違和感の正体
※ Sideソレイユ
王子と同行する関係で、夜警当番は免除されている。
なので、ナナコさんと合流してコテージに戻ってきた後は、クレオス隊長に報告と明日の確認をして大部屋に直行した。
そして、戦利品と言うよりか、残念賞と呼ぶに相応しい焼き栗をベッドの上で胡座の前に広げてみている。
イスズさんと並んで遊歩道から戻る時、残った栗はどうしようという話になって、全部をあげるつもりでいた。
律儀なイスズさんとしては、他のカップルを見習って自分が代金を払っていたのと、焼き栗が好物だとも伝えていたせいで、申し訳なく感じているようだった。
あと、これはタオルのお返しにはしないと、きっぱり宣言したからかもしれない。
「ナナコさんと分けてください」
そんな風に押しつけたら、ものすごく迷った表情をしてから、ハンカチを出すように言ってきて、分け前としていくらかくれた。
こちらこそ、複数の意味で申し訳なかったけど、らしい対応にほっこり温まった。
それに、焼き栗が好物だという嘘は、嘘じゃなくなった。
他にも、マカロンとかサンドイッチとかも好物になっている。
だらしなく緩みそうな顔面を引き締めると、焼き栗をそっと包み直してしまっておく。
今日はもう、色んないっぱいいっぱいと勿体なさで、何も入りそうにない。
それでも、あまりの落ち着きのなさに、ストレッチをしながら気持ちを整理してみることにする。
昨日はフォルティス副隊長の助言通り、自分の気持ちを肯定していいのだという発見でバカみたいに浮かれていられた。
けど、今朝の時点では違和感に気づいていた。
緊張しながらも、研究所仲間と賑やかに仲よくしている姿を見て、楽しいとか嬉しい以外の感情が胸にくすぶっていたから。
とは言え、午前中は、久々に隊での任務だからだろうと気にしてなかった。
昼食の時だって、自分の下手な励ましに、イスズさんは喜んでくれたくらいだ。
大きな違和感となったのは、オカルト研究員として本領を発揮しだした午後からのこと。
イスズさんが力を抜いて案内できていることにホッとして、よかったと安心している片隅で、面白くないと感じている何かがいた。
確かに、緊張して、弱りきっているイスズさんは可哀想で可愛かった。
しかし、その状態を望むような底意地の悪さが自分にあったのかと情けなく思っていた。
その理由がはっきりしたのが、つい、さっき。
あれだけ緊張していた王子をリックさんと気安く呼び、自分が提供できない話題で楽しく盛り上がったと語る様子を隣にして、さすがの鈍い自分でも理解した。
どれもこれも、男の醜い嫉妬だ、と。
閃き気づいた時には、思わず「嘘つき」と、ぼやいてしまったくらいイラっとした。
何が、毎日ルンルンだ! と脳内で副隊長をうっかり罵ってしまったものの、すぐに、そんなことにも考え至らなかった己の浮かれ具合いに呆れ果てた。
片想いは、あくまで片想い。
一方通行の自己満足。
それは正しく、自分が望んだ想う形で、関係で、理想の距離感だ。
なのに、心は簡単に嫉妬し、情けないばかりの自分を見てほしくて、それでいて嫌わないでと訴えてしまう。
元々、立派な人間だとは思っていないながらも、ここまで不甲斐ないとは知らなかった。
「はあ」
腹式呼吸にため息を紛らわせると、せめて、迷惑にならないよう気を配ろうと決意し、浮わつきたがる気持ちを騎士道精神で押さえつけてみるしかなかった。
@ Side中年騎士A(妻子あり)
壁掛けの時計を確認した中年同期三人組で、夜警当番のために揃って大部屋を出る。
「しかし、今日も思ってたのとは様子が違ったな」
「昨日のウキウキさもなく、かと言って落ち込みきってるわけでもなさそうだったよな」
「あえて言うなら、反省してる感じか?」
「でも、今日の任務、遠目で見てた分には問題なかったようだったけどな」
と、噂の絶えない黒騎士様について話題にしている二人に、残る、円満家庭で有名な俺がチチチッと指を振って否定してやる。
「お前ら、見るところが違うから、わからないんだ」
「見るとこって、柔軟してただけだったろ」
「注目すべきは、その前だ」
「その前って……そういや、しげしげと栗を見てたな」
「それだ、それ」
「栗? てか、この辺で栗なんて売ってたか?」
「うちの奥さんの妹に聞いたんだが、この時間にやってる焼き栗があるんだと」
「こんな時間に? 儲かるのか?」
「カップル相手だからな」
「へ?」
「は?」
「そこの栗を二人で食べると、熱々期間が伸びるらしい。あと、普通に美味いらしいぞ」
「え、じゃあ、うちの隊の誰かに分けて……もらったわけないよな」
誰が、彼女と分け合うジンクス付きの品を黒騎士様にお裾分けするというのか。
下手をしなくても熱々期間を丸ごと持っていかれそうな美男子相手に。
「ってことは……」
他に考えられるのは、女の子から貰ったか、一緒に並んで買ったかだ。
「あのヴァンフォーレがなぁ」
確かに、あの、と形容したくなるくらいモテすぎて困る系イケメンが、いくら栗は栗とは言え、そんじょそこらの女の子からホイホイ受け取るとは考えにくい。
「いや、でもさ、ちょっと、あれ? って思わなかったか。今日の任務中」
「お前も思った? 前の方を向いてる時、視線が護衛対象とずれてること多かったよな。警戒は怠ってないようだったけど」
「極めつけは、お昼だな。いそいそと甘いものを取りに行ってやり、その後に、とびっきりの蕩けスマイル炸裂だ」
「あー」
「やっぱり、錯覚じゃなかったのか」
「相手、案内役の代表の子だろ。なんか普通っぽかったけどな」
「むしろ、地味な印象?」
「でも、ああいうところを見ると、天下の黒騎士様も、そこらに転がってる青年と変わらないもんだなぁ」
「わかる」
「俺も思った」
そんなことに感心しながら、それぞれの持ち場に向かって散って行った。




