四人目の使い手(4)
それにいち早く気づいたリリスは、機体を離脱させる。
「ナイスアシストだ、リリス。刃を通すならタヂカラしかねえか」
リリスは頷く。彼女もわかっているのだ。
乾いたスポンジが水を吸収するように、赤鬼は学習している。
攻撃をすればする程に対策を覚えていく。
このまま戦闘を続ければ、不利になるのはこちら側だと。だがしかし、リリスは響樹を止めない。
我が主ならば、この逆境も乗り越えられる。でなければ蛇神イザナミを虚無へ帰す事なんて、夢のまた夢に過ぎない。
リリスのその決死の覚悟が、響樹にも強く伝わっている。
スサノオンの体型が変わった。スリムな姿から異常に両腕が太いずんぐりした姿に。
「タヂカラのパワーを受けてみやがれッ! ヨモツ獣ッッ!」
スサノオンは赤鬼を捕まえ持ち上げると、足を支点にしてグルグル回転しだす。
「鬼神百八の必殺技が一つッ! 荒神竜巻落としッッ!」
螺旋状に回転する赤鬼は真っ逆さまになり、頭部から大地へ激突する。一本角は食い込み動けない。
これで自慢の動体視力は、無駄となる。それでも響樹は、油断しない。
スサノオン・アイで赤鬼を目視する。
なるほど頭部から背中、尾にかけて岩石皮膚で覆われている。見るからに強度が強いのがわかった。だが腹部はどうだ。硬い背中側に比べ、こちら側は柔らかいではないか。
次の狙いは決まった。
「卑怯とかいうなよ。これは命のやりとりだ。情けをかければ死ぬのは、こっちだ」
自分に言い聞かせ響樹はトリガーを押した。
スサノオン・ビームが腹部を焼く。ドロドロと真夏の炎天下、外で溶けだすアイスクリームは焼き肉の匂いがする。
「ひぎゃぁぁっ! やめてぇぇ、なんでボクにこんな事をを響樹さんんん」
「な、なんだと……お前ケイなのか」
そんな事があってたまるか。
美亜は言った。
【ケイさんと他の人の無事は、あたしが確認したよ】
いや、ちょっと待て。ならヨモツ獣は一体誰に寄生したのだ。
嘘をついたのか。美亜が。何故そんな事を……。
いや違うと、単純脳筋の響樹でもそれに気づく。
美亜は響樹が戦える為に、一人罪を背負ったのだ。
「ケイですよ。一体なにがボクに。体が動かない。うぅ血が気管に入りそうで息苦しい」
「詳しい話しはあとだ。待ってろ、今体勢を戻して……」
機体を動かすアクセルペダルが踏み込めない。ロックがかけられていた。
後部席のリリスの仕業だ。
「リリス頼む。ロックを外してくれ! コイツは獣じゃない人間だ! 姿形違くても、俺達と同じよ!」
「むううっ……」
リリスはそう呟き口をつぐむ。わずかの沈黙。響樹はそれが億千万の悠久の刻に感じた。
「離して! 美亜ちゃん。あれケイくんだって。わたしにはわかるよ!」
長い沈黙を打ち破ったのは、旭の声であった。
その手には、結界の影響で反応しない携帯を強く握りしめている。
「……よかろう。人の意思がヨモツ獣を超える。そういう事例は、神話の時代から存在する」
「センパイ、わたしも行く」
「おう」
掌に旭を乗せて、スサノオンは赤鬼へ近づく。
「ケイくん、今助けるからね。お願いセンパイ」
響樹は頷き、逆さまになっている赤鬼を引き抜き大地へおろした。
「あ、朝比奈さん、ボクの身になにが起きた?」
「そ、それは」
この状況で迂闊な事は言えない。旭は空気を読む。ヨモツ獣に寄生された事を知れば、どんなに傷つくだろうと。
「気をつかわないで。ボクは巨大化したんだね。君のサイズを見ればわかるよ」
ケイはそう言い、ヨモツ獣となった自らの体を眺めた。
「うわぁああっ!」
足元で声が聞こえた。生徒達がこちらを見上げて逃げていく。
何故か結界が消えていた。
二体の巨大な鬼が外界に晒される。それを目撃した者達は、日常からの非日常のあり得ない景色に思考がついてけない。
「ば、化け物ッッ!」
所詮はそういうものだ。ネットという安全な場所で傍観出来るから、鬼の勇者様を許容出来るだけ。
実際その目で見れば掌返す。
人類の歴史は戦いの歴史。同族である人間同士でさえ、醜く争い殺し滅ぼし合う。いつの時代でもわかりあえない。悲しい生き物。
そんな種族の前で二体の異形な姿した巨神がいきなり現れたのだ。その恐怖は計り知れない。例えそれが鬼の姿をした正義の味方だったとしても。
武器さえ持っていれば恐怖は怒りへ転じ、彼らは攻撃してくるだろう。
これが命をかけて守ろうとしている者達の正体であった。
「ち、違うボクは」
ユラユラとヨモツ獣の本能が揺れ動く。
「外野の声を聞くな。右から左へ聞き流せ。お前を信じてるぜ」
「ケイくん大丈夫だから。センパイとリリスおばあちゃんが、必ず元に戻してくれるよ」
泣きそうになるのを旭は堪え、手を伸ばす。
「うん」
今度こそ他人を信じようと、ケイは素直に頷く。
――ヒュンッ。風を切り裂く音が鳴る。
「あ、あれっ」
ポタポタポタ。旭の額が、ばっくりと抉れた。注ぎ口となった額から、血のスープが右掌に注がれていく。
痛みが麻痺しているのだろう。旭はキョトンとした顔で額を触り崩れ落ちた。
「あ、さ、ひ」
その惨劇を引き起こしたケイは、一文字一文字区切りながらもハッキリした言葉で彼女の名前を呼ぶ。
「きゃぁぁっっっっ! 人殺しぃぃ!」
その光景を目撃した生徒の叫びが、校舎にこだまする。




