前向きな向上心
* Sideイスズ
「ついでだから、入浴剤も買っちゃった。明日は接待だし、帰りに寄れるかわかんないからね」
紙袋を下げてホクホクと合流したナナコさんは、気疲れでぐったりな私と楽しげなソレイユさんを見比べて首を傾げる。
で、考えた末に「また集られたの?」と、こっそり聞いてきた。
「いえ、ちょっと別件で……」
「よくわかんないけど、問題ないなら戻るわよ」
「はい」
この場を離れることに異論はないです。
「ソレイユさんは、そのタオルを買ったんですか?」
歩きながらナナコさんが訝しげに聞くと、「勉強のために、イスズさんがくださいました」とピカピカの笑顔で返事をしている。
「へえー……」
と返したナナコさんがこちらに意味深げな視線を寄越すので、実用的に必要だったことを察してくれることを祈っておく。
「それで、お返しをしたかったのですが、イスズさんは何もいらないとしか言ってくれなくて……」
「ああ。イスズにとったら、この辺は庭みたいなものだから、珍しくないんでしょう。無理にここで選ばないでも、借りにしておいて、とっておきが見つかった時に返したらどうですか」
「は?」
せっかくやりすごした案件を掘り返す予想外のアドバイスに足が止まった。
「なるほど。よい意見をありがとうございます」
ものすごく納得がいったらしいソレイユさんの様子に、ナナコさんは、これまたチラリと艶っぽい笑みを私の方に向けてくる。
なので、ここは、まったく聞こえなかったことにしておこう。
戻り途中、遊技場で遊んでいるクリップ達と合流したから、小声で苦情を訴えつつコテージに到着すると、食欲のそそる匂いに迎えられた。
「いい時に戻ってきたな。全員揃ったから、そろそろ夕食にするぞ」
ビービーの言葉にいそいそとお風呂セットを置いてきた一同は、通された部屋で揃って歓声を上げる。
「わあ、素敵!」
そこにはクールな素顔のナナコさんが、思わず乙女なリアクションをするくらいの絶景が広がっていた。
一面のガラス窓越しに、夕焼けで赤く輝く湖が堪能できる特等室。
「所長。この部屋、使っちゃっていいんですか」
ここで現実的な心配をするのはロケットくらい。
「今日だけだ。明日からは王子様専用、俺達は順次食堂か部屋でだな」
「そういうことなら、遠慮なく」
納得するなり、窓際にかじりついたから笑ってしまう。
謎の生物・キッシー君には異世界の生き物説があって、黄昏時に行き来するという噂が賑わっている。
紺色の薄闇になるまで景色を堪能しながら、やっぱり、明日は、この時間にはコテージに戻れるよう気をつけなきゃとスケジュールを頭に刻んでおく。
「さて、座った、座った。シェフ自慢のご馳走だ」
これまた、いいのだろうかと心配になる豪華さだけど、明日のリハーサルも兼ねていると聞いて安心して手をつける。
締めのデザートには湖を模したゼリーに、こんもりと生クリームが乗せられていて、更に、私とナナコさんにだけキッシー君のクッキーがサービスされている。
「こういうのは、にっこり笑って受け取らないと逆に失礼」
とナナコさんが言うので倣ったけど、ブレッドが羨ましげな視線を送ってくるので、とてつもなく食べづらい。
「イスズ。この後、打ち合わせいいか?」
口直しの紅茶を飲みきる直前に隊長さんとして声をかけられて、しっかり飲み干してから聞き返す。
「所長と話したんじゃないですか? 裏のコースの定番で行くから大丈夫だって聞いてますけど」
「そうなんだが、メインで案内するのはイスズなんだろう。一応、最終確認には付き合ってくれ」
「わかりました。でも、先にソレイユさんとの勉強の約束があるんですけど」
「ああ、それもあったな」
「だったら、両方を兼ねたらいいだろう」
そんな、大雑把なまとめ方をしたのはビービーだ。
「明日からのリハーサルとして、案内するポイントをヴァンフォーレ君に説明してやればいい。そういうものだと知識として押さえられれば問題ないだろ」
私とて、ソレイユさんにオカルトのディープな世界を解説するつもりはないから頷いて返事にする。
「じゃあ、資料とか持ってきます」
ナナコさんはどうするのか聞いてみようと思ったら、ビービーが「悪いが、付き合ってくれ」と頼んでた。
「そういう役目なんで、いいですよ」
ナナコさんが簡単に了承していたので、ついにオカルト話に付き合うのかと思ってたら、一緒に部屋に戻った時に最新号のファッション誌を数冊抱えていたので違うらしい。
資料を抱えて部屋を出たら、吹き抜けの階下に置かれたソファーセットに兄とビービーが座っていて、他に副隊長さんを含めて数人が話を立ち聞きしに来ている。
ナナコさんは階段を下りきるなり、さっさと脇にある一人掛けに座ってしまったので、私は彼らの向かいに座るしかなさそうだ。
となると……。
振り返れば、にっこりしている眼鏡騎士様が立っている。
三人でも余裕で座れる長ソファーの端に腰を下ろせば、ソレイユさんが「お隣、よろしいですか」と訊ねてきたので、「どうぞ」以外は答えられなかった。
「イスズさん、よろしくお願いします」
「……」
紳士的距離を保った位置に座り、黒ぶち眼鏡を煌めかせて講義を待つソレイユさんは、向上心の高い優良な生徒に見える。
しかし、テーブルではなく、こちらを正面にして、期待に満ちた眼差しで待ち構えているのは、教える側として、ものすごくやりづらい。
それはもう、さっきのブレッドの羨む視線なんかよりも強く訴えてくるものがある気がする。
更に困るのは、そんなソレイユさんに、私だけじゃなく、ビービーや兄を始めとした見学者までもが戸惑っている気配が伝わってくること。
「あの、ソレイユさん?」
「はい。どこからでもどうぞ」
いえ、そうじゃなくて……と言いたかったけど、前向きな意欲に文句をつけるわけにもいかず、それだけ真面目に勉強したいだけなのだろうと深く考えないで話を進めることにした。




