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1話 ヨモツ獣を倒せ(1)

某サイトで1位独占してた作品のリメイク。

 憎い。暗い深緑の底で封印された邪悪な女神がそう呟く。

 ボコォリ。憎しみは泡となり、海底から怨念が浮上する。


 砂浜に骨つぼが打ちあげられていた。中身はなく、蟹の住処となっている。

「ぬぅ。間に合わなかったのじゃ」

 そう言って腰まで伸びた赤髪の幼子が壺を蹴飛ばすと、蟹は一目散に逃げていく。

「お母様。流石にそれは罰当たり」

 幼子をそう呼ぶ黒髪の美少女は呆れた表情で、母に注意する。

 二人は親子だ。髪色の違い外見年齢などあるが、それ以外は瓜二つ。

 実に奇妙な親子であった。

「罰当たり? 今からそれ以上の事をするのじゃぞ。沙耶」

「そうですね。母様」

 二人の前で海面がジェル状に持ち上がっていく。

 グルグルグルグル。反螺旋状に回転しながら高く高く積みあがるは、バベルの塔。

「ずいぶん立派な姿に神化したな。ふはははっ、正体を見せぃイザナミ神の眷族ヨモツ獣よッ! 我が名はリリス。神世の時代イザナミに滅ぼされた高天原ムーの生き残り龍族ムー人の末裔じゃ!」

