統の油圧システムを持っているが、両系統同時の故障など——


「ヴァイパー各機、エコーより。エマージェンシー、油圧喪失。基地へ帰投する」


できるだけ冷静に無線で告げる。だが、機体は言うことを聞かない。スティックを引いても反応が鈍い。


高度が下がり始めた。


「エコー、了解。誘導する。落ち着いて、基地まで130マイル」


管制の声。女性オペレーターの落ち着いた声だ。だが、俺にはわかっている。この状態で130マイルは——


突然、機体が大きく右に傾いた。


完全な油圧喪失。フライ・バイ・ワイヤシステムが死んだ。つまり、操縦不能だ。


「ダメだ、コントロール喪失!ベイルアウトする!」


射出座席のレバーに手をかける。だが——


機体が急激にスピンに入った。Gが体を押しつぶす。意識が飛びそうになる。射出のタイミングを逃した。このGでレバーを引けない——


視界が歪む。空と海が回転する。警告音が遠くなる。


303号機、すまない——


意識が途切れる直前、俺は愛機への謝罪を口にした。


2


痛い。


全身が痛い。


だが、生きている。


ゆっくりと目を開ける。視界がぼやけている。少しずつ焦点が合ってくる。


空が見える。青い空——だが、どこか色が濃い。太平洋上空のそれとは違う、もっと深い青。


体を起こそうとして、激痛が走る。肋骨を何本かやられたか。だが、動けないほどではない。


ゆっくりと上半身を起こす。


見慣れない風景が広がっていた。


草原。地平線まで続く緑の草原。遠くには山脈が見える。そして——


「なんだ、これ......」


目の前に、巨大な金属片が突き刺さっていた。いや、金属片ではない。これは——F-15の主翼だ。303号機の左主翼。


周囲を見回す。あちこちに機体の残骸が散らばっている。垂直尾翼、水平安定板、エンジンカウル——すべて303号機のものだ。


だが、おかしい。


墜落現場なら、もっと激しい破壊痕があるはずだ。地面がえぐれ、火災の跡があり、残骸は原形をとどめないほど粉砕されているはずだ。


なのに、この残骸は比較的原形を保っている。まるで、空から降ってきて、そっと置かれたかのように——


そして、何より。


ここはどこだ?


太平洋上で墜落したはずだ。なのに、なぜ草原にいる?海上で意識を失い、漂流してどこかの島に流れ着いた?だが、こんな広大な草原のある島が日本近海に——


「う、うぅ......」


呻き声とともに立ち上がる。全身が悲鳴を上げるが、無視する。


フライトスーツは破れ、あちこちに擦り傷がある。ヘルメットは——ない。どこかで脱げたか。


腰のサバイバルキットを確認する。無線機、信号弾、ナイフ、応急処置キット——一応残っている。


無線機を取り出し、スイッチを入れる。


「こちらエコー、救難周波数で呼び出す。誰か聞こえるか」


ノイズだけが返ってくる。


周波数を変え、もう一度。


「こちらF-15パイロット、遭難信号送信。位置不明、負傷あり、救助求む」


やはりノイズのみ。


くそ、どうなってる——


その時だった。


遠くの空に、何かが飛んでいる。


鳥?いや、大きすぎる。ヘリコプター?形が違う。


それは旋回しながら、こちらへ近づいてくる。


距離が縮まるにつれ、その姿が明確になる。


翼——巨大な翼。鱗に覆われた体。長い首と尾。


「......ドラゴン?」


思わず口に出た言葉に、自分でも驚く。


だが、他に表現のしようがない。それは、まさに西洋ファンタジーに出てくる、ドラゴンそのものだった。


体長は——20メートル以上あるか。翼を広げれば、さらに大きい。


鱗は青灰色で、金属的な光沢を放っている。


そして——


俺の目は、その竜の顔に釘付けになった。


見覚えがある。


いや、見覚えなどという生易しいものではない。


毎日見てきた。何百時間も共に空を飛んできた。


ノーズコーン周辺の形状。インテークの位置。そして何より——機体側面に残る、ペイントの跡。


「303......?」


信じられない。


だが、間違いない。


この竜は——俺のF-15J、303号機だ。


ドラゴンは地上数メートルまで降下し、ゆっくりと着地した。地面が揺れる。


金色の瞳が、じっとこちらを見つめている。


知性がある。間違いなく、この目には知性がある。


「......303、なのか?」


恐る恐る声をかける。


竜は首を傾げた。まるで、聞き覚えのある声に反応するかのように。


だが、返事はない。当然だ。竜が人間の言葉を——


「グルルル......」


低い唸り声。威嚇ではない。何か言いたげな——


いや、待て。


俺は何を考えている?ドラゴン?F-15がドラゴンに?


頭を強く打ったか?幻覚を見ているのか?


