その名はオロチ(2)
怒りで震える。体を火に焼べたかと錯覚する程、全身熱くなっていくというのに。
転生しても魂は同じ。変わらなく兄弟をやれると思ってた。
オロチの足元には美亜が倒れている。そこから命を感じとれない。
「何があったッ! 兄貴ッ! 妹を手にかけるなんて! 何がアンタを変えたんだッ!」
「変えた? 違うなラガ。あの刻から僕は何一つ変わってないさ」
「あの刻?」
――ドクンッ。
魂に刻まれた前世の記憶が流れこむ。
*
『お兄ちゃん! イヨリお姉が姫巫女が何処にもいない。このままだと結界が張れないよ。もうそこまでヨモツ獣軍団が来ているのに』
『わかってる。こっちもスサノオンで探してるぜ。キリンは鬼神ツクヨミで待機。兄貴にも声をかけてみる』
『そ、それがお兄もいないの。何処にも。鬼神アマテラスも格納庫に無いから、それで移動してるかも』
『兄貴、兄貴。聞こえるか。俺だ。ラガだ』
全く反応は無い。まるで屍のよう。
『三鬼神のペアリングもオフにしてやがるか。何かあったに違いない』
今回の戦いに全てがかかっている。リリスが開発した三体の鬼神。クシナダ・イヨリ姫の結界術地獄門と、その身に宿す神殺し。
どれか一つ欠けても駄目だ。
オロチだって理解している。放り出したりしない。
イヨリも消えた。二人に何かあったと考えるのが自然だ。
『待っていろよ。二人とも。俺が行くからな』
小一時間程機体を飛ばしていると、深き森の中で佇む白い機体を全天周囲モニターが映し出す。
頭部に長い一対の角。耳にあたる部位から翼が生えている。丸みを帯びる人型のフォルムは、美しき大人の女性を連想させた。
間違い無くオロチ操る機体。鬼神アマテラスだ。
その隣にスサノオンを着地させ、額のクリスタルからラガは降りた。
『兄貴。俺だ』
反応が無い。乗っていないのか。
『キャァァァァッ!』
突如、森の奥深くからイヨリの叫び声が聞こえた。
歩いてる。深き森の中を。その名の通り大木達が森奥深くまで密集している中を、オロチに手をひかれイヨリは歩いている。
『離してオロチ。私には姫巫女としての責務があります』
『駄目だ。わかっているのか。ヒミコとは贄だ。ヨモツ獣は光にまとわりつく害虫。お前は奴らの餌となる』
『そうならない為、私は黒の刀クサナギの鞘となり、体に受け入れた。リリスの鬼術でね』
『リリスは異国の魔女だ。信じるのか』
『リリスの持ち込んだ鬼術と機術は、先代の時代になかった新兵器を産み出してくれた。あなたが操る鬼神だってそうでしょ』
オロチの手を掴む力が強くなる。
『お願いです。オロチ、今回でイザナミとの長き戦いに終止符を。その為にはあなたの力も必要なのです』
『駄目だ。逃げるんだ僕と一緒に』
――パシンッ。
日の光が届かないジメジメした森の中で、乾いた音が響いた。
オロチの頰を叩いた掌が痛む。
イヨリがオロチの申し立てを拒否したのだ。
『逃げるなら一人でどうぞ。アマテラスは私が操縦します。さよならオロチ』
『駄目だッ駄目だッ駄目だ駄目だッ! 僕はお前を失いたくない。母や父のように』
『どんなに危なくても、お前を守る盾になるさ。共に戦おうと、あなたは言ってくれないのですね』
イヨリの目に失望感があったに違いない。
『うぐっ』
オロチは言い淀み一瞬沈黙する。
『ラガか。お前の心には、ラガがいるのか。何故わかってくれない。命に公平などない』
『……オロチ』
――ガサガサガザ。イヨリの足元で蔓が蠢く。
『キャァァァァッ!』
大木に寄生したヨモツ獣が、イヨリの体を蔓で拘束する。
『ゲッゲッゲッ。何モタモタしてるオロチぃぃ。我らの準備は終わったのだぞ』
