四人目の使い手(5)
「結界術・地獄門!」
リリスは直ぐに結界を張り直す。
一体誰が破ったのか。術をかけた本人以外解除できないのに。考えられるのは、一人だけ。
永遠に続く神々との戦い。転生する主を追うために、次なる器として造りだしたリリスのクローン、沙耶。
彼女しかいない。
オロチ側に寝返ったか。ありえない。そうならない為に、沙耶には羅我の転生体を愛するよう調整をしている。
「ぬぅぅ」
リリスはただ唸る事しかできなかった。
「人殺し……ぼ、ボクが彼女を……旭さんを……」
赤鬼の尻尾に一匹の白蛇がいる。それがケイの意思に反して旭を攻撃したのだ。贄を求めて。
「不味いのう。ケイの理性がヨモツ獣の本能にのみ込まれていくのじゃ」
「ケイッ! 気をしっかりもてぇい! 旭は気を失ってるだけだ。お前のせいじゃぁないッ!」
「アギャァァァス!」
ヨモツ獣は吠えた。そこに知性を感じられない。もう響樹の声は届かなかった。
「美亜。旭を頼む。頭部の傷口を、タオルで強く抑えるんだ」
「うん。お兄ちゃん……あたし……」
嘘をつき良心が痛む美亜に罪は無い。誰が、それを攻めようか。
「大丈夫だ」
コクピットの中で、響樹は口角をつりあげる。
「俺が皆を守る。それが選ばれた勇者の宿命だ」
「響樹よ。お主はまだそのような事を」
英雄。勇者。耳に心地よい言葉を並べても、彼らは只利用されているだけに過ぎない。
命賭けて世界を救ったあとに残されるは賞賛じゃなく、強大な力に対しての恐怖。
二十代前半のラガと違い、響樹は若い。十代の少年だ。守るべき人々の負の感情をぶつけられた時、それに耐えられ程の心を持つ事が出来るのか。
恐れているのは絶望した響樹が闇落ちし、スサノオ神話通りに荒ぶる神となった時、世界そのものが闇に包まれる。それはイザナミ率いるヨモツ族にとって、快適な環境となるのだから。
ならばこそ。ならばこそだ。
「そうならないようにと、導くつもりじゃった。儂が主を信じなければならぬのに。これでは否定ばかりの老害そのもの。いやじゃいやじゃ。年はとりたくないものじゃ。のう響樹よ、お主の好きなようにやるといい。ケツは、ばばぁがふいてやる」
「おうっ!」
スサノオンの外部装甲が、通常の鎧武者へ戻る。腰には艶が無い薄黒色の鞘を装備していた。
【神殺し黒のクサナギ】は奪われ手元に無い。
ならば腰に帯刀してる精気を感じられないあの不気味な刀の正体は……。
「――抜刀」
青白い炎を噴き出しながら、鞘から引き抜いたのは、神殺しの片割れ。
「これが神話の時代、生体兵器ヒノカクズチとして造りだされた儂の姿の一つ。その銘は、【神殺し闇の刀ムラクモ】じゃ」
ゆらゆらと揺れ動く蒼い炎を見ていると、一瞬意識を失い吸いこまれそうになる。
深淵の闇に捕食されてしまうのか。響樹はそう錯覚してまう。
「ヘヒイイッッ」
そしてそれは、前方のヨモツ獣も一緒であった。そうだ獣だ。ケイはもう狩るべき敵となってしまっていた。
彼と出会ったのは、ほんの数日前。だが響樹とケイの間には確かな師弟関係があった。
そんなケイを狩れるのか。
響樹は自問自答する。
狩れる。そうしなければ美亜を取り戻せない。
その為なら俺は鬼となる。例え他者が掌からこぼれ落ちようとも。
「!」
そうか。羅我も同じか。
勇者ラーヴァンとして、本当は全員をイザナミの魔の手から救いたかったんだ。
そんなの絵空事で不可能な事を、ラガ自身理解してたのだ。
仮面の中で鬼は涙を流し、修羅の道を突き進む。
響樹はやっと羅我という男を知る。
