面通し
※ Sideソレイユ
観光課のニースを交えての会議が終わると、一行は変更された待ち合わせのゲートで馬車の停留場と人の流れを確認してからコテージに戻ってきた。
中には散って確認していた同僚が戻ってきてはいたものの、全員ではなかったので、クレオス隊長が紹介は夕飯の時にと言って各報告を聞きに離れていく。
自分も続こうとして、なぜかフォルティス副隊長に引き止められた。
というか、フードを深めるように引っ張られている。
「ちょっと、話がある」
深刻な声音で言われて、正直なところ、副隊長相手でも、うんざりした気分は隠せない。
皮肉にも、フードのおかげで見えないのだろうけど。
「コーセイさん、カザリアさん。申し訳ありませんが、少しお付き合い願えませんか?」
こんな文句が続いたので、思わず反射で体が動いてしまったのだけど、副隊長の指先は逃げるなと言わんばかりにフードを摘まんだまま、びくともしない。
そうして、誘われた三人が戸惑いながらもタオルやらクロスやらの予備が置かれた備品室に閉じこもったところで「さて」と副隊長は切り出した。
ちなみに、この時点でも、指先はフードを捕らえて解放されない。
「今回、こちらの事情で、周辺警備に就くはずだったソレイユが、隊長と一緒に皆様と行動することになりました」
「はい、そうですね」
そこまでは、ついさっき、事務所で確認してきたばかりの情報だからか、ナナコさんが訝しげに相槌を打つ。
「当然、本人には重々言い聞かせておきますが、当日、お二人はコレを視界に入れないよう気をつけてください」
「なっ……」
まさか、ここまでの異質物扱い。
ここまで言われては、もはや猥褻物扱いではないだろうかと思えて仕方ない。
おそらく、悪気はないのだろうけど。
というか、今後の敬意のためにも、せめて、悪気ぐらいは含まれていないことを祈っておきたい。
「あの、ちょっと待ってください」
「失礼。説明がわかりにくかったですか?」
話を止めたナナコさんに、副隊長が騎士らしく対応する。
「いえ。ソレイユさんが異常に異性を、というより、お一部の同性も含めて発情を誘発しているのは充分に理解できました」
ナナコさんの示した端的な理解に、現実逃避で説明が耳に入ってなかった自分は「冤罪だ!」と叫びたかった。
よりにもよって、イスズさんがいる前で、そんな最低な言い方はない。
だいたい、何度、どの角度から考えてみたって自分は被害者であって、断じて加害者ではないのに。
「心配はわかりましたけど、前髪を下ろして、帽子でも被ったら平気だと思いますよ」
「しかし、あなた達に何かあったら、隊長にもビームス所長にも申し訳が立ちません」
「……え、もしかして、副隊長さんは、私達の心配をしてるんですか?」
副隊長が肯定すると、ナナコさんはイスズさんと顔を見合わせる。
「でも、私達、すでに、しっかり顔を合わせてますよ」
「はい。それは知っていますが、異常さが深刻化したのは、ここ最近の話なのです」
異常、異常と繰り返されると、持ち直したばかりの瀕死な騎士道メンタルでは耐えきれそうになくなってきた。
しかし、イスズさんの前なので、意地でも喚き訴えたいところをかろうじて堪えられているまでだ。
「でも、それって無理がありますよね。特に、イスズ。ソレイユさんを視界に入れないよう気にしながら、王子様の観光案内とかできないですよ」
ナナコさんの意見に、イスズさんが首を縦に、ぶんぶんと振って同意する。
「なので、とりあえず、フードを取ってもらえませんか。私達、久しぶりなのに、挨拶もまだですし」
指摘されて、そういえばとハッとした。
ちらりと副隊長の意向を伺うと、ものすごく渋面という表情で考え込んでいる。
「わ……かりました。ですが、そうですね。まずは、カザリアさん。あなたが、お一人で対面してください。コーセイさんは重要な案内役であり、免疫もなさそうなので、先に確認して判断させてください」
「ええ、それがいいと思います」
ここにきて息の合った副隊長とナナコさんにより、イスズさんには棚にあった布巾で目隠しまでさせてから「いざ、参ります」と畏まった合図でフードのご開帳と相成った。
「……」
自分は二人のやりとりに釣られることなく、淡々とした気持ちでナナコさんに見られる。
「どうですか?」
「相変わらず、麗しのご尊顔ですけど、それだけですね」
でしょう、と頷いた。
「お久しぶりです、ソレイユさん。お元気そうですね」
副隊長は未だに疑り深い眼差しで注視してくるようだけど、問題なしと判断してくれたナナコさんは、早速、イスズさんの目隠しを外しにかかっている。
その目隠しが緩んだ瞬間、急に全身が緊張した。
これから、さっきのナナコさんみたいに見つめられるのかと思えば、色々な意味で心臓が高鳴ってしまうのはどうしようもない。
そんなこんなで、心の準備が整う前にイスズさんの瞳がぱちりと開かれ、布にもレンズにも隔てられてない再会が叶った。
何を考えているのか知れない真顔が、こちらをじっと見据えている。
とりあえず、あからさまな嫌悪感が浮かんでいる様子はなかったので、嫌われたわけではないと思いたい。
それでも緊張が解けないまま、研究者らしい観察する視線を受け、イスズさんの瞳に写っている自分を見ているしかなかった。
「どうですか?」
恐る恐る聞いたのは副隊長で、聞かれたイスズさんは「特に問題ないかと」と返してくれる。
「そうですか。安心しました。ヴァンフォーレは騎士として潜在能力も意欲も高いのですが、生まれ持った性質に少々難があるので、過剰に考えすぎてしまったようです。付き合わせてしまって、申し訳ない」
「え、いえいえ。こちらこそ、お役に立てるかわかりませんが、気になることがあったら遠慮なく言ってください」
副隊長の言い方や扱いが引っかかってやさぐれた心が、評価して心配してくれていたからだと知れると、途端に申し訳ない気持ちが膨れ上がってくる。
それから、大役を背負う大変なイスズさんなのに、こちらを気遣ってくれる優しさに、やっぱり、いいなと思ってしまった。
いつも淡々としている副隊長も、珍しく微笑んで感謝していた。




