その名はオロチ(5)
「放て。――無限後光の拳よ。打ッ打ッ打ッ打ッ打ッ打ッッッ!」
無限の拳。その技名の通り、結界内の空を拳が埋めた。
それは数の暴力。質量の暴風雨の中、羽虫が飛び回る。
病院周辺建物を巻き込み破壊しながら羽虫は迫り行く。そこに逃げ場所など無い。
「リリス、結界内って確か……」
「そうじゃ。壊れても問題ない。解除すれば元のままよ」
「さすが頼れる皆のお母さんだな。前世から全く変わってない」
「かははっ。変わらぬは外見だけよ。肉食えば胃もたれじゃ。儂も胃腸気にせず食いたいものよな」
「へへっ。なら高級なの食いに行くか。全てが片付いたその時に、皆で」
「そうじゃな、胃薬用意して行こうかのう」
リリスの目がキラキラ輝く。
刹那、リリスの操作で動きだすクサナギの黒刃に湧くは、炎に惹かれ集まり焼かれ炭となる沢山の拳。
「かっはっはっは。羽虫共には、ちと火力が強すぎたかのう」
「神殺し(ヒノカクヅチ)。イヨリに移植したその忌まわしき力は今世でも健在か」
「貴様のような悪い虫がついても困るからのう。オロチよ」
「フンッ。貴様らが不利なのは、何も変わらない」
「かっ。うぬが惰眠を貪る間、儂が何もしてないと思うたかい?」
「リリス貴様!」
「忘れたか? 儂は狂気のマッドサイエンティストじゃぞ」
「やれリリスッ!」
響樹の合図を受けて、リリスは前方のとあるスイッチに手を伸ばす。
「チェンジ・天翔る女神ウズメッッ!」
響樹の叫びに音声認識システムは作動し、スサノオンに変化をもたらす。
機体を覆う装甲がパージする。
寒さで着膨れした冬。お風呂に入るため脱ぐと痩せていた。
それと同じで、武者鎧型装甲を外したスサノオンの素体はスリム。これでは裸のまま極寒で過ごしている様なもの。
バナナで釘を打ち終わる前に、凍死してしまう。
「気でもふれたか! 死ねぇい!」
再び天空から無数の拳。灼熱無限華が放たれる。
その時不思議な事が起こった。
パージした一部の装甲が、拳を弾き飛ばしながらスサノオンを守る盾となっていく。
*
「フンッ。よく考えたなリリスよ。だがねぇ。無限打撃は無敵だッ!」
――キラン。キラキラ輝く一筋の糸がアマテラスを横切る。
「な、なにぃぃ!」
オロチは驚愕の表情を浮かべていた。
全天周囲モニターの背後に映るは、スサノオンであった。
「どうやってここまで……いやそれはいい。このオロチが捉えられなかっただと」
オロチのつり上がる目が見たものは、背中から一対の翼を生やした素体のスサノオンであった。
あの翼は今までスサノオンの装甲であったものだ。なるほど。リリスが新たに開発した武装とはこの事か。
組み上げて造りだすブロックの玩具。そこから彼女は、インスピレーションでも受けたのだろう。
パージした装甲は様々な武装となり、宿主により姿を変える多種多様なヨモツ獣に対抗するのだ。
「大空羽ばたく黒鋼の翼というやつか」
深き眠りより目覚めたとき、今世での文化をオロチは学んだ。
その中で空を飛べないスーパーロボットが周囲の協力を得て、翼を手に入れるアニメがあった。
今のスサノオンは正にそれか。
「同じステージに立てた。ふんっ。それがどうした。大空を手に入れた代償が、その痩せ細った機体。貴様らに何ができる」
「それを今から確かめるッ!」
スサノオンの背に魂宿した翼が今産声をあげ、アマテラスとの距離を一瞬で縮める。
「その貧弱なボディで、何が出来るかぁッ!」
アマテラスが振り向く。だがその時、スサノオンはそこにいない。
アマテラスの背後に移動していた。
「ちぃ忌々しい」
オロチは苦々しく吐き捨て理解する。
「その姿、ウズメと言ったか。あえて軽装にし推進力に特化した翼を持つ事で、このアマテラスのステージまで登りつめたと」
まとわりつく蠅を払うように腕を振り回すが、拳は空を切るばかり。
スサノオンは常時アマテラスの背後に立つ。
「ちぃっ!」
「ふはははっ。どうだ怖いだろう。いつ背中から攻撃が来るのか。集中力が摩耗するよなぁ!」
「……フッ。僕とした事がつい取り乱してしまったな。やってみろ響樹。その自慢のウズメで、アマテラスを攻撃してみるがいい」
今のスサノオンは身軽さが売り。
酒場で薄布一枚で踊る孤独なダンサー。下卑た酔っぱらいの相手するしか取り柄のない踊り子。色恋以外ではターゲットの上客からチップすら貰えない、非力な者。
「アマテラスの背後を奪えても、只それだけの取るに足らない存在よ。この機体に傷一つつけられない。さぁ、ご自慢のクサナギはどうした? ブスッと一撃入れてみよ!」
*
「ふははっ。その挑発のってやるぜッ!」
響樹は口角を吊り上げ笑う。
クサナギを構え、背中への一刀。だがそれは後光の拳に阻まれてしまった。
「なにぃぃ。後ろにも目玉でもあるのかよ!」
「オート……いや今のはマニュアルか。しかしモニターから背面を見ながらでも動作が早すぎじゃ!」
「フッ。いいリアクションが心地よい」
拳達がスサノオンの四肢を掴み動きを邪魔する。アマテラスは再びスサノオンと顔を合わせた。