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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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謝罪と感謝と変装と温泉


* Sideイスズ



謎の確認を終えて備品室を出てから、ひっそり息を吐く。

何がしたかったのかは不明だけど、確かなのは、明日の接待ではソレイユさんが近くで護衛するということ。

なのに、未だに、まともな再会の挨拶ができていない。


副隊長さんに女の子と言われて、子ども枠に入れられていたことも引っかかっていたせいか、色んな意味で落ち込んでしまう。


「おーい、イスズ。聞こえてるか」


呼ばれた気がして顔を上げたら、目の前でクリップが手を振ってた。


「ごめん。まったく、耳に入ってなかった」


「うん。正直すぎだけど、素直でよろしい」


妙な褒められ方をして説明し直されたのは、夕食まで時間があるから、先に温泉に入りに行こうという誘いだった。


「いいけど、所長は?」


「打ち合わせがあるって。代わりに、彼を誘ってけってさ」


「彼?」


クリップの視線が向いている先を見て、思わず顔が引きつる。


「私、ですか」


その私とは、黒騎士様だったから。


「そう、君。いくら護衛とはいえ、側につくなら、オカルト予備知識がまったくないのは不味かろうってことで、うちの所長とおたくの隊長さんから頼まれたんだよ」


「そうでしたか。お世話になります」


話は淡々と進んでいくけど、どうしていいかわからない。

いや、個別の護衛じゃないのだから、どうもしなくていいわけだけど。


「じゃあ、部屋行って支度してこようか」


ナナコさんの誘いに頷いたら、背後から引き止められる。

どうしたらいいかわからないソレイユさんに。


「あの、少しだけ話せませんか?」


正直、嫌だと答えたい。

けど、みんなの目が痛いし、返事をする前に気を利かせて二人きりの空間を作ってくれたものだから、逃げるわけにもいかなくなってしまった。


「どんな用件でしょうか」


声も発言も硬くなったのは仕方ないと思ってもらいたい。

なのに、ガバッと頭を下げてきたから、びっくりした。


「すみませんでした」


「何が、ですか?」


「あの時」


いつと具体的に言われたわけでもないけど、あの最悪な別れ際のことだと理解する。


「気にしないでください。あれは、私が悪かったんです。なんか偉そうに、下手くそな気の回し方をしちゃったので」


ソレイユさんのつむじに慌てて言い訳をして、ずっとモヤモヤしていた理由がわかった気がした。

本当なら腹を立ててもよかった場面なのに鬱々としていたのは、無意識な罪悪感のせいだったっぽい。


「そんなことありません!」


なのに、ソレイユさんが勢いよく体を起こしたから、思わずのけ反ってしまう。


「イスズさんは悪くありません。むしろ、親切心だとわかっていたのに、自分のことしか考えられなかった私が悪いんです」


その申し訳なさでいっぱいの姿勢は誠実の塊みたいな、私が知っている騎士様の姿だったから、なんだかホッとした。

それに、自分だけがいつまでも引きずっているのだと思っていたので、向こうも気にしてくれていたとわかったら、こっそり嬉しかった。


「じゃあ、おあいこですね」


「え?」


「あの後、通常任務に戻ってどうですか?」


「え……はい。イスズさんのおかげで、王族警護に恙なく戻れました」


生真面目に答えてもらって、思わず笑ってしまう。


「私は警護をしてもらってただけですよ」


たぶん、ちょっと話を聞いたことを言っているんだろうけど、それにしては大げさだ。


「いいえ。イスズさんがいなければ、私は騎士を続けていられなかったかもしれません」


真剣な様子で訴えられては、むずむずする。

あと、あまりに真っ直ぐな眼差しは心臓に悪い。


「えっと、そうだ。よかったら、この眼鏡を使ってください。なんかよくわからないけど、目立たない方がいいんですよね」


とりあえず、視線を外したい一心で無理やり話題を変えてみる。


「でも、イスズさんが困りませんか?」


「ナナコさんがいくつか持ってきてるらしいんで、そっちを借りるから大丈夫です」


そもそも、個人的には必要を感じてなかった代物なので、なくても、ぜんぜん問題ない。

胸ポケットに引っかけてたのを渡したら、慎重な手つきで受け取ってくれる。


「以前、借りたものとは違いますね」


「前のは所長のだったので。こっちは、私のなんです」


所長のはフレームが細いお洒落な印象だけど、私が持っているのは太めの黒ぶち。

