応援
* Sideイスズ
「ひとまず、お疲れ」
ナナコさんが労ってくれて、王子様達が背中を向けて座っているのも知っているので、素直にこくりと頷いてしまった。
情けなく席に着いていると、ソレイユさんが飲み物をそっと差し出してくれる。
その顔は、いかにも心配だと言わんばかりのハラハラ具合で、逆に申し訳なくなる。
「とにかく、食べなきゃ、昼から持たないわよ」
あんまり食欲もなく、お昼を選ぶ余裕のない私に代わってナナコさんが持ってきてくれたのは、野菜多めの蒸し鶏のプレートランチ。
こうして、お皿を前にするとお腹が空いているような気がして、フォークに手を伸ばし、ぱくりといく。
「……おいしい」
疲れすぎて、ちょっと涙目になって顔を上げたら、ナナコさんやソレイユさんに見守られていたことに気づいて恥ずかしくなった。
「いーから、しっかり食べなさい」
二人とも気を利かせて、自分達の食事を始めてくれたので、こちらもなんとか目の前に集中してみる。
それでも、ソレイユさんからの心配過剰なチラチラ視線に居たたまれないものがあったけど。
「にしても、意外だったわね。大好きなオカルト観光なのに、盛り上がれないイスズなんて」
半分以上お腹に収めた頃を見計らって、ナナコさんが軽い調子で話しかけてくる。
「なんですか、その評価は。それに、そもそも、オカルト案内ができてないから、変な緊張がほぐれないままなんです」
「え? ガチのオカルト好きじゃなかったの?」
「そう聞いてたのに、なんか、無駄に優雅で、隣に居づらい……」
それを思うと、顔面が高貴な芸術品のソレイユさんの方が性格的にはずっと気安く、親しみやすい気がする。
「所長が、何か言ってくれてるといいけどね」
ナナコさんは親切心で背後のテーブルに目を向けるけど、自力じゃ無理だと思われているわけで地味に落ち込む。
いや、実際に、なんにもできていないわけだけど。
「気になっていたのですが、ビームス所長は隣国の出身だったのですか?」
ソレイユさんが話題を変えてくれたので、これ幸いと乗っかっておく。
「所長は、この国出身ですよ。顔見知りなのは、前の仕事の関係だと思います」
「前の仕事とは?」
「ああ見えて、ビービー、元騎士なんです」
「えっ、そうだったんですか?!」
「目を悪くしたらしくて、私が会った時には辞めてましたけど」
「言われてみれば、納得ですね」
小さく呟いたソレイユさんは、どこか憧れの眼差しめいたものを浮かべて向こうのテーブルに視線をやっていた。
いっそ、ビービーが案内してくれればいいのにと思いかけ、弱気な思考に頭を振る。
「イスズさん。甘いものは、いかがですか?」
問われて顔を上げたら、ソレイユさんがこちらに首を傾けていた。
その瞬間、胸やけがするくらい糖分を摂取した気分になったのだけど、ナナコさんが気軽に賛成したので、返事をするまでもなく席を立ってしまった。
ソレイユさんが完全に背中を向けたので、力なくテーブルに突っ伏してみる。
あんな風に微笑みかけられて、へっちゃらな人なんて存在するのだろうか。
いや、するわけがない。
何よりの味方であり、頼もしい騎士様に親しみも感じているけど、目にも心にも優しくない。
個人的には、ソレイユさんがいてくれるから大丈夫だって頑張りたいのに、過剰なドキドキとほんのりしたモヤモヤを量産されて困る。
「お待たせしました、イスズさん。どの味がいいですか?」
三色のジェラートを持って戻り、気軽に声をかけてくる騎士様は至って平常運行。
ここで勝手に腰くだけになっては迷惑千万なので、視線をそらして適当に選んでお礼を言っておく。
なのに、視界の端の気配だけでも眩しいとか、どうかしている。
奇しくも、受け取ったジェラートは桃風味。
味と色に罪はないので食べるけれども、選んでもらった服を思い出してしまったのは不可抗力だ。
というか……さっきから、着席したソレイユさんの方面からプレッシャーな視線を感じるのは気のせいだろうか。
これは、もしや、食べた感想を待っているのでは? と思って、チラ見してみると、いかにも、その通りに待っていたので視線を下げる。
ソレイユさんの熱い期待を受けてジェラートが液体化してそうな気がしたのに、綺麗に原形を留めていたので、そっとスプーンを埋めてから少なめに口に運んだ。
「どうですか?」
すかさず感想を聞かれたから、思わず笑ってしまう。
そんなに気にかけてくれているのかと、心配させていることを申し訳なく思いながらも、元気をもらえた。
「ソレイユさん、美味しいです。これで、昼からも頑張れそうです」
「よかった。微力ながら、後ろで応援してますからね」
それは何よりの励ましで、お守りとなる言葉だ。
「はい。頑張ります」
※ Sideソレイユ
キジ湖の周辺は平和な休日、そのものだ。
親子連れやカップルなど、思い思いの楽しみ方をしているようで、警戒の任務中だというのに、ほのぼのしてしまう。
個人的には、近頃、粘りつく視線に絡められる毎日だったので、こうして干渉されずに歩けるだけで気分がいい。
それもこれも、イスズさんが貸してくれた眼鏡のおかげだろう。
だいたい、自分は騎士でなければ、家族が華やかなだけの平凡な庶民。
王子様みたいだと一方的な夢を重ねられることが多いけど、本物の王子を前にすれば、いかに自分がつけ焼き刃かわかるというものだ。
家や騎士団で失礼のない程度のマナーを叩き込んでいるくらいでは、従者にだって敵う気がしない。
近くで案内するイスズさんが緊張するのも無理はなかった。
心配でならなくても、自分にできるのは最後尾で騎士として護衛の役目を果たすこと。
それから、心の中で応援することくらいだ。
それが、どうにももどかしくて、昼休憩で口に出して応援していると伝えたら、イスズさんは明るく笑ってくれた。
「可愛かった」
思わず呟き、慌てて身を引き締める。
周囲に気を配り、問題ないことを確認してから集団の先頭に目を向け、胸を撫で下ろす。
ナナコさんが言っていたみたいにビームス所長が助言してくれたのか、午前中の不調が嘘のように、イスズさんの弁舌は滑らかになっているようだ。
「よかった」
心からそう思って、無骨な指先でお守りの眼鏡を持ち上げた。




