5話 荒ぶる神の王(1)
あの威圧感を与える巨体に騙されてはいけない。それが響樹と美亜の共通認識だ。
狙いは一つ。あの美しく邪悪な女神を攻撃すればいいだけ。
しかし綺麗な薔薇には刺がある。
蛇の頭上、鱗に覆われた鎧で上半身を守る邪悪なる侵略者に、本能というアラートが騒がしい。
それは生命体として正しい反応。危険だから近づいてはいけないと、遺伝子が教えてくれているのだ。
「だがよ。それじゃ守れない。俺は俺達は強い。その力は弱き者を守るためにある」
そう誓った。自分に誓った。
「行くよ! お兄ちゃん」
「おうっ!」
流石は血をわけた兄妹。そんなことは百も承知と、続けて美亜がアクセルを吹かし我先にと戦地に飛び込む。
「ウフッ。この圧倒的な力の差がわかっていても、なお向かってくるのね」
「お兄ちゃん! 操縦頼んだッ!」
「おうよッ!」
ざわめく。イザナミの髪々が。毒蛇の牙を剥きだし、近づく鬼神に襲いかかる。
前世の自分が覚えている。どうすればゴッドスサノオンを上手く操れるか。
「うらぁぁぁッ!」
両足と連動するアクセルとブレーキ。踏み込む位置にタイミング。
オートバランサーはあくまでも補助だ。マニュアルモードでしかできない、限りなく響樹の動きに連動した鬼神は攻撃をかわした。
ギシッ。蝙蝠型の翼が軋む、蛇髪の攻撃は確かに回避した。それなのに何故、羽根へ絡むのだ。
答えは簡単だ。人間の背中に翼なんて生えて無いから。
鬼神はあまりにも正確に、響樹の動きをトレスしてしまった。
「ごめん。お兄ちゃん、あたしのミスだ。リリスちゃんなら事前にそれ込みで、調整してたのに」
「違うぞ美亜、お前のせいではないッ! 俺が俺様が強いだけだぜ!」
そう美亜はキチンとその辺りも含めて調整してる。リリスの代わりに、サブパイロットとして役割を充分果たしていた。
進化。そう言ってもいいだろう。響樹は前世の記憶に目覚め、ラガをこの身に受け入れた。
それにより眠っていた勇者ラーヴァンの龍の血が覚醒し、超人化した為なのだ。
「斬り裂け火よ! カクズチよッ!」
リリスと沙耶の真なる姿、神殺しヒノカクズチが主の命により蛇髪を切り刻む。だが……。
「斬れねぇ」
いや正確には斬れている。ヒノカクズチは主のいいつけをキチンと実行してる。
「うー斬っても斬っても、キリが無い」
モニターに映る美亜のツインテールが逆立ちイラついていた。
「猫の威嚇の真似か。似てるぞ」
「違うもん!」
イザナミの毛量がとにかく多いのだ。
「コイツは俺達だけじゃなく、ハゲ全員敵にまわした。許せねぇ!」
「それは逆恨みというやつではないかしらね」
鬼神全身を蛇髪で埋めていく。
いくらヒノカクズチとはいえ、それは台風の中、外でマッチに火をつけようとするのと同じ。
無謀過ぎるのだ。それでも響樹は刃を振るう。二人(リリスと沙耶)を信じて。
「うぐぅ」
響樹の視界から太陽が隠れた。
鬼神は蛇髪の波に指先一つ残らず、呑み込まれてしまったのだ。
「そのままお眠りなさい。次に目覚めた時、貴方達は楽園を知る」
「お兄ちゃん助けて」
「おぉッ!」
美亜から攻撃レバーを受け取った響樹は、ヒノカクズチをゴッドスサノオンの胸部中央に輝く日輪。勇者の証の勾玉へ、ヒノカクズチを刺した。
自らを攻撃したわけじゃない。日輪を模した勾玉へ収納したのだ。
「ヒノカクズチには、こういう使い方もあるんだぜッッッ! カクズチィィィ・ボンバァァッッ!」
鬼神の全身内側から、紅蓮に燃える無数の刃が飛び出す。
――ブチブチブチブチッ。
結界内に焦げた臭いと悲鳴が響く。炎々と蛇髪は泣き崩れ、焔の中で散る。
「スサノオン・ビィィィムッッ!!」
自由を取り戻した鬼神は、すかさず攻撃に転じた。
イザナミは鱗で作った上半身が隠れる程に大きい盾を使い、ビームを防御する。
光線を防ぎ盾は下げられる。
「……」
いない。見渡すと鬼神の姿がない。怪訝そうな表情をイザナミは浮かべていた。
「……上ね」
隠しきれない響樹の殺気を感じ見上げると、ヒノカクズチを両手で握り落ちてくる。
「正解ッッ!」
「くぅぅっ!」
うめき声を漏らし、蛇の体をクネクネとフレキシブルに動かしてヒノカクズチを間一髪かわす。
ドッと鱗の隙間から滝の様な汗が流れ出す。
これは恐怖が産み出したものだ。
「危なかったわ。この姿じゃ無ければわたくしは今の一撃で、この世にはいない。憎き虚無に喰われてた」
「安心したぜ。神様もビビるんだな」
「受肉して理解したのよ。貴方達定命の者、生きるもの全ての大変さを。魂の器はこんなに繊細で、脆く儚い。そのようなプレッシャーで、日々を生活してるのね。可哀想に」
「可哀想?」
響樹は意味わからないと、首をかしげる。
「別の世界から来たからわかるの。これは呪いよ。この世界の創造神のね。産まれ落ちた時から競争させられ、弱者は切り捨てる。どんなに美味しくても、傷だらけで売り物にならないものが商品に選ばれないのと同じでね。いつ必要無いと捨てられるかわからない。そのプレシャーの中、先のわからない未知に怯え道に迷い日々を生きている。こんなのイザナギの呪い以外に考えられないわ。だからわたくしが、貴方達定命の者を救う」