 砂の塔は無惨に崩れ具現化したのは、巨大な蟹の化け物。

 その名は、ヨモツ獣。人の魂を贄として喰らう。別宇宙から来た寄生型生物兵器。


「準備はいいか沙耶よ」

「はい。母様」

 沙耶はリリスの前に出る。守るため。否、戦うためだ。

「創造クリエイト。鬼神咆哮・スサノオンッッ!」

 にいっっっ。口角を吊り上げ笑うリリスはそう叫ぶと、魔力をこめて唱う。

 それは神々の次元を越えた鎮魂歌レクイエム。

 平和に暮らしていた神々の国、高天原を侵略に来た蛇悪の女神と戦う為、産み出された三鬼神の巨大ロボ。

 その一体。蒼のスサノオンが、現代日本の東の地、神嶋市で今具現化する。


「んぐっっ!」

 沙耶の美しい顔が苦痛に歪む。蟹型ヨモツ獣の攻撃か。違う。苦悶に悶える表情には、明らかに恍惚で身を震わせている。

 それが何を示しているのかヨモツ獣は理解しているのだろう。

 目玉をギョロリと動かし、四本腕のハサミから砂が落ちていく。

 沙耶の頭上にハサミが迫る。

「あぁぁぎぃぃるる」

 獣の咆哮と共に大きく沙耶は仰け反ると、股間から巨大ロボの右腕が生えた。

 股間に宇宙があり、そこからスサノオンの右腕は飛び出したのだ。

 拳を本体に叩きつける。巨大カニは仰向けに倒れ水柱をつくった。

 攻撃は命中した。だがその代償も大きい。右腕がハサミに切断される。

 欠損した傷口から青いオイルを拭きだしながら、次元と繋がる深淵からスサノオン本体が神嶋の海に降り立つ。

 吊り上がるツインアイ。綺麗な鼻筋に口元を隠すフェイスガードの隙間から牙が覗く。

 大きく突き出す額から生える二本角が、正に鬼神を象徴する。

 体勢を立て直したカニの目玉に二人は映らない。

 沙耶とリリスの姿が消えていた。


「鬼神スサノオン見参じゃッ!」

 いつの間に乗り込んでいたのか。機体からリリスの声が聞こえた。

 全天周囲モニターのコクピットルーム。複座式の前方に沙耶。少し高くなった後方にリリスが座る。

「母様、ごめんなさい。あの人から預けられた大切なスサノオンの右腕が……」

「沙耶は良くやっておる。本来の使い手パイロットじゃないのにのう」

 前方モニター一面には、四本ハサミを上下左右に構えたカニが映っている。

「来ます!」

「スサノオンの動き、我にまかせよ。沙耶は攻撃を頼むのじゃ」

「はい!」

 左レバーを動かすと連動してスサノオンの左腕も動く。

「やってやるのじゃ!」

 リリスの長い足がペダルを踏み込み、機械の鬼に魂宿る。

「ぎぃぃぃぃ」

 まるで人間の様な自然の動きだ。ひび割れた呼気と共にスサノオンは走りだす。

 頭上。真横。真下。カニの攻撃に死角無し。一定以上距離をあけ、飛び道具で相手するのが無難か。

「沙耶」

「はい」

 流石親子だ。それだけで意思が通じ合う。

 スサノオンの両肩がスライドし、鎮座する球体は現れる。

 バチバチッバチバチッ。

 球体から複数の針が飛び出し、まばゆい白光が弾かれていく。

「ボルトン・サンダーッ!」

 沙耶の声に音声認識システムは反応し、安全装置が解除する。

 モクモク。人工的に発生する灰色の雨雲が、カニの頭上を覆う。

 雲の中から落ちてくる。光輝くギザギザした刃は、雷の形で出来ていた。

 雷鳴と共に地表を焦がす。焦げた臭いと黒煙が周辺を覆う。

 残念ながらカニに攻撃は命中しなかった。届く前に真横へ滑り続け、移動したのだ。

「ほぅ。蟹に寄生しただけあるのじゃ」

「母様、感心しないで。次発射まで、少し時間かかり……えっ?」

 スサノオンの目に飛び込むは、砂浜を歩く二人の民間人。

「母様!」

「ありえぬ! 結界を張っているのじゃぞ……いや……そうかそうなのか」

「母様?」

「沙耶、あの二人は我らと同じ龍の一族じゃ。全力で護れ!」

「はい!」


 *

 それに気づいたのはヨモツ獣も一緒だ。

 イザナミ神と相打ちになりムーは沈んだが生き残った龍の一族は、火の民と混じりあいこの世界で暮らしている。

 あの二人は龍の血が濃いのだと、カニは認識した。

「贄贄贄贄」

 カニの生贄対象が変わった。

