二人で食事を
* Sideイスズ
雪鈴亭は遅くまで開いている食事処で、手頃な値段のわりに量があって美味しい。
それも当然で、利用者の大半が騎士団なせいだ。
店主が元騎士団員なこともあって、上層部が密談に使うこともあるくらい信頼度の高いお店。
何かあれば、お客全員が立ち回れるような店内事情だから、ビービーが勧める通り、安心して外食ができる唯一と言っていい。
「ビームス所長は何者ですか」
目的地に到着するまでの賑やかな繁華街で騎士様が聞いてきた。
「あの店の個室を取れる人は、騎士団の中でも限られているはずですが」
「また、詮索ですか。騎士様って、野次馬根性が逞しいんですね」
冷たくあしらうと、どうしたものかと困り果ててるばかりの反応をされて、イラッとしてしまう。
そんなやりとりをしている内に、お店に到着した。
「なんだ、イスズ。久しぶりだな」
「こっちのテーブル、空いてるぞ。肉だろ、肉」
「おい、隣は誰だ。男ができたから顔を出さなかったのか」
などなどと、入るなり遠慮がない……というか、デリカシーのない挨拶が飛び交う。
「違います。この人は地方からうちにきた研究員です。だから、今日は個室なのでご心配なく」
「そうかい、そりゃ残念だ!」
酒が入っているせいか、みんな豪快に笑って声が大きい。
「ルル、月の間に案内してやってくれ」
「はいな」
カウンターの向こうから店長の指示が飛んで、看板ウェイトレスが通路の奥へと案内してくれる。
喧騒が遠のき、突きあたりの部屋に通された。
中は絵が飾ってあるくらいの簡素な装飾ながらも、表と違って上品な印象だ。
「イスズさん、何食べます?」
ルルからメニューを受け取ると、期待を込めて熱心に眺めてしまう。
「噂の裏メニューがあると思ってたんだけど、ないんだね」
「あるけど、書いてないだけですよ」
「え、頼めるの?」
「頼まなくても、個室のお客様にはシェフの気まぐれな一品が出されるんです」
「へえ、楽しみ」
「外れはないので期待していいですよ。他はどうしますか?」
「んー、じゃあ……」
悩みに悩んで、いくつか料理を選びきった。
「私は以上で。騎……あなたはどうしますか」
危ない、危ない。
久々の外食だけど、浮かれてる場合じゃなかった。
サクッと頼んだ騎士様と二人、注文品が届くまで気まずい沈黙を味わったけど、全然いらない前食だ。
「お待たせしました」
あまり待たされずに元気なルルが料理を持ってきてくれたのには感謝だ。
「はい、これがシェフの気まぐれです」
「パイ?」
「ミニだから、最初に摘まんでって言ってましたよ」
ルルは最後に水瓶を置くと、ごゆっくりーと意味ありげな笑みを残して退出していった。
ごゆっくりと言われても、向き合う相手が騎士様だからね。
それでも、まあ、食事に罪はない。
「美味しそう」
温かくて香ばしい匂いをかいで、顔がほころぶのは人間の性だ。
実のところ、しばらく研究室に引きこもりだったせいで、気持ちがくさくさしていた。
要領の悪い自分のせいだし、提案してくれたビービーには噛みついてみたりもしたけども、本当の本音はウキウキしてる。
この際、騎士様が同席なのは気にしないことにして、めいっぱい楽しもう。
「いただきます」
両手を組んでビービーや店長に感謝すると、早速、ぱくりと食べた。
「かっら!!」
刺激の用意がなかったから、普通におもいっきり叫んだ。
お子様舌な味覚なので、刺激が強い味は大の苦手なのに。
とにかく水。
なのに、こんな時に限ってコップは空だ。
しかも、瓶は騎士様寄りに置いてある。
素直に頼むこともできなくて手を泳がせてたら、騎士様が気を利かせて注いでくれた。
もう、お礼を言う余裕もなくコップを受け取って一気に飲み干す。
それでも、舌はヒリヒリしてるけど。
「そんなに辛いのですか」
騎士様の質問に無言でコクコク頷いた。
すると、騎士様がそろりと自分の皿にフォークを刺して口へ運んだ。
それから変な顔をした。
「こちらは、すごく甘めです」
「え?」
この時になって、ルルが騎士様に辛いものは平気か聞いていたのを思い出した。
店主もルルも、好みは知ってくれてるはずだから、間違えて出したのかもしれない。
しっかり者のルルにしては珍しい失敗だ。
はっ、もしや、騎士様の隠しきれない美貌にやられたのかも。
それなら納得。
でもって、恐るべし騎士様。
「あの、よければ交換しませんか」
「え?」
突然の騎士様の申し出に固まってしまった。
正直、甘いパイは食べてみたい。
だけど、そうなると食べかけのものを互いに交換することになるわけで。
ひと口サイズだから、本当に食べかけを渡すわけではないのだけど、それほど親しくもなければ親しみも感じない騎士様が相手では、さすがにためらう。
「私は辛い方が好みなので」
そうまで言われたら、交換するのが合理的だと思える方に気持ちが傾いた。
「じゃあ、どうぞ」
そろそろとお皿を渡すと、向こうからもお皿を渡された。
「では」
間を空けずに騎士様がつまんだので、こちらも過剰に意識しないで食べることにした。
「んー、美味しい」
それは甘じょっぱく味付けされた挽き肉を包んでいて、好みど真ん中の味つけだった。
サクサクした食感と、ジューシーなお肉がたまらない。
と喜んだところで、騎士様に視線を向けてみた。
「どうですか?」
「辛味がありますが、旨味も強いので美味しいです」
食べない分を引き受けてもらったみたいでよかったと思う反面、色々とお子様だと見られているようで複雑だ。
「それでも、水はほしくなりますね」
騎士様は自分のついでに、こちらのコップにも追加で注いでくれた。
そんなさりげない気遣いに、急激に騎士様に対して申し訳なくなって肩身が狭く感じた。
自分で読みづらかったので、ちょっと変えてみました。