四人目の使い手(3)
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ゾクゾク。屋上にいる響樹の産毛が、一斉に起立する。着席してるものなど、誰もいない。
これで何度目か。この脳を引き裂かれる感覚は。
いまだ慣れない痛みは、狩るべき獣がいると教えてくれる。
旭といるリリスも感じたのだろう。直ぐに地獄門を発動するが、コンマ一秒遅い。
例えるなら、買おうと思っていた限定品最後の商品が、目の前で買われただ。
隣の校舎が崩れていく。その状態で、結界は張られた。
「すまぬ、響樹。間に合わなかった」
リリスはそう言って、頭を下げた。
あの半壊した校舎は、保健室や図書室などがある。放課後で学校関係者は、少ないかも知れない。それでも犠牲者がいる事だって考えられた。
直ぐに救護すれば助けられる命がある。しかしその為には、結界解かなければわからない。
「結界を解けッ! リリス」
「ならぬッ! そんな事すればどうなるか、わからぬお主ではあるまい」
「いやわからねえ。この手で救える命があるなら、俺は助けるッ!」
「ねぇセンパイ。ケイくんは? 屋上で大事な話しがあるっていったじゃん」
旭の顔色は青ざめている。あの半壊した校舎の下で、潰れたケイを想像しているのだろう。
「結界をとけ。俺はラガが出来なかった事をやる。前世の記憶後悔はその為にあるのだ!」
「大たわけが!」
「――ギャアァァァス」
錆びつく獣の声がする。二人はそれがヨモツ獣から発したものと判断し、言い争いは中断した。
半壊した校舎から出てきたのは、異形なる巨人。額から一対の角を生やす鋼の赤鬼。
「スサノオンに似ているのう。獣の種は何に寄生したのか」
リリスの目線を響樹も追う。
巨人全身は砂塵にまみれている。足元よりも上半身が特に酷い。まるで埃のシャワーを浴びた様で。
「リリス、あれは……」
「何者かが寄生され獣となり、巨大化したのじゃ」
「……人なのか。ならあの姿は……」
「覚悟を決めろ。響樹よ。宿主はスサノオンに、いや鬼の勇者に強い憧れを持つ誰かじゃ」
響樹達の脳裏に浮かぶは、一人の生徒。
「そ、そんなのケイくんに決まってるじゃん。殺さないよねセンパイは、鬼の勇者。正義の味方でしょ!」
「大丈夫だよお兄ちゃん、皆」
ツインテールを揺らして天使が微笑む。そのヒマワリの笑顔は、場の空気を和ませるに充分すぎた。
「お兄ちゃん? センパイの妹? 幽霊?」
旭の周りに浮かぶはクエスチョン。
「美亜です。ケイさんと他の人の無事は、あたしが確認したよ」
「よ、よかったぁ。わたし旭。響樹センパイの後輩」
「……美亜、旭を頼むのじゃ。ヨモツ獣の贄にはさせぬ」
「うん。行こう旭さん、ここは戦場の中心となるし」
もう旭に迷いはない。頷き響樹達の邪魔にならない様、美亜と共に動きだす。
「すまぬのう、美亜。辛い役目を押しつけて」
その真の意味を旭が知るのは、戦い終わった後となる。
「デュワッ!」
壊れていく校舎をバックにして、スサノオンは構えた。無手である。
黒い神殺しクサナギは、今やオロチの手の中だ。
「ギャァッス!」
偽スサノオン、赤鬼の獣はそれを真似て無手で構えた。
「さっさと貴様を倒し、救助させてもらうぜッ! ――鳴り響け。十の雷鳴」
鋭く尖る指先に十の雷が飛来する。
「必殺・タケミカヅチッ!」
両手の指先から伸びる雷の刃が、赤鬼を切り裂く。だがそうなる前に、赤鬼は素早い動きで後方へ飛びかわす。
「にいいっ」
響樹にとってそれも想定の範囲内。猛禽類の鋭い目つきは、着地点に狙いを定め笑った。
「スサノオンビームッッッじゃ!!」
鬼神の体内を駆けめぐるアマ・テラスエネルギーで熱しられた血液オイルは滾り、熱光線となり目から噴火する。
「カッハッハッ。どうじゃ! 外見を真似ても所詮は偽者よ。貴様には無いアマ・テラスエネルギーをたらふく味わうのじゃぁ!」
光線が足場に触れ大地を溶かす。それよりも速く赤鬼は大地を蹴り真横へ逃げた。