 泡をブクブクと吐き出しながら向かう先は、二人の侵入者。黒髪の少年と赤髪のツインテールの少女だ。

 二人は兄妹か。同じ魂の色をしている。

 極上だ。鼻腔をくすぐるふわふわした匂い。舐めれば一瞬で口の中で溶けそうな柔らかい甘さを想像する。

 ――これならば長き眠りにつく我らが母。イザナミ神の傷も癒やせよう。

 ぶくり。喜びで胴甲羅中心にある唇の口角が吊りあがり泡をふく。

「響樹お兄ちゃん。なにあれ? でかい蟹? 美味そう」

「うーん。多分腹壊すぞ、美亜」

 わはははは。兄妹は仲良く腰に手をあて歯を見せる。

 なんだこの二人は。見上げるほどの異形を前にして平然としていた。

 畏怖。ヨモツ獣は人の恐怖で味つけされた魂を好み、餌にする。

 それなのに響樹と美亜はまるで再放送されたドリフ大爆笑を見て笑う視聴者の様に、両手を叩き喜んでいる。

 これでは餌にならない。腹を空かせながら長い眠りにつくイザナミ神への食料としては不味くてダメだ。どんなに栄養素があって元気ハツラツになっても無理なのだ。

 ならば喰ってもいいのだな。母に渡せぬブタの餌を。

 カニはそう思考し、横向きで走りだす。


 *

「させぬのじゃッ!」

 スサノオンは身を挺して庇う。

 二人は無事だ。しかし機体の腹部が裂かれ、粘つく黒いオイルを吹きだした。

 致命傷だ。これではヨモツ獣と戦えない。

「俺達を守るために体をはるか」

「それで動けなくなったら人々を守れないよね。お兄ちゃん」

「あぁ。だがその行動に俺達は、グッと心を掴まれた」

「えへへ。惚れちゃうよね」

「二人とも、結界の外まで逃げてください。私達が時間を稼ぎます」

「だが断るッ!」

 響樹と美亜は胸の前で腕組みし、自信満々に胸を反らした。

「えええっ!? ど、どうしよう母様」

「ふはっ。そうか。貴様らも、この火の国に転生してたのか。探す手前が省けたのじゃ。主よ」

「わはははは。久しぶりだなリリス!」

「この子が私達の……」

 口角吊り上げ高笑いする二人にカニが迫る。

 機体は動かない。それでも何としても守らないと、沙耶は攻撃レバーに触れるが躊躇する。

 近すぎるのだ。このままでは、二人を巻き込んでしまう。

「優しいな、アンタ。惚れたぜ」

 トゥンク。沙耶の心がチュクチュクときめく。

 現代に転生した主の道具として、沙耶は産まれてきた。彼女の髪の毛から爪先。そして魂の全てまで、主の所有物だ。

 沙耶は道具。使い手からすれば、そこに愛着はあっても愛情などない。

 それなのに沙耶よりも年下であろう響樹は生意気にも惚れたと言う。

 愛。リリスに造りだされてから、沢山与えられた愛とは違う。

 響樹の戯れかも知れない。それでも自分を人として見てくれる年下の男の子を、沙耶は異性として強く意識してしまう。

「ふははっ沙耶、あれこそが我らが愛しの主ラガの転生体よ。変わらぬ。あの豪快さ」

「わはははは。リリス! 俺にスサノオンを使わせろッ! ヨモツ獣は俺がやるッ!」

「御意、ラガ様。ポチッとな」

 そう言ってリリスと響樹の位置が入れ替わる。

 沙耶の前に響樹がいて、美亜の隣にリリスがいた。

 これは響樹とリリスが互いに認識し、繋がる事で出来る秘術。契約してない他者ではできぬもの。

「よっ、俺は御門響樹だ。宜しくな姉ちゃん」

「は、はい主様。私は暁リリスの娘、沙耶と今世では名乗ってます」

「響樹でいいぜ、沙耶さん。全てのコントロールを俺に」

「了解です響樹くん。でも機体は、前世の君から預かっているスサノオンはもう……」

「わはははは。燃える展開だなッ! 沙耶さん」

「あぁ。母様がもう一人いる」

 軽く目眩を起こす沙耶。それでもその声はゴムボールとなりぴょんぴょん弾んでいた。

「お似合いですよ。君と母様。では響樹くんに命を預けます」

「おうッ! 皆の命。俺が預かるッッ! 行くぜスサノオンッッ! ヨモツ獣をぶっ殺すぜッ!」

 ビコンッ。スサノオンの瞳に命が宿る。ギョロギョロと動く目玉が獲物を捉えた。

 本来の使い手が乗り込んだ為、封じられた機体のリミッターは自然と外れた。

「あぎぃぃるッ!」

 裂けている口角から粘着力のある涎がポタポタと溢れ砂浜を汚す。

