ようこそ、王子様
* Sideイスズ
頬を軽く叩いて気合いを入れると、接待メンバーと三十分以上早く、余裕を持って待ち合わせ場所に向かった。
というのに、停車場に到着した時には目的のお客様が馬から下りるところだったとかない。
「すみません。楽しみにしすぎて、朝が早かったもので」
「いいだろ。久々のお楽しみなんだから」
そんなことを言いながら地面に足をつけたのは、赤褐色の髪色が印象的な背の高い美丈夫と枯れた小麦色の髪で素朴な造形の明るい青年だ。
お忍びというのも、平和というのも真実らしく、ラフな格好でやってきたのは二人きり。
「はじめましての方も、そうでない方も、どうぞよろしく。俺はリックスレイド・ハイヤー。後ろにいるのが、お目付け役のキース・エーゲ」
紹介された従者さんは丁寧に腕を曲げて挨拶してくれた。
ということは……。
「麗しのお嬢さん方、ごめんね。せっかくの王子様登場なのに、現実はこんなで」
こんなで、と自分を表現した地味めな印象の青年の方が主賓の王子様らしい。
確かに、従者さんの方が武に長けた華やかさがあるけど、本当の王子様も親近感の方が強いから目立ってないだけで、充分均整の取れた顔立ちをしてる。
何より、気さくな話し方とは裏腹に、堂々とした足運びや、ちょっとした仕草には、上に立つ人といった雰囲気がはっきりと際立っている。
心の準備時間が狂ったせいで頭が真っ白になってると、隣のナナコさんと背後の兄に突つかれてハッと姿勢を正した。
「申し遅れました。私は、この度、案内役を仰せつかりました、民衆文化研究所室長のイスズ・コーセイと申します」
「ドラグマニルさんから聞いてるよ、イスズちゃん。俺のことはリックって呼んで」
お忍びなのは理解してるけど、簡単に頷いてしまうには抵抗がある。
何せ、相手は王子様。
なのに、貧困な人生経験上、類を見ない気安さだ。
どう反応するべきか困ってたら、後ろからポンと頭をなでられる。
「お久しぶりです、リック坊っちゃん」
「懐かしいけど、坊っちゃん呼びはやめてよ、ビービー」
「だったら、あまり、はしゃがないでくれ」
「仕方ないだろ。まさか、こんな形で君と再会するとは思わなかったんだから」
ずいぶん馴染んだやりとりに戸惑っていると、王子様がにこっと、こちらを向いた。
「ちょっとした、昔の知り合いなんだ。ついでに、クリップもブレッドもロケットも知ってるけど、ここに揃ってるとは思わなかったな。まあ、せっかくだし、右はイスズちゃん、左はビービーで観光しようと思うんだけど……いいだろ、キース」
「俺が隣にいても、オカルトにはついていかないからな。その点、彼なら問題はないだろう」
「ってことで、不得手に付き合わせてるキースにはナナコ嬢についていてもらいたいんだけど、お願いできますか」
いきなり指名されたナナコさんは驚いていたものの、すぐに笑顔で承知してしまう。
さすがはナナコさんと思うのと同時に、これでオカルト案内に付き合わなくて済みそうだとの気持ちが透けて見えたのは気のせいだろうか。
「隊長さんも、それでいいかな」
「はい。今回、警備担当をさせていただく隊を率いるクレオス・ボーデンです。希望は遠慮せず、おっしゃってください」
「それは頼もしい。ところで、フォルティスは一緒じゃないんだね。まだ現役だって聞いてたけど」
「彼には周辺警備のまとめ役をしてもらっています。後ほど、コテージで顔を合わせられると思いますが、話があるのなら呼びますか?」
「いいよ、後で。それよりも、間近の部下を紹介してもらいたいな」
「失礼しました。今日、明日と、私と一緒に同行させていただく、ソレイユ・ヴァンフォーレです」
ソレイユさんは悪目立ち防止の帽子を脱いで挨拶をする。
「ふうん、見事な王子様っぽさだな。オカルト好きの人選?」
興味津々に問いかけられて、ソレイユさんは困った様子で即席に勉強しただけだと正直に答えていた。
「そっか。じゃあ、騎士としての働きを期待してる」
王子様は返事を気にもしないで受け流すと、次には私の隣に並んで「まずは、パンフレットとスタンプラリーの台紙をもらってこよう」と優雅に微笑んで催促してくる。
「は、はい……」
なんというか、王子様は想像してた人物像とはだいぶ違ったものの、最初から自分のペースで仕切ってしまうところは、さすがは偉い人って感じで不安しかない。




