すり合わせ
※ Sideソレイユ
「何から言ったものか迷うが、多少の変更が出たので承知してほしい」
クレオス隊長が、そう切り出したので、多少、戸惑った空気になる。
「まず、合流先がコテージからゲートに変わった」
「なぜですか」
訊き返したのは副隊長だけど、研究所のメンバーには心当たりがあるような渋面が見られた。
「わざわざ週末を指定したのと、似たような理由だ」
追加の一言で各々が頷いて納得してる中、イスズさんの声で「やっぱり」と小さく聞こえた気がした。
「ね、イスズ。もしかして、王子様って、ガチってこと?」
「たぶん」
そんなナナコさんとのやりとりを拾い上げてか、隊長が噛み砕いて解説してくれる。
「来賓の王子はキッシー君の目撃情報が多い週末を選び、いかにもな看板を潜って、スタンプラリーを始められるゲートから入りたいそうだ」
要するに、しっかりと観光を楽しみたいということらしい。
「他の変更点は?」
副隊長の促しで隊長は話を続ける。
「その流れで、お昼は屋台やレストランで名物を楽しみたいそうだ」
どこからともなく「ああー」と理解した声がもれてきた。
「事前に知らせてるように、隣国は平和で、後継者もすでに指名されているから揉めている問題はない。護衛がつくのは最低限の用心ともてなしとしての礼儀で、俺ともう一人、さっき決まったソレイユが王子に同行。あとの隊員は離れて前後を守ってもらうことになっている」
「それとは別に、うちからも多めに警備員を配置しますので、微力ながら力添えいたします」
ニースの申し出に隊長が頷いた。
「というわけで、俺達よりは王子の案内係の方に成否がかかってるわけだが……」
改めて重責を確認させられたイスズさんは、頬を引きつらせているのが目に見えて不憫だ。
「本当なら、うちの課で喜んで引き受けるところだけど、なにせ国王様からのご指名だからな」
「うぅ、ニースさん。プレッシャーになることを思い出させないでください」
「いやいや。むしろ、もっと胸を張らないと。お忍びじゃなきゃ、イズクラでガンガン宣言して回ったのになぁ」
これを聞いて、自分は無意識に呟いていた。
「ニースさんはイズクラ会員なんですね」と。
ニースは室内でもフードで顔を見せない男が喋ったので驚いたらしいながらも、すぐに愛想よく答えてくれる。
「そうなんです。ついでに言うなら、裏巡礼はイスズが楽しんでたコースを参考にしたものなんですよ」
「そうなんですか?」
イスズさんは微妙に違うと否定しているようだけど、ニースは出会った頃の可愛らしさを嬉々として語ってくれる。
「あの頃のキジ五湖は、年配者の散歩か学生の遠足くらいしか利用者がいなくてね。そんな中、連日キラキラした目の女の子が通ってくるから気になって見守ってたら、妙に怪しげな男がついて回るようになって、心配だから声をかけたのがきっかけでした」
そう言って、ニースが顔を向けた先はビームス所長だった。
「言っておくが、俺は大人としてついてただけだからな」
「結果としては、そうでしたけど、個人的な感想としては、女の子に世話を焼かれている失意の男でしたね」
「……的確すぎる表現はやめてくれ」
あのビームス所長が苦々しい顔で俯くので、ニースの感想も外れた指摘ではないらしい。
誰にも色々あるのだなとしみじみ思い、自分もこんなわけのわからない状況でも頑張らなくてはと気合いを入れてみる。
「それで知り合ってみたら、女の子が熱心にオカルトネタと絡めてキジ五湖を褒めてくれるものだから、もう少し綺麗で楽しいところにしないとって、観光地として整備を始めたというわけです」
「そうだったんですね」
素直に感心していると、うんうん頷いているニースに対して、話題にされたイスズさんは先ほどのビームス所長と同じ顔をしていた。
「そんな観光課の大恩人のために、今回は特別出血大サービスをさせていただきます」
笑みを深めたニースが、得意満面でテーブルいっぱいに広げたのは地図だった。
キジ五湖を中心としたもので、あちこちに付箋で書き込みがされている。
「これは……観光課の内部情報だろ。ここまで提供しろって言われたのか?」
咎めるようなビームス所長の言いように、隊長は慌てて否定していたけれど、副隊長は肯定していた。
「もちろん、その場で断られましたけどね。ニースさん、どういう心変わりをなされたんですか?」
「心変わりはしていません。元から、イスズのためには開示するつもりでしたので」
そんなことを言われたイスズさんは、困った顔でニースを見返した。
「イスズが迷惑なら、引っ込めるけど?」
「……ニースさんが本音では嫌なら、やめてください。それ、ニースさんの努力の結晶ですよね」
「そういうことを言ってくれるイスズだから、利用してほしいんだよ。但し、持ち出しは厳禁なので、この場で記憶しちゃってね。質問は受け付けるから」
ここまで言われると、イスズさんも感謝して地図に身を乗り出した。
自分もフードの下から覗いてみると、書き込みは警備に役立つ抜け道や死角の他に、観光として評判の景色が楽しめるポイントや過去の揉めごとなどが簡潔にまとめられている。
正に、ニースのコツコツとした努力が詰まった代物だ。
敬意と共に感謝して、しっかり役立てようと記憶していると、さっき、見知らぬ女性に迫られて副隊長に助けられた場所にも書き込みが加えられているのに気がついた。
何が書かれているのかと読み込めば、『周回コースの終盤。カップルが盛り上がって、物陰でイチャついてること多し』となっている。
思わず、フードの下で遠い目をしてしまった。
もちろん、どんな女性に迫られたところで、日々鍛えている騎士の自分が、どうにかされる展開にはならない。
薬を盛られるにしても、よほどのうっかりをしない限りはありえない。
だからといって、強引な感情をぶつけられるのは気分がいいものではないし、下手に力の差がある分、こちらの対応に困るというもの。
ふと、耳に心地よい声が聞こえて目線だけ上げてみると、イスズさんが最新の観光情報を確認しているところだった。
せめて自分は、あんな風に不快な存在とならないよう職務に徹して頑張ろうと、本日、すでに何度めかの決意を固めて地図情報に集中するのみだ。