 喰うものと喰われるも。今やカニは狩人に狩られる餌となった。


 狩るものと狩られるもの。立場が変わったからといって響樹は油断しない。

 正規の使い手が乗った事により、機体の損傷は自然と回復していく。それでもある程度の時間が必要だ。

 三鬼神全て覚醒すれば別なのだが……。

「へへっ。進めば地獄。退いても地獄ってやつか」

「……楽しそうね、響樹くん」

 出会って数分。沙耶から見ればそうなのだろう。

 響樹の口角は、笑みの形を浮かべていた。

「そう見えるか、沙耶さん」

 額から大量の球体が浮かび、肉体は小刻みにリズムを刻む。それを見て沙耶は察する。

 前世で最強の龍戦士も今世では普通の少年。テンション高く豪快を装っているが、それは恐怖の裏返し。

 当然といえば当然だ。悠久の時を生きるリリスや道具として産まれ育った沙耶とは違うのだから。

 トゥンク。沙耶の股間が熱く疼き、気づくと響樹を抱きしめていた。

「さ、さ、沙耶さん。戦闘中だぜ。危ないから、後部席に戻ってくれ」

「感じる? 響樹くん」

「な、なにがぁ」

 響樹の右腕に当たるは強く押しつぶされたビーチボール。波に揺られて行ったり来たりを繰り返す。

「私の鼓動。ドクンドクンって感じるでしょ」

「お、おう。ずいぶん立派な物だな」

「立派って……ごほん。これが命」

「猪木?」

「聞こえてるくせに。照れてるでしょ」

「お、おう」

「私たちの使命は邪悪から命を護る事。主様。力無き弱き者の剣となり盾となる。それが我ら龍一族の使命。それが高天原ムーの勇者、羅我ラー・ヴァンの銘を継ぐ響樹くんの宿命さだめ」

「宿命か。ふはっははははっ」

 出た。この笑い声だ。これで恐怖を仮面で隠し、響樹は勇者として世界を救う。だがその沙耶の想いは、次に放つ響樹の言葉で踏みつぶされる。

「この俺、御門響樹は世界を救わない」

「えっ……どうして前世の記憶を覚えてるのに」

「悪いな沙耶さん。ヨモツ獣は殺す。だがそれは世界のためじゃない。……沙耶、後部席に座れ。邪魔するなら降りろ」

「……主様」

 年下の生意気な可愛い少年から抑えきれない負のエネルギーを感じた。これは怒りの感情だ。危険だ。負に支配された道の終着点は行き止まり。だがそれでもいい。例え世界のためじゃなくても。

「響樹くん。むかつく」

 そう言いながらも内心怒ってない。きっと理由があるのだろう。今は戦ってくれるだけでいい。

 あかんべーと舌を出し、沙耶は後部席に座った。


 沙耶とのじゃれ合いも終わり、響樹は正面の敵へ意識を集中する。

「塗りつぶせ。奴らが俺たちに何をしたか」

 ザワザワと響樹の心がささくれ立つ。穢れを知らない少年の魂は真黒に染まる。

 響樹の闇に機体が反応する。スサノオンのフェイスガードが再び開き、鼻筋の通る綺麗な顔が晒された。だがそれも一瞬。

「ぎぃぃぃぃ」

 鬼神は獣の声をあげた。魂を掴まれ、錆びたナイフで力任せに無理矢理引き裂かれていく。そんな錯覚を聞く者全てに与えた。

 粘つく涎を垂らしながら、口角が耳までつり上がる。

 鋭く尖るギザギザしたノコギリ型の牙が見え、赤黒い舌が口内から吐き出された。

「これが使い手の力。機体のスペックがここまで変わるなんて。私には絶対無理」

「ぬうっ沙耶さん。それは違うぞ。皆それぞれ役割がある。さっきは言い過ぎた。俺一人じゃ奴に勝てない。君が欲しい。その力を俺に貸してくれッ!」

「響樹くんは私が『何か』知ってるのね。もぅ……ホント君といるとハラハラしかしない」

 沙耶の股間が再びキュンキュン疼く。

 沙耶は道具。自分の意思がどうであろうと主には逆らえない。それなのに、力を貸してくれと頼むのだ。

「はい。喜んで響樹くん」

 熱い視線で響樹に微笑む。


 *

「ふははははッ! 来い沙耶ッ! 抜刀ッ!!」

 ――クリエイト・クサナギブレードッッ!

 響樹の詠唱と共にコクピットルームが光り輝き、キラキラと粒子が舞う。

 後部席にいた沙耶の姿が消えた。



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