だが、痛みは現実だ。風の感触も、草の匂いも、すべて現実だ。


そして、目の前の巨大な竜も——


「......状況が、わからない」


呟きながら、俺はその場に膝をついた。


3


竜——いや、303号機は、俺が倒れ込むのを見て、心配そうに顔を近づけてきた。


巨大な頭部が目の前に迫る。吐息が顔にかかる。熱く、生臭い。


「大丈夫だ......多分」


手を上げて制する。竜は動きを止めた。


やはり、こちらの言葉を理解している——ような気がする。完全にではないにせよ、雰囲気は伝わっているようだ。


「303、お前......本当にお前なのか?」


もう一度問いかける。


竜は低く鳴いた。それから、ゆっくりと首を下げ、俺の手が届く位置まで頭を近づける。


恐る恐る、手を伸ばす。


鱗に触れた。


冷たく、硬い。金属のようだが、わずかに弾力がある。そして——


「......この感触」


機体外板のアルミ合金。何度も触ってきた、あの感触に似ている。


竜は目を細めた。まるで、撫でられて喜んでいるかのように。


「信じられない......」


だが、信じるしかない。


F-15がドラゴンになった。いや、正確には——F-15の何かが、ドラゴンの体に宿った、とでも言うべきか。


機体の魂?意識?そんなものがあるとすれば——


「くそ、何が起きてるんだ......」


頭を抱える。


墜落事故。意識の喪失。そして目覚めたら異世界。愛機はドラゴンになっていた。


まるでラノベのような展開だが、これが現実なら——


いや、待て。冷静になれ。


状況を整理しよう。航空自衛隊で叩き込まれた、緊急時の思考法だ。


現状確認:

- 位置不明の草原にいる

- F-15の残骸が周囲に散乱

- F-15がドラゴン化している

- 無線は通じない

- 負傷しているが行動可能


優先事項:

1. 治療と休息

2. 水と食料の確保

3. 現在地の特定

4. 帰還方法の模索


まずは生き延びること。話はそれからだ。


「303、お前は飛べるのか?」


竜に問いかける。


竜は翼を広げた。巨大な翼が空を覆う。翼面積は——F-15の主翼と同じくらいか、それ以上ある。


翼をゆっくりと羽ばたかせる。風圧が押し寄せる。草が激しく揺れる。


そして、竜は地面を蹴った。


一気に上昇する。20メートル、50メートル、100メートル——


俺は見上げる。青い空を、かつての愛機が飛んでいる。


形は変わった。だが、飛ぶ姿は——美しい。


F-15の優美な機動性が、ドラゴンの姿で蘇っている。


バレルロール。ループ。スプリットS——


すべて、俺が教えた機動だ。いや、俺と共に何度も実行した機動だ。


竜は一通りの曲技飛行を見せた後、ゆっくりと降下し、俺の前に着地した。


まるで、「どうだ、飛べるだろう」と言いたげに。


「......ああ、飛べるな」


笑みが浮かぶ。状況は最悪だが、少なくとも——


相棒は健在だ。


「よし、303。俺たちはどうにか、この状況を乗り切ろう」


竜は力強く鳴いた。


同意の声だと、俺は信じることにした。


4


その日は、残骸の傍で野宿した。


サバイバルキットの中に緊急用の毛布があり、それで寒さをしのぐ。食料は——レーションが2食分。水は携帯用のボトル1本。


心もとないが、明日には人里を探すしかない。


303号機——今は竜だが——は、俺のそばで丸くなって眠っている。巨大な体だが、寝ている姿は妙に可愛らしい。


星が見える。


だが、星座が違う。


見慣れた北斗七星も、オリオン座も、ない。


まったく未知の星々が、夜空を彩っている。


「......異世界、か」


もはや否定できない。


ここは地球ではない。どこか別の世界だ。


どうやって来たのか。なぜ303がドラゴンになったのか。どうすれば帰れるのか。


わからないことだらけだ。


だが——


「生きてる、ってことは、可能性があるってことだ」


教官として、何度も訓練生に言ってきた言葉だ。


諦めない限り、道は開ける。


明日から、行動しよう。


そう決めて、俺は目を閉じた。


---


翌朝。


竜の鳴き声で目が覚めた。


「う......朝か」


体中が痛い。草の上で寝るのは、やはり厳しい。


だが、動ける。それで十分だ。


「おはよう、303」


竜に声をかけると、嬉しそうに鳴いた。


サバイバルキットの中のレーションを一つ開ける。ビスケットと乾燥肉。味気ないが、カロリーは確保できる。


水を一口飲む。残り半分。節約しないと——


「グルル?」


303が首を傾げている。


「ああ、お前の分はない。というか、ドラゴンは何を食べるんだ?」


竜は困ったように鳴いた。


......そうか、お前も腹が減ってるのか。


「とりあえず、人里を探そう。そうすれば、食料も水も何とかなるはずだ」


立ち上がり、周囲を見渡す。


遠くの山脈の方向に、うっすらと煙が見える。


煙があるということは——人がいる。


「あっちだな。303、悪いが空から様子を見てくれないか」


竜は頷くように首を動かし、翼を広げた。


一気に飛翔する。上昇速度は——F-15並みか、それ以上だ。


数分後、竜は戻ってきて、地面に何かを描き始めた。


爪で地面を引っ掻いて——地図?


いや、簡単な図だ。丸と、四角と、線。


「これは......街?」


竜は頷いた。


「距離は?」


竜は困った顔をした。当然だ、距離の概念を共有できていない。


「まあいい、行ってみるしかないな」


俺はサバイバルキットを背負い、歩き始めた。


303は上空を旋回しながら、俺を導く。


草原を抜け、森を抜け——


そして、昼過ぎ。


ついに、人里が見えた。


城壁に囲まれた、中世ヨーロッパ風の街。


「......本当に、異世界なんだな」


もはや驚きもしない。


だが、問題がある。


「303、お前は隠れていてくれ」


竜は不満そうに鳴いたが、俺の指示に従い、森の中に降りた。


いきなりドラゴンを連れて街に入るのは、まずい。


まずは状況を把握しないと——


俺は深呼吸し、街の門へと歩き出した。


ここから、新しい戦いが始まる。


---


第一話 了


次回「王都と竜騎士ギルド」

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