その名はオロチ(6)
「スサノオン・ビームッッ!」
群がる拳を熱光線で塵とする。数の暴力という比喩の通り、それでも次から次へ湧いてでてきた。だが当初の予定通り、四肢を抑えつけていた拳は排除できた。
これで使える。神殺しの片割れ。黒刀のクサナギを。
――シュッ。鋭い風の音が鳴り響く。
じゅうっっ。肉は焼け、滴り落ちる美味しそうな汁の香ばしさが、その場を支配する。
「ぐぅっッ!」
流石のオロチも、うなるしか無い。
「……フッ。これほどとはな。予想以上だ。神殺し」
アマテラスの腕が合図を送ると、無事である拳達は日輪へと帰っていく。
「響樹よ。その力はやがて彼女さえ飲み込む。それを知っても、お前はイヨリを使うのか」
「くどいッ! 俺は沙耶を信じているッ!」
「……ならばもう何も言うまい」
――ギュンッ。
目の錯覚か。アマテラスの機体が幾重にも見える。
「ちぃっっオロチめ。ギアをあげおったか」
アマテラスの速度があがり、分身はぐるりとスサノオンを囲む。その手にはレイピアが握られていた。
「うらっ!」
先手必勝。クサナギを振る拳にも力が入る。
「どうした? 弟よ。力み過ぎだぞ。何をそんなに恐れている」
レイピアの先端が、手首に触れ動かせない。アクチュエータに食い込み駆動できず、異音と火花を散らす。
その為、刀を振り下ろす事ができないのだ。
「フッ。刃に触れなければ、どうって事もない」
速度を求め外装を外し、身軽るになった事が裏目となってしまった。
ウズメフォームが弱いわけじゃなく、只アマテラスが強いのだ。
「ウズメなど所詮は付け焼き刃よ。僕の鬼神の速度についてこれない」
「くぅぅっ!」
リリスは悔しく呻きながらも、ウェポンを起動し叫ぶ。
「ボルトン・サンダーッッ!」
雨雲が雷を呼び、それに応えた雷鳴はアマテラスを貫く。
「無駄だ。あくびがでる」
貫いた時はもう遅い。雷鳴は残像をすり抜けた。
――トンッ。
気づくと側にアマテラスがいて、レイピアの先端が再び手首に突き刺さる。
コイツは不味い。響樹の野生の直感が、開けるな危険と描かれた扉を叩く。
オロチの目的がわかった。
手首を破壊し、クサナギを無力化したいのだ。
扉を開かせてなるものか。
アクセル全開。翼を羽ばたかせ全速力で逃げだす。
「ふんっ。この状況で敵から背を向けるか。やはりお前はラガじゃない。人間というチンケな下等生物よ。響樹ッ!」
離れたのも一時。二体の距離が一瞬で縮まる。
「フッ。響樹。鬼ごっこは終わりのようだな」
アマテラスとの距離を一気に離すため、急降下しすぎたか。大地が迫ってくる。
「わははっ」
「かははっ」
響樹とリリスは、口角をつりあげ笑った。
「絶望のあまり気でも触れたか」
違う。二人の目には強い意思が宿っている。決して勝利を諦めたわけじゃない。
「貴様らに逃げ道など無い。チェックメイトだッ!」
「……いいや。これでいい。これがいいんだ」
大地に激突する瞬間、スサノオンは振り向く。
「勝ったッ! 死ねぇいッ! スサノオンッ!」
アマテラスのレイピアが、クサナギ握る右手首を破壊する。
「な、なにぃぃッ!」
叫んだのはオロチの方だ。
アマテラスの胸部がごっそりえぐれていた。
「名づけてスサノオン・タヂカラオウ・フォームじゃ」
背中の翼は消えていた。構成してた外装パーツが、新たなる形へ組みあがる。
それはスサノオンよりも、巨大なサブアーム。
そのゴツい拳が、アマテラスを貫いていた。
カウンターの一撃であった。激突した攻撃は、そのまま本人に返っていく。
右手首を確実に破壊する為の超加速が裏目となり、アマテラスに胸に大きな穴があいたのだ。
「二体共に大ダメージ。この兄弟喧嘩。残念ながら痛み分けじゃ」
「フッ。フハハハハハッ! いや違う。勝負は僕の勝ちだ」
「!」
そうか。それが最初から目的だったのか。
響樹は理解した。
それを手に入れるためなら、自らの機体だって破壊する。
そこまでして、兄が渇望するもの。その銘は……。
「今から僕のものだッ! イオリィィィ!」
「くぅぅ。最初からそれが目的じゃったのかッ!」
「ふんっ。これでツクヨミに続き、クサナギも僕の手に。一つまた一つと、貴様らの希望を削りとってやる」
「返せ。ソイツらは俺の家族だッ!」
「フッ。タヂカラオウ。パワーに特化したフォームか。胸部を大破したアマテラスでは勝てない。目的は果たした事だし、逃げるとするよ」
「誰が逃がすかッ!」
「そうじゃ! 主よ、アマ・テラスで……いやダメか」
「フッ。賢明だなリリス。アマ・テラスを放てば、イヨリは巻き込まれて死ぬ」
「――撃って。響樹くん。母様」
「出来るかッ! 沙耶さん必ず迎えにいく」
「ふんっ。今の貴様の実力では……!?」
ぐにゃり。突然結界が歪む。それはオロチも想定外だったのだろう。
「な、なにぃぃ」と、驚きの声が聞こえてきた。
「贄贄贄」
侵入してきたのは鷹に寄生したヨモツ獣。闇夜、ライトに群がる羽虫の如く、美味そうな魂に惹かれて来たのだ。
「贄贄贄。その魂を母に捧ぐ」
「戦いの邪魔をするなッ! カトンボがぁぁぁッ!」
アマテラスは、クサナギを獣に突き刺す。躊躇など無い。哀れ獣は、うたかたの夢となり消滅する。
「興がそがれた。ここまでだ」
「仲間まで殺すのか?」
動き出す機体。離脱するオロチに、響樹はそう問いかける。
想い出した前世の記憶では、オロチは確かに残虐な面もある。だがそれは仲間を守る為に必要だったから。
「……」
「答えろよ! 兄貴ッ!」
「答えて欲しければ強くなれ、響樹。誰よりもな」
「待てよ! 兄貴、兄貴ィィィィ!」
響樹の声は届かない。オロチ操るアマテラスは結界から外れ飛び去った。
*
「フッ。また一つ強くなったな」
それは誰に伝えたかった言葉なのか。イザナミ神が眠る海の底。ヨモツ国へ帰る道中、アマテラスのコクピット内でオロチは笑みを浮かべた。
その表情に険はなく鬼相も無かった。
『……わたくしが寝てる間、ずいぶんと楽しめたようね。坊や』
オロチの頰に横一列の切れ目が入り、そこから女性の声が聞こえた。
「いつから起きていた?」
『今起きたところよ。わたくしは貴方に寄生してるから、感覚でわかるの』
「おはよう。イザナミ」
「おはよう。わたくしのオロチ」