美貌の弊害
@ Side中年騎士A
班単位で最終確認を終えたクレオス隊は、夜警のメンバーを除いて自由時間となっていた。
明日は早いとは言え、体力のある大の男が眠るにもまだ早く、それぞれ散歩なり自主鍛練なり風呂なりと、賓客警護の本番前を自由に過ごしている。
中には、さっさと控え室に入り、寝酒を楽しみながら雑談している者や持参した本を読んでいる者など様々だ。
しかし、控え室にいる者の意識は、ずらりと並んだ簡易ベッドの隅でいち早く眠る支度を始めた青年騎士にほぼ向いていた。
艶やかな黒髪に鼻筋の通った美男子、ソレイユ・ヴァンフォーレ。
彼が、いま、これほど仲間内で注目されているのは、最近、急激に話題になった色気のせいだ。
元々、容姿が整っているので、自慢の種として連れて歩きたがる同性の上役は珍しいことではなかったが、この頃の異様な色気によって、少々危険な意味で惹きつけられる同性が出没しているとの噂が隊内で広がっている。
戦時下でもないので、騎士ならばどこに配置されても異性に困ることはないし、そういう趣味の人は少数ながら平時でも一定数いるものの、黒騎士様によって開くはずのない扉が開かれてしまうと恐れ混じりで話題なのだ。
そんな危険な人物と同室の宿泊。
今回の任務に参加の俺を含めた中年同期三人組も、気になって仕方ないところなのだけど――
「なんか、思ってたのと違うな」
「ドキドキというより、わくわく?」
布団に半身潜ったソレイユは毛布の上にお土産物らしいフードつきのタオルを広げて、ご機嫌に眺めている。
「遠足前のうちの子が、あんな感じだったなぁ」
「「……」」
朝に集合した時は、噂も納得のアンニュイな麗しさと艶っぽさがあったのだけど、夕食時に集合した時には、その気配が霧散していた。
絶世の美貌は変わらずながら、ただただ楽しそうといった様子に首を傾げてしまう。
「何があったんだろう?」
「とりあえず、安眠できそうでよかったじゃないか」
「だな。黒騎士様が初恋相手とか、若い奴の笑えない悩みも聞こえていたし」
「あー……」
なんとも言えない空気の中、噂の美男子は早くも全身を布団に潜り込ませ、いい夢を見そうな顔で目を閉じていた。
* Sideイスズ
肌ざわりのよい布団の中、そろりと隣のナナコさんに背中を向ける。
ソレイユさんは、ただの味方。
それは狼狽える心の安寧に大きく貢献してくれる魔法の呪文となった。
別れ際の気まずさだって解消されたのだから、後は、王子様ご案内に集中したらいいだけ。
なのに、見慣れぬ壁を見つめて、妙なことを邪推してしまう。
ナナコさんには自分で否定しておいたけど、タオルを掛けてくれた時やふと目が合った瞬間、それに、おやすみなさいと言ってくれた時の、あの顔。
あれは本当に親しみ以外の含みはなかったのだろうか、と。
すごく楽しげな眼差しに、時々だけど、自分以外は映っていないような独占的錯覚がして、しびれ薬でも盛られたような感覚に足から崩れた。
そこまで考えてから、目をぎゅっとつぶる。
大丈夫。
理性的には、きちんと理解している。
これはソレイユさんの美貌が破格すぎるせいで起こる幻覚だということを。
現に、ソレイユさんの周りでは熱烈な自己紹介メモや口紅の痕跡を残すほどの情熱を持って突進してしまう女性が多発しているのだから。
まったく、罪作りすぎる。
というか、いくら絶世の美貌とはいえ、自分みたいな、なけなしの乙女心らしきものまで揺さぶってくるのだから、存在自体が災害級の脅威だ。
さすがに、己を忘れて当たって砕けるような気性は持ち合わせていないつもりだけど、明日の案内人である私までつられてしまえば大惨事、間違いなし。
「はぁ」
本音を言えば、ソレイユさんに迷惑になりたくなかったし、単純に嫌われたくない。
私だって、また話せるのは嬉しかったし、楽しかったから。
真面目で、気遣い上手で、人付き合いの苦手な私でも安心して気を許せる貴重な騎士様。
だけど、ちょっと親しくなっただけで、あの眼差しや態度は困る。
もう少し、自分の美貌を把握してもらいたいものだけど、それを指摘するのも難しい。
勘違いしそうだから距離を取ってくれなんて、どの口が言えようか。
「ソレイユさんは、ただの味方」
そっとつぶやいた呪文をお守りにして、ゆっくりと眠りについた。