大木の幹に横一文字の亀裂が生まれ、そこから話しだす獣からイラつきを感じた。
ここで一つの疑問が浮かぶ。
何故ヨモツ獣はオロチを知っているのだ。話の内容から、不穏なのは間違いない。
それはイヨリも感じていた。
『どういう事ですか。オロチ!』
『ゲッゲッゲッ。この男と我らは契約を結ん……』
『黙れ』
――斬。
オロチの八つ又の刀が、ヨモツ獣を切り刻む。
『獣の戯言でしょ? オロチ』
『そう思うなら、何故僕に確認を取るんだ?』
『兄貴! イヨリ!』
悲鳴を聞いたラガが辿り着く。場の雰囲気がピリピリしてる事に気づかぬラガでは無い。
『ちぃっ。ヨモツ獣がここまで来たのか。二人とも無事かよ』
枯れた大木が八つに切断されている。それを見たラガは、ヨモツ獣にさらわれたイヨリをオロチが助けたと、そう判断したのだ。
『無事です。ラガ、岩戸に急ぎましょう。そこで結界術、地獄門の儀式を行います』
『おうっ。急ごうぜ兄貴。三鬼神は三体揃って、真の力を発揮するしよ』
『……僕は』
『オロチはここで他のヨモツ獣がいないか確認の為、少し遅れます。皆で待ってるから、アマテラスで来てください』
イヨリはそう言って、オロチの言葉を遮る。
ラガと肩を並べ歩きだすイヨリを見て、オロチの心に到来したもの。それは当人しかわからない。
*
「あの刻、兄貴はギリギリ間に合った。三鬼神は合身し、超鬼神アラガミオンとなりイザナミを海深くへ沈めたぞ」
「フッ。おめでたいな、ラガ。お前は僕を何一つ理解していない。いいか。今も昔も僕はお前が憎いッ!」
鬼だ。一匹の鬼がそこにいた。それは前世のラガが知る頼れる兄の姿はしていたが、まるで中身は別人のようで。それともこれこそがオロチの本質であったのか。
荒ぶる奔流のままに、オロチは足元で倒れている美亜に刃を突きたてた。
「そうかよッ!」
冷静であった。目の前で妹が兄に殺されたというのに。転生するからか。違う。
逆だ。怒りが一周して、冷静になってしまったのだ。
そうでなければ、オロチを殴れない。
「オロチィィィィッッ!」
「お前もキリンの元へ行け」
八又の一つが、牙を剥いて襲いかかる。
遅い。前世を魂に刻まれ覚醒した響樹にとって、この攻撃をかわす事はたやすい。
「ウラァッッッッ!」
頭突きがオロチの顔面へ激突し、大きく吹き飛ばした。
「かかって来いよ、オロチ」
「石頭め」
目の錯覚か。頭突きで唇を傷つけたオロチの口元から、緑の血がこぼれ落ちる。
緑の血。それはヨモツ族を意味していた。
「あ、あにき……」
「目的は果たした。もうお前に用は無い」
刃先には黄金に輝く球体が刺さっていた。その中で美亜が膝を抱えて眠っている。
響樹は理解する。あれは美亜の姿をした魂なのだと。
「キリ……美亜の肉体は仮死状態だ。魂がなければ、鬼神ツクヨミは動けまい」
「まさかヨモツに寝返えったのか。俺たちを裏切り、人であることも辞めてッ!」
「僕を怨めよ。ヨモツ族は僕達は負を好む化け物さ」
「ウワァァァァァァァッッ!」
オロチは消え結界も消滅していく。響樹に残されたのは、まだ温かい美亜の抜け殻と絶望。
響樹は只、泣き叫ぶことしか出来なかった。
「泣かないで、お兄ち……ゃ……ん」
結界が無くなる瞬間、響樹は見た。美亜の姿を。
「……へへっ。そういう事か。結界の中ならお前に会えるのか。やってやるよ美亜。お前を復活させるためにヨモツ獣は俺が狩る」
口角をつりあげ強く拳を握りしめる。そのためには戦う力が必要だ。
「俺達は今世に転生した。きっとアイツらも何処かに……。待っていろよ美亜。必ず俺が助けてやるぜ」