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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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燻る


* Sideイスズ



部屋を出たら、 吹き抜けから階下に人が集まってるのが見えた。


「あ」


その中心に兄のクレオスがいて、思わず足が止まる。

とっさに、どんな顔をして会えばいいのか浮かばなくて焦ったから。


元血の繋がらない兄妹で、今は遠い親戚に当たる人。

個人的には兄は兄だけど、この複雑で説明が面倒な関係を、この場で知っているのはビービーくらい。

兄がいるなら、ちょっとは気楽かもとか考えてたけど、騎士隊長様に庶民が気安く話しかけたら悪目立ちするし、邪推もされるに決まってる。

なんてことを、今更になって気づいたせいで、数歩遅くれた私に集団の視線が集まってしまった。


「すみません、お待たせしました」


「今日は、まだ主賓がいないから、気楽に構えていいぞ」


真っ先に、兄から気さくな応対が返ってきて固まる。


「この間は砦に差し入れ、ありがとな。今度は、仕事抜きでオカルト談義がしたいもんだ」


どうやら、兄はイズクラの一員として接してくれるらしい。

ホッとしたからに感謝の気持ちも込めて「喜んで」と答えておいた。

それから、五人の騎士様をコテージ常駐護衛として紹介される。

他は現在、手分けして、明日、明後日の観光ルートを確認しているとのこと。


「さて、とりあえず、こちらも色々と確認しに行きましょうか」


兄の促しで、ぞろぞろと外に出ていく中、ナナコさんに、こそっと耳打ちされる。


「紹介された中だと、隊長さんが一番カッコいいわね」


ナナコさんの評価なら世間一般的に間違いないので、身内としては、によっと口元が緩んでしまう。


「まあ、ソレイユさんは別格だけど」


と、足された余計な感想には恨めしい表情を向けておいたけど。


どうして、こうも、ナナコさんは黒騎士様を絡めたがるのか。

答えは明快。

女子力の低い私じゃ相手になれなかった、乙女な会話がしたいから。

だから、真相なんてそっちのけで、隙あらば、強引にソッチ方面へと誘導してくれる。


はっきり言って、迷惑だ。


一時、ビジネス関係が成立していただけの浅い縁でしかなくて、今回の任務だって、前回とは天と地ほどの差がある異国の王子様の護衛という立派な名目で同行するだけで、だいたい、今回指揮するのはクレオス隊長であって、黒騎士様だって暇じゃないのに、わざわざ好んで私なんかに話しかけてくるはずもない。

なにせ、あんなに深いため息をついて拒絶されたんだから。


ため息をつきたいのは、こちらの方だ。

一体、どんな顔をしてればいいんだか……。


鬱々としながらコテージの、入ってきた時とは反対のドアから出たら、目の前は大きな湖だった。

キジ五湖を代表する広さと景観で、キラキラ光る水面は、こんな気分でも心浮き立つものがある。

そんなワクワクする景色の端で、人目を逃れるようにコテージへの細道に入ってくる二人組が目についた。

一人は口髭を整えた渋いおじ様で、もう一人は深くフードを被った猫背の人物。


怪しい輩かと思っていたら、渋いおじ様の方が兄に手を上げて挨拶にしたので顔見知りらしい。


「フォルティスか。予定より早いが、どうだった?」


「想像以上に無理でした。一人だったら、木陰に連れ込まれていてもおかしくなかったですね」


なんだか物騒な発言に怪しんでいたら、フードの人が身を縮めるみたいに動いたせいで、襟ぐりの隙間から赤いものが見えた気がした。


「もしかして、怪我をしてるんですか」


思わず声をかけたら、フードの人がびくりと身じろぎをして何かがバラバラ落ちてきた。

こっちの足元にも一枚飛んできたので拾ってみる。

カードみたいな紙のそれには、女性の名前と連絡先とスリーサイズの他に、口には出せない系の際どい誘い文句が追記されてた。

びっくりしすぎて固まってたら、横から素早く腕が延びてきて、無理やり引ったくられる。

思わぬ動きに見返してみたら、引ったくった拍子に落ちたフードから現れた人物に、更に驚いた。


「ソレイユさん……」


その瞬間、甦ったのはアノ時のため息で、不意打ちすぎて完全に動けなくる。


「いまのヴァンフォーレは、純真な女の子には毒だろう」


そう言って、一緒にいたおじ様がフードを目深に戻した。

正直、ホッとしたけど、何やら問題がありそうな発言だ。


「部下が、ご迷惑をおかけしました。私は、クレオス隊副隊長のイノセア・フォルティスと申します」


落ち着いた渋さに、思わず、いまだにヤンチャな気配がありありの兄と見比べてしまう。


「間違いなく、私が副隊長ですよ。コーセイさん」


「失礼しました。……よろしくお願いします」


危ない、危ない。

ついうっかり、兄がお世話になっていますって言っちゃうところだった。


「ちなみに、彼の首元の赤い色は口紅なので心配無用です」


「口紅?」


今度は、ぎょっとしてソレイユさんを見直せば、気まずげに襟元をしぼめながら視線を逸らされる。


「隊長、やはりヴァンフォーレは隊長の方に入れてください。ヴァンフォーレも、格好つけていないで地味にしていろ」


「……はい」


何かもの言いたげなソレイユさんだけど、それでも上司の命を了承していた。


「そういうわけで、色々と確認やら変更が出たんで、まずは昼飯でも食べながら話をしよう」


兄が予約を取っているというので、揃って移動となった。


にしても、とフードのソレイユさんをチラ見する。

モテるのは前回護衛された時にも実感してたけど、昼間っから、あんな大胆なメッセージや唇を寄せられているとは、この一ヶ月ほどの間に何があったのだろう。

そんなことを考えてたら、フード越しに見合った気配がして、今度はこっちから逸らしておく。

向こうはどうとも思ってないだろうけど、どうしても気まずさが燻って向き合えそうになかった。

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