実る想い
ひょんなことからアメリがヴィレーム子爵邸に滞在することになった。
リオネルはアメリの好奇心旺盛な表情や、自身がつくった料理を美味しそうに食べる姿を見て、嬉しく温かな気持ちになっていた。
(明日、アメリ嬢のご両親が迎えにいらっしゃる……。彼女と過ごせるのも今日が最後か……)
時が過ぎるのは早く、アメリがヴィレーム子爵邸にやって来てもう一週間になる。
リオネルは少し寂しさを感じていた。
脳裏にこびりつくのはアメリの溌剌とキラキラした表情。
(彼女は公爵令嬢。僕は田舎の子爵家の長男。上級貴族と下級貴族の結婚は可能だけど、彼女にはもっと良い人がいるはずだ……)
リオネルはアメリに恋心を抱きつつも、それを表に出すことはしなかった。
(きっと僕の気持ちはアメリ嬢にとって迷惑かもしれない)
リオネルはフッと苦笑するのであった。
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アメリは窓の外を見てため息をついた。
(明日、お母様達が迎えに来てしまうのね……。あと一日もあると考えたいけれど、明日にはリオネル様がいない生活になってしまうわ。オノリーヌ様とお話しするのも楽しかったし……)
アメリの気持ちとは裏腹に、窓の外は青々とした清々しい空である。
(リオネル様……)
アメリにとってリオネルは素敵なヒーローだった。
森で迷い、足まで挫いて心細い時に助けてくれたのがリオネルだ。たったそれだけで、アメリにとってリオネルは大きい存在になった。
そこからヴィレーム子爵邸で過ごしていくうちに、リオネルの優しさに触れ、胸がドキドキしていたのだ。
(ヴィレーム子爵家に嫁いでリオネル様の妻になりたいと言ったら、彼は困るかしら……? 私、まだ出来ることは少ないし……)
アメリは再びため息をついた。
「アメリ様、ため息なんかついてどうしたのですか?」
オノリーヌは心配そうにアメリを覗き込む。
「オノリーヌ様……。明日迎えが来ると考えたら、何だか寂しくて……。オノリーヌ様と直接話す機会が減ってしまいますし、リオネル様とも……」
アメリは寂しげな表情である。
オノリーヌは少し考える素振りをし、優しく微笑む。
「もしかして、アメリ様はお兄様のことを男性として好きなのですか?」
「……はい」
アメリは頬を赤くして頷いた。
「ですが、リオネル様にとっては迷惑でしょうし」
「お兄様は迷惑だとは思わないはずですよ」
オノリーヌの言葉に、アメリは少し考え込む。
「オノリーヌ様、まずはリオネル様に感謝の気持ちを伝えたいのですが、お手伝いしていただけますか?」
おずおずとした様子のアメリ。
「ええ、もちろんです」
オノリーヌは快く頷いた。
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アメリとオノリーヌは厨房に移動した。
「アメリ様、そのタイミングです」
「はい! えっと……あら? 上手くいきませんわ……。えっと……」
アメリは不慣れな手つきで何かを作っていた。
「ごめんなさい、アメリ様。私が火を扱った料理が得意なら手を貸せるのですが……」
オノリーヌは苦笑する。
実はオノリーヌは火を扱った料理が壊滅的に下手なのだ。焦がして食材を無駄にするだけならまだマシな方だが、厨房で火事を起こしかけたこともあった。
それ故に、オノリーヌは火を扱うことを禁じられた。
今回石造りのかまどの火は執事に起こしてもらったのである。
ちなみに、オノリーヌは火を扱わない料理なら得意である。
(リオネル様の為に、せめてものお礼として……!)