その方が変装っぽいと思って、時々、オカルト研究の調査で使っているくらいだ。


「ありがとうございます。似合いますか?」


ふちに指を当てて、おずおずと感想を求められて困る。

異様に似合う。

美貌の人は、何を足しても麗しい。


「あっと……大丈夫だと思います」


何が大丈夫なのか私にもわからないけど、ソレイユさんは満足そうだ。


「あの、イスズさん。これでも、髪は下ろしていた方が目立たないですよね」


「はい。ですね」


眼鏡くらいじゃ、麗しの魅力は隠しきれない。


「よかったら、イスズさんが下ろしてくれませんか?」


「……は?」


「前にしてくれたみたいに」


「うっ」


あの時は不機嫌さに紛れてやってしまったけど、こうして頼まれると、できる気がしない。

なのに、前例があるせいで、いま断ると、せっかく消えてくれたわだかまりが再発しそうで躊躇する。


「その……私でよければ」


結果、こう答えるしか選択肢がなかった。


「では、お願いします」


そそっと頭を差し出されて、恐る恐る手を伸ばす。

綺麗に整えられた髪を崩すのは罪悪感があるのだけど、一度はやってしまったことだと唱えて実行しよう。


しっとりしたワックスの感触と俯いた長いまつげに、何をさせられてるんだろうと混乱した頭で、最終的には前回と同じく両手でくしゃくしゃにして終わらせる。

乱雑に手を引く途中で、眼鏡のレンズから外れた瞳が上向いて目が合った。

息が一瞬止まった後、近すぎる距離に驚いて後ずさる。


「じゃ、じゃあ、私はこれで」


なんとも居たたまれなくて、そのまま頭を下げて部屋に逃げてしまおう。

変に思われてないといいけど、とか考える背中に明るい声が飛んできた。


「ありがとうございます。また、後で」


おかげで、危うく階段を上り損ねるところだった。


「そうだ。また、すぐ顔を合わせないといけないんだった」


小さく呻いて、早足で部屋に戻ったら、ドアを閉めるなり大きく息を吐き出した。


「何やってんの?」


ナナコさんに言われて、なんでもないと咄嗟に答えるけど、実際に大したことは起きてない。

わだかまりが解けて、安心しただけ。

なのに、なんとなく顔を見られたくなくて、両手で覆ってしまおうと持ち上げて、途中でやめる。

正確には、びっくりして、びゅんと両手を遠ざけた。


「だから、何やってんのよ」


「なんでもないですって」


遠ざけたのは、両手からソレイユさんの匂いがしたから。

なので、慌ててタオルで拭って、痕跡抹消に取り組んだ。

なんとか落ち着いたのは本館に移動して、浴場で体を洗い終え、広い温泉に身を沈める頃になってから。


「はあー」


心も体も癒されていると、やや遅れてナナコさんが隣に並んだ。


「いいお湯ね。美肌効果も高いんだって」


そう言いながら、滑らかにさすっているナナコさんの肩から二の腕は、効能以前につるつるピカピカだ。


「私的には今回の出張、ラッキーしかないわね。ちょっとイスズのフォローをするだけで温泉に入れるし、王子様にも会えるんだから」


「うぅ、羨ましい」


ぶくぶくと顔の半分まで沈むこちらは、ガチ勢らしいオカルト心を満足させる案内を王子様相手にしなくてはならないのだから、プランを考えれば考えるほど頭と胃が痛くなってくる。


「そういう意味じゃあ、ソレイユさんは可哀相よね」


なにげなく続けられた発言に「なんでですか?」と聞き返す。


「だって、まったく興味ない人が、即席とはいえ、知識を叩き込まれるわけでしょ。私なら無理だわ」


確かに、ナナコさんはオカルトのオの字を聞いただけで会話をシャットアウトしてしまう人だ。

事務員とはいえ、これでよく研究所に勤められているものだ。


ソレイユさんはどうだろうかと想像してみれば、生真面目な顔で真剣に学んでしまいそうな気がした。


「ま、イスズは、ほどほどに頑張ればいいのよ。隣国の王子様がイスズより詳しいってことはないんだし、下手に気合いを入れて気に入られたりして、イズクラに入会したいとか言い出されたら困るでしょ」


「ははっ。そうなったら、仕切ってるジェットは大出世じゃないですか(笑)」


こんな感じで、温泉とナナコさんに緊張をほぐしてもらって脱衣場を後にする。

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― 新着の感想 ―
触った髪の毛の香りが手にうつっていて、はからずも匂いをかいで意識をしてしまった描写のところ うちの夫の頭はミドル臭を発生させているので、私ならクサッてなってびっくりするところだなと思い、ニヨニヨした直…
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