その名はオロチ(4)
「オロチッッ!」
「響樹!」
互いに名を呼び、二体の鬼神が組み合う。ギリギリと関節が軋み、アクチュエータから火花を散らした。
「フッ。力比べか。腰に帯刀してるクサナギは、なまくらか」
「へへっ。慌てるなよ。あとでたっぷり沙耶を味合わせてやる。久々の兄弟喧嘩だ。楽しもうぜッ!」
「来い!」
アマテラスの力が緩む。脱力。柳となった相手にスサノオンのバランスは大きく崩れた。
「しゅっ」
オロチの呼気に連動し、アマテラスは華麗に舞う。まるで花びらの中で踊る美しき淑女だ。
利き腕を取られたスサノオンはダンス(ワルツ)を上手く踊れない。重心が崩れ大地に寝転ぶ。
アマテラスの踵。先端鋭いヒールが顔面へ迫る。
頭部を捻り危機から回避したスサノオンの両腕が、アマテラスの右足首に絡む。
テコの原理で体を動かし足首関節を破壊しようとするが、アマテラスの蹴りあげた左爪先はそれを許さない。
離脱し二体の鬼神は距離をとる。
「楽しいなぁ。アニキ」
「そうか?」
にいいいっ。無意識に響樹の口角はつりあがり、オロチも口では否定しているが楽しいと感じているのだろう。同じ表情で笑っていた。
共に未だノーダメージである。
「オロチ兄ぃぃ!」
頭上から声が聞こえた。怒りマークになったツインテールをなびかせ、幻想美亜が腕を組み宙に浮いている。
「美亜、僕を恨め。お前の兄オロチはもういない。今ここにいるのは、ヨモツ族が一人。八魔龍オロチ」
「八魔龍!」
ゴクリと美亜は生唾を飲み込む。
「な、なんて格好いい二つ名なんだ。ずるいぞお兄!」
「フッ。なら真紅の薔薇とでも名乗るかい。美亜」
「かっ、格好いい!」
両手をグッと握りしめ美亜の瞳に輝くは銀河。
「お兄ちゃん! お兄の洗脳といて! 肉体に戻って、あたしは宇宙にきらめく真紅の薔薇エメラルド。鬼神ツクヨミと早く名乗りたいよ!」
「おうっ! 三人でポーズ決めて【レッツ・三神合身】と叫ぶためにもな! アニキ、アンタを修正してやるぜッッ!」
「フッ。愛でたいな美亜は。無駄だ。このオロチ自らの意思で」
「やめろアニキッ! それ以上言うな」
美亜の前世キリンは、年の離れた長兄オロチに懐いていた。
彼女が幼い頃、父と母は戦士として散っていた為、両親の顔を覚えていない。そんなキリンにとってオロチは優しい兄であり頼もしい父であったのだ。
「聞け妹よ。僕は自らの意思でイザナミ側についたのだ」
「アニキィィィィッッ!」
――ボクシャァッッ!
振り上げたスサノオンの拳が、アマテラスの綺麗な顔面を殴る。
「くうっ。何故よけない! これぐらいアンタならかわせるだろうッッ!」
アマテラスの胸ぐらを掴み、額と額をぶつけにらみ合う。
「主よ、冷静になるのじゃ。美亜を見よオロチ。うぬは妹のあの姿を見て何も感じぬのか」
オロチの裏切りを知った美亜の心は、情報を処理できない。
「えぐっえぐっえぐっ」
耳障りなビープ音を鳴らし、涙というエラーメッセージが瞳から無限に溢れだす。
「お兄の馬鹿ッッ! うんこたれッッ! ピーピーピー」
途中から中学生の考えつく最大限の放送禁止ワードの嵐で罵倒し、美亜の姿は消えた。
「くどいぞリリス。これは僕たちの問題だ。部外者はひっこんでいろ」
「ほぅ、なめるなよ。若造。儂より五千歳も離れた小僧が。主よ、お遊びはお終いじゃ。敵としてオロチを討つ。よいな」
「……あぁ」
「フッ」
アマテラスはスサノオンを突き飛ばし、高速で飛翔する。
「このアマテラスは速度と遠距離を得意とする。大空の使者だ。近距離格闘型のスサノオンを空から攻める」
「リリス! いけるな」
「ぐぅぅ。三鬼神にはそれぞれ特化したものがある。足りないものは、互いに補うよう造っているのじゃ。まさか敵になるとは計算外よな。このリリスどうやら朦朧したようじゃ」
「逃げろ。でなければ死ぬ」
アマテラスの背後に日輪が浮かぶ。その姿は正に太陽の化身。
ぐるりと円を描くそれらは、全て拳で出来ている。
頭上を取られた今、スサノオンの逃げ場は失った。
「ふはははっ。もう一度聞くぞ。いけるなリリス」
これこそ逆境。燃える展開だと響樹は笑う。
「か、かははははっ。勿論じゃ主様よ。沙耶出番じゃぞ。オロチを敵として排除せよ」
腰に納刀してる鞘のロックが解除する。
「はい。母様。マスターは、私達親子が守ります」
「頼りにしてるぜッ! リリス。沙耶。――抜刀」
引き抜くと大気が歪んだ。神殺しヒノカクヅチと呼ばれたクサナギの黒い刃から、紅蓮の炎が噴き出す。
「フッ。ならば受けてみよ。日輪に咲く華の一撃を」
アマテラスは両掌を合わせた。
美しい女神の顔を日射しから守るため、フェイスマスクが顔面を覆う。
「灼熱無限華」
蕾が花開く。花弁からそそり立つ無数のおしべは、めしべを求めて発射する。
それはオロチが神話の時代、仮面に隠した本音。
クシナダイヨリを自分の者とし愛したい。
響樹にはそれが痛い程わかる。
ラガの頃は、勇者ラーヴァンとしての使命があった。
そのため拾いきれず、掌からこぼれ落ちていく沢山のキラキラ輝く砂粒達。
その中には報われない愛故、闇落ちするオロチもいた筈だ。
「古から続く未練を断ち切ってやるよ。馬鹿アニキ」
降り注ぐ無限の拳をクサナギで迎えうつ。