硬くなったバゲットはパンペルデュにしよう
アメリは軽い捻挫だったので、翌朝にはゆっくりとなら歩けるようになっていた。
「アメリ嬢、動けるようになっても、まだ安静にしておいてくださいね」
「分かっておりますわ、リオネル様」
リオネルの言葉にアメリは少しだけ肩を落とす。
勝手に一人で森を進み、仲間とはぐれて足も捻挫したアメリ。たったそれだけでリオネルはアメリの好奇心旺盛具合を理解した。
リシュリュー公爵領と比べると遥かに田舎で刺激はないだろうが、恐らくアメリは色々と興味を示して歩き回るだろうと予想するリオネル。それ故、アメリに釘を刺しておく必要があったのだ。
案の定アメリは探検するつもりだったらしい。
「アメリ様、早速お一人で着替えられたのですね」
オノリーヌは感心したような声だ。
「ええ。昨日オノリーヌ様にやっていただくところを見てコツを掴みましたわ。それに、ヴィレーム子爵邸でお世話になるのだから、その家の方針には従うべきですわ」
アメリは自信満々なしたり顔だ。
するとオノリーヌはヘーゼルの目を丸くする。
「あら、オノリーヌ様、いかがなさいました?」
「意外ですね。何というか、上級貴族の方々は、こう、高飛車で自分がルールってイメージがありましたので」
「オノリーヌ、失礼だろう。アメリ嬢、妹が申し訳ない」
オノリーヌの正直な発言にリオネルは少し慌てた。
「いいえ、気にしておりませんわ。確かに、そういう方々がいるのは事実です。しかし、そういった方々は総じて破滅を迎えておりますわ。王家の方々はそういった表立っての傲慢な態度を好んでおりませんし」
アメリは悪戯っぽく笑った。
朝食がまだなので、リオネル達は準備を始めた。
アメリは興味津々にその様子を見ている。
「お兄様、バゲットが硬くなっています」
「ああ、確かにこれは食べにくい」
オノリーヌから受け取ったバゲットでリオネルは軽く調理台を叩く。コンコンと良い音がした。確かにそのまま食べるにしては硬過ぎる。
「今朝養鶏場で卵が手に入った。ミルクと蜂蜜もあるからパンペルデュを作ろうか」
リオネルは少し考える素振りをしてからそう言った。
「パンペルデュ? 何ですの、それ?」
アメリにとっては初めて聞く言葉だったので、不思議そうに首を傾げている。
「硬くなったバゲットを卵とミルクと砂糖を入れた液に浸して焼いた料理ですよ。ヴィレーム子爵家では、砂糖の代わりに領地の養蜂場で採れた蜂蜜を使用します」
説明しながらリオネルは卵とミルクと蜂蜜を取り出した。
「まあ、どうやって作りますの?」
興味津々な様子でアメジストの目をキラキラと輝かせるアメリ。
「アメリ嬢、今から作るので、よろしければ見ますか?」
「はい!」
アメリは嬉しそうに頷いた。
その様子にリオネルは少し頬を緩める。
(何というか、僕からしたら普通のことだけど、それをこんなにも興味を持たれるのは新鮮だな)
リオネルはまず硬くなったバゲットを息を吸うかのように簡単に切っていく。その隣でオノリーヌが手際良く卵を割り、ミルクと蜂蜜を適量入れて混ぜる。
そして、リオネルは切ったバゲットをオノリーヌが作った液に浸す。
「まあ……!」
一連の様子を見たアメリはワクワクとした様子だ。
「これで二十分くらい待ちます。その間にベーコンを焼くのとサラダを作りますよ。オノリーヌ、サラダは君に任せる」
「分かりました、お兄様」
リオネルは石造りのかまどに火を焚べてベーコンを焼き始めた。このベーコンも、ヴィレーム子爵領産だ。
オノリーヌは調理台で新鮮な野菜を器用に切って皿に盛り付け、最後にドレッシングをかけた。
このドレッシングはナルフェック王国南部名産のオリーブオイルとオノリーヌが作ったビネガーを混ぜ合わせた手作りである。
「まあ……!」
アメリはますますワクワクした様子でアメジストの目を輝かせていた。
あっという間に二十分経過したようで、リオネルは卵とミルクと蜂蜜を混ぜ合わせた液に浸したバゲットを焼き始めた。
フライパンにはヴィレーム子爵邸敷地内にある工房で作ったバターをふんだんに入れ、ジュワッとバゲットが焼けている。
バターの香ばしさがアメリの鼻奥を掠め、ぐうっとお腹が鳴る。
リオネルは手際良くバゲットを裏返すと、程良い焼き目が付いていた。
「凄いですわ……!」
アメリは感心したように呟く。
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「お待たせしました」
リオネルはアメリの前にパンペルデュとベーコンとサラダが乗ったプレートを出す。
「ありがとうございます、リオネル様。美味しそうですわ」
アメリは目の前に出された朝食を見てアメジストの目をこれでもかという程に輝かせている。
リオネルはそんなアメリにフッと口角を上げる。
「お好みで蜂蜜もありますよ」
テーブル中央に蜂蜜を置いたリオネルだ。
アメリのアメジストの目に映るパンペルデュは是非食べて欲しいと訴えかけているようだ。
「いただきますわね」
アメリは王族にも劣らない所作で、パンペルデュを一口食べる。
すると、アメジストの目が輝きを増した。
「ふわふわしていて、硬かったバゲットが嘘のよう……! ジュワッと溶け出す蜂蜜の優しい甘さ……! バターとミルクのコク……! 卵のまろやかさ……! 全てが最高ですわ……!」
アメリは幸せそうに頬を緩めながらパンペルデュだけでなく、サラダとベーコンにも手を伸ばす。
「ビネガーの爽やかな酸味と香り高いオリーブオイルが、新鮮なお野菜を更に美味しくしていますわ……! ベーコンも、肉厚でジューシー……! コクのある旨味が口に広がりますわ……! 何枚でも食べられそうです……!」
アメリはあっという間に朝食を平らげた。
「ここまで喜んでいただけると、作り手としては嬉しいですよね、お兄様」
オノリーヌはアメリが食べる様子を見ながら。ヘーゼルの目を嬉しそうに細めた。
「確かに」
リオネルも口角を上げる。ヘーゼルの目は真っ直ぐアメリを見つめていた。
(何というか、アメリ嬢の姿……ずっと見ていたくなる……)
リオネルはアメリから目が離せなかった。
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※パンペルデュはフレンチトーストと同じ料理です。