響樹俺は羅我俺なのだと。
「俺に出来る事は一つだけだッ! 聞こえるかケイッ! 俺を恨め。その憎しみを全てぶつけてきやがれッッ!」
「ギャァァスッッ!」
土煙をあげ四肢は踊る。額の角を中心に硬い鱗がささくれて、逆立つギャラリーと共に憧れのスターへ愛を運ぶ。
響樹は、スサノオンは微動だにしない。動けないのではない。自らの意思で、動かないのだ。
このままでは獣化したケイに跳ねられてしまう。ドッシリと見るからに重量感のある体躯。あれが全力で向かってくる。
パワーのタヂカラオウなら、あるいはスピードのウズメなら対応可能。だが技のノーマルフォームで行くならば、馬鹿正直に正面から立ち向かう必要なんてない。武装で戦えばいいのだから。
何故響樹は、この選択をしたのか。
ザクリ。激しい衝撃が機体を襲う。スサノオンのボディに、赤鬼の角が突き刺さる。
「がはっッッ!」
先端がコクピットまで伸び、破片の欠片は響樹を傷つけた。
「響樹ッッ! だからパイロットスーツを着ろと儂があれほど……」
「説教はあとだぜ。俺の好きなようにやる。ケツふいてくれるんだろ? ばばぁ」
「もちろんじゃ。あの時ああしとけば良かったと、後悔しないようにのう!」
ガツンガツンガツン。密着する赤鬼の一撃一撃がスサノオンを壊していく。外装甲は抉れ、黒いオイルが流れだす。
その都度にコクピットルームは、大災害レベルのマグニチュードで揺れ動く。本来ならこのような揺れかたなど設計上しない。
角だ。巨大な一本角がコクピットに突き刺さっている為、衝撃の波は津波となりダイレクトに襲ってくるのだ。
「……すまねえな、ケイ。俺はお前に殴られてやることしかできねぇ。この一撃、一撃がお前の味わった苦しみなんだな。俺はお前じゃないから、お前の辛さはわからん。だからこの痛みを俺は肉体と心に刻む」
操縦レバーを響樹は強く握る。
「アバよ。ダチ公」
――斬。ムラクモが体に突き刺さっている全ての角を斬る。
自由を取り戻したスサノオンは、赤鬼を真っ二つに切断した。
空間が歪みだす。それはムラクモが生み出した底の見えない深き闇。
螺旋に描く深淵から、何者かがこちらを覗いていた。
「あぎぃぃぃるッッ!」
咆哮しそこより飛び出すは、八又に広がる紅蓮華が作りだす炎の龍。
「さらばじゃ!」
切断された赤鬼の肉体全てを、龍は飲み込む。
「……あさ……ひ」
ヨモツ獣はそう吠えると虚無へ帰った。
「大バカ野郎。最後にうらみの言葉をはいていけよ」
響樹は泣きながら、ムラクモを鞘に収めた。
「あぁ……また虚無へ奪われていく。あなたを救いたかったわ。ケイくん」
結界の外で沙耶がいや沙耶であったものが、一部始終を見ていた。その表情は悲しみに満ちている。演技ではない。本当に沙耶は、ケイが虚無へ帰った事に心痛めていた。
「ヨモツにとっての救いは死か、沙耶」
そう言ってオロチが近づいてくる。恐い顔だ。感情を無理やり押し殺している。
「あら、まだわたくしを沙耶と呼んでくれるのかしら。オロチ」
「ならイザナミと呼ぼうか?」
「くすっ。好きにして。それよりも貴方、わざとでしょ? ケイくんに与えた蛇の尾が贄の少女を求めて動いた時、邪魔したわね。そのせいで奪えなかった。貴重な贄を」
「たまたまだ。僕を信じないのか? 沙耶の肉体にお前を寄生させたのは、このオロチだ」
「そうね。ごめんなさい。信じるわ。だって貴方は、わたくしのもの。この身に宿る神殺しクサナギがその証し」
沙耶はオロチに抱きつき、その身を委ねた。