アメリは必死に焼いているものをひっくり返そうとしていた。
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「アメリ嬢、オノリーヌ? 一体何が……?」
ヴィレーム子爵邸敷地内の農園から戻って来たリオネルは、アメリとオノリーヌの様子を見て首を傾げている。
アメリガックリうなだれており、それをオノリーヌが励ましていた。
「私、リオネル様へのお礼に料理をしてみたのですが……」
肩を落としているアメリが持つ皿の上には、辛うじてまだ食べられそうではあるが黒く焦げたパンペルデュが乗っていた。
リオネルへのお礼に料理を作ろうと思ったアメリだが、料理初心者なのでそう上手くはいかなかったようだ。
「私が作るものよりは遥かにマシですよ。完全な炭にはなっていませんし」
オノリーヌは必死にアメリをフォローしている。
リオネルは食べられるが明らかに焦げて苦そうなパンペルデュを見て、ヘーゼルの目を優しく細める。
「ありがとうございます、アメリ嬢。それなら、これを追加しましょう」
リオネルはミルクとクリームと蜂蜜を用意した。
「オノリーヌ、氷と塩も用意してくれ」
「はーい」
リオネルの指示に従い、氷と塩を準備するオノリーヌ。
「何をなさいますの?」
アメリは少しだけ元気を取り戻し、不思議そうに首を傾げた。
「まあ見ていてください」
リオネルはフッと口角を上げた。
容器にミルクとクリームと蜂蜜を入れ、塩を振った氷の上で混ぜるリオネル。すると、混ぜているものがどんどん固まっていく。
「まあ……! 凄いですわ……!」
アメリはアメジストの目をキラキラと輝かせている。
「はい、ミルクアイスの完成です。アメリ様がお作りになったパンペルデュと一緒に食べましょう」
「はい!」
アメリは満面の笑みで頷いた。
アメリが作ったパンペルデュは苦味があったが、リオネルが作ったミルクアイスでその苦味は中和された。
三人は甘苦い昼食を楽しんでいた。
「リオネル様、一週間本当にありがとうございました。毎日が楽しかったですわ。せめてものお礼として、パンペルデュを作ろうとしたのですが、このような形になり申し訳ございません」
アメリは少し肩を落としていた。
「いえ、気にしないでください、アメリ嬢。僕も、貴女がいた日々はとても楽しかったですよ」
リオネルは優しくヘーゼルの目を細めた。
「オノリーヌ様も、色々と助けてくださりありがとうございました」
「いえいえ、私もアメリ様と過ごせて楽しかったし、お互い様ですよ」
オノリーヌはふふっと笑っている。
「アメリ様、せっかくですから、お兄様に伝えてみてはいかがですか?」
優しく微笑みながらそう耳打ちするオノリーヌ。
「……そうですわね」
アメリは意を決したようにリオネルを見る。
「どうしました?」
リオネルは不思議そうな表情だ。
「あの、リオネル様……私が、ヴィレーム子爵家に嫁ぐことはご迷惑でしょうか?」
アメジストの目は真っ直ぐリオネルに向けられている。
「え……?」
リオネルは驚いてヘーゼルの目を見開いた。
心臓が大きく跳ねる。
「アメリ嬢が……ヴィレーム子爵家に……!? それは……僕の妻に……ということでしょうか?」
リオネルは期待しないように、恐る恐る聞いてみた。
「はい」
アメリは迷いなく頷いた。
「ヴィレーム子爵邸での日々は、毎日が新鮮で楽しかったですわ。それだけではありません。私は、リオネル様が好きなのです」
アメリは自身の真っ直ぐな想いをリオネルに伝えた。
少しの沈黙が流れる。
オノリーヌはアメリとリオネルを見守っている。
「アメリ嬢、貴女の気持ちはとても嬉しいです。僕も……貴女が好きですよ。何事も楽しむ様子や、美味しそうに食べる姿に惹かれています」
リオネルは穏やかな声だ。
「ただ、アメリ嬢はまだ十四歳。成人まで二年あります。それまでに心変わりするかもしれませんよ」
「そんなことありませんわ。私は、リオネル様が良いのです。ヴィレーム子爵領全体を見たわけではありませんが、この土地の雰囲気も気に入ったのです」
アメリは前のめりになる。アメジストの目は力強かった。
リオネルは少し考える素振りをしてから口を開く。
「分かりました。それなら、二年後。二年後アメリ嬢の気持ちが変わっていなければ、僕と婚約していただけますか?」
リオネルのヘーゼルの目は、真っ直ぐアメリを見つめていた。
アメリはパアッと満面の笑みになり頷く。大輪の花が咲いたような笑みだ。
「はい! 喜んで!」
「良かったですね、アメリ様。お兄様も、この先アメリ様を泣かせないでくださいね」
見守っていたオノリーヌはホッとしたように表情を綻ばせている。
ヴィレーム子爵邸での生活を通して、アメリとリオネルは心を通わせた。そして、見事に想いを実らせたのである。
そして数年後、婚約期間を終えてリオネルとアメリは結婚し、ヴィレーム子爵領での穏やかな生活を目一杯楽しむのであった。
読んでくださりありがとうございます!
これで完結です。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
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