「なんだとっ! ちょこまかと素早い奴だ」
「ぐぬぬ。あの動き。只速いでは納得いかぬわ。まるでこちらの攻撃が、わかっているかのようじゃ」
「へっ。ならこれで行くぜ! チェーンジ・天翔ける女神ッ!」
ウズメフォームとなり、身軽になったスサノオンを止められるものは誰もいない。
まばたきする間もなく、赤鬼の目前へ到着する。
両手の指先はいまだ十本の鉤爪、タケミカヅチが生えていた。
スサノオンの角は四本。対して赤鬼の額には一本。響樹はその角へ狙いを定め、振り下ろす。
――スッ。鉤爪はその目的を果たす事が出来ずすり抜けた。
「マジかッ! これをかわすのかよ! なんて速さだ……ウズメを真似たか」
「ありえぬ。あくまでも真似出来たとしても、外見だけ。スペックそのものは変わらぬのじゃ」
「ハンパねえ相手だぜ」
「……ゲッゲッケッ。憧れの勇者もそんなモノカ」
「獣が喋っただと」
「……宿主の意識が強いのじゃろ」
「乗っ取ったと、言ってもらおうカァァ。この与えられた、獣の肉体をナァ」
この獣の声聞き覚えがある。だがコピーにコピーを重ね劣化したノイズ混じりの無修正動画といえばいいのか。肝心なところが見えない。
誰の声か、響樹にはわからなかった。だが、これだけは確信している。
瞳の奥底から発する粘つき絡みつく獣の視線には、他者への怒りに満ちていた。
「響樹よ、こやつはもう……」
「わかってる。獣は狩るそれだけだ」
塗りつぶせ。復讐の絵具で、キャンバスを。黒く黒く黒く。
土煙があがる。スサノオンの足は大地を蹴り上げた。その時にはもう、赤鬼の背後へ回っている。
――タケミカヅチ。
十の刃がクロスする。だが今回もまた命中しない。
「なるほどのう。そういうことかい」
超高速の動きを赤鬼は、目で捉えているのだ。恐るべき動体視力と反射神経であった。
「じゃがな。我が主もなかなかのものよ」
赤鬼の体全身に斬り傷が浮かぶ。
「ヒぎっ」
自らの体の異常を感じて逃げだすが、もう遅い。
体中から噴き出すは、緑色した体液。スサノオンに似せたとはいえロボットではない。獣だ。体内から血液を失えば待っているのは、死。
死ぬことに恐れはなく、怖いのは母を護れぬ事。獣の本能がそう訴えかけている。
「直接攻撃があたらねえなら、空間ごと斬るだけだぜ。カマイタチでよ」
タケミカヅチが風を切り裂くことにより、真空の刃を産み出したのだ。
どんなに動体視力が優れていても、不可視なものは捉えられない。
勝負の行方はスサノオンに軍配があがると思われた。
「ゲッゲッケ。おもしろい技だなァ もう一度やってミロ」
斬り傷が痛むのか、赤鬼は四つんばいになり挑発してくる。
「止めても無駄じゃろ、響樹」
「あぁ」
赤鬼は何かしらの策を講じてくるのだろう。だが戦う以外に道は無い。
逃げれば贄に選ばれた旭は終わる。
「のってやる。その挑発に」
――タケミカヅチッッ。
風を切り裂き空を斬る。真空の刃が再び獲物の体を襲う。
「ヘヒィ」
赤鬼のつりあげた口角から、呼気がもれた。
響樹は見た。赤鬼の体から流れ、霧状になった血が周辺を漂うのを。
血は教える。カマイタチの軌道を。
赤鬼はそこから攻撃を読み、不可視の刃をかわした。
「ヒヒヒ。一つまた一つ貴様の手の内をボクは知ル」
「その手は長く続かないぜ。そのまま行けば、お前は出血死だ」
「それはどうかナ……ァ」
血の流れが止まった。
傷口は塞がり、患部をゴツゴツした岩石型の皮膚が覆う。
「ボクの計算では、もう血を流す必要はない」
宿主の自我が完全に獣をコントロールしたのか。濁る瞳の中に強い光を感じた。
「その技はもうボクには効かないよ。スサノオン」
サイに似た姿となった赤鬼は、四つ足で力強く大地に立つ。
「ならば受けてみるがいいッッ!」
宙を走りぬけ赤鬼の頭上を支配する。狙いは頭部と胴の繫ぎ目である。そこへタケミカヅチを突き刺す。
「なにぃ!」
刃が硬化した皮膚に通らない。切れ味が劣化したのでは無く、力が圧倒的に足りない。岩石の硬度よりも単純に弱いのだ。




