意外な展開
* Sideイスズ
「どうぞ、温かい内にお召し上がりください」
勧めに従って、ナイフとフォークを手にする。
せっかく、ラテアさんが、どこそこ産のなんとかをなんとか風に仕上げた逸品ですとか丁寧に説明してくれるのだけど、ド緊張の頭にはちっとも入ってこない。
少し前に出た貝のゴリゴリした食感が印象に残っているくらいで、食道楽の私でも、さすがに味を堪能するのは難しい。
しかも、さっきから食材の産地だの風土気候だのと、いわゆる当たり障りのない話題ばかりを振られては、何のために招待されたのか考えてしまう。
たぶん、食事中に胃の痛くなる本題は常識的に不作法だから避けてくれてる気遣いなんだろうけど、捌かれる側にしてみれば、まな板に乗せられ、包丁をちらつかせながら放置されている気分でしかない。
それでも座り続けて食事が喉を通っていくのは、両肩の素肌の部分にソレイユさんの感覚が残っているおかげかもしれない。
触れられた時はびっくりしたけど、ジュライさんと同じく、応援してくれているのが伝わってきたから力になってる。
ちらりと隣に目を向ければ、同じく緊張しているはずのナナコさんが王様の話に軽やかに相づちを打っていて、これから標的にされるだろう立場でのスマートな対応に、黙りっ放しの自分はなんて不甲斐ないんだとフォークを握る手がぎゅうっと締まる。
私だって、やればできるはず! と、まずは話を主導する王様に真っ直ぐな視線を向けることから始めてみた。
すると、おやっと、こちらの気概に気づいてくれたみたいで、いくらか無難な話題を振ってくれる。
だから意気揚々と参戦したのに、行き着いた先はナナコさんを介して返事をするという有様で、これじゃあ、オカルト以外の話もできると胸を張って主張するのは当分できそうにない。
ナナコさんだって知識は女子力系統に偏っているはずなのに、興味のない話でも関心ある素振りができて、話題を広げることができる辺りが大きな大きな違いだ。
これこそ、まさしく大人の社交であり、女子力というものなんだろうな。
すごいと尊敬の眼差しを向けるしかない食事会が進む中、デザートに綺麗な果物の乗ったチョコレート菓子が登場した頃になって、ようやく王様が本題を口にする。
「ナナコ嬢。こうして会うのは最初で最後だろうが、私達に似通った造形は見い出せると思うかい?」
「……」
薄く華奢なカップを手に、王様が流し目で標的を捉えている。
「健康的なところが瓜二つかと」
私は、ここぞとばかりに頑張って出しゃばった。
余計なお世話で、空気を読めてないのはわかってるけど、いまこそ出番だと思ったから。
「揃いの指輪をしている君達と比べたら、そんなものかもしれないな」
王様は子供相手みたいな笑顔をこちらに向けてから、誤魔化されずに標的に戻る。
「それで、ナナコ嬢はどう思う?」
さすがに容赦がない。
「私は……」
そう言って、ナナコさんは答えを詰まらせた。
「はて、迷うことでもあるのかな」
「答えに迷っているわけではありません。似ているはずもありませんから。ただ、イスズが見つけてくれた点を否定したくはなかったので、少し考えてしまいました」
苦笑しながらこちらを見るから、一気に顔が熱くなる。
完全に大きなお世話だった。
「なるほど。それほど想い合うイスズ嬢となら、秘密を共有するのも当然のことか」
くすりと笑んだ王様に、今度は急降下で血の気が引いてく。
おじいちゃんことドラグマニル公が何も言わないから頭から抜けてたけど、果たして、王族のいざこざを研究所でぶっちゃけ報告してもよかったんだろうか。
「王様。私にはもう一人、隠しごとをしたくない人がいます」
こっちの心配とは別に、ナナコさんにも、ここぞとばかりに頑張りたいことがあったらしい。
その凛々しい横顔を見て、この先の展開を察しちゃったら、もう横からの出番なんて見つけられそうにないから黙って両手を握りしめる。
「靴屋の彼か」
疑問形でないことに、ひやりと背中が冷えた。
第三者でさえこれなのだから、ナナコさんはどれほどのものだろうと心配になるけど、青白いながらも姿勢よく向き合っている。
「彼には、隠しごとをしたくないんです」
「それで問題が起きたら?」
「王様に則した裁量をなさってください」
「融通を期待しないのか」
「彼は、そういう人ではないので」
「なるほど。君は、これを試金石としているわけだ」
「違います。ただ、今回みたいなことがあった時、何も知らせずに巻き込みたくないのと、その時に初めて知って動揺をさせたくないだけです」
「では、次にお付き合いする人にも同じよう告げるのだな」
これにはナナコさんも顔を赤くして歪めた。
微かに震える姿を横目で見ているしかないのが悔しくて腹立たしくて、これはもう不敬だと咎められようが、今度こそ私の出番だとテーブルの下で拳を握ったところで出鼻を挫かれる。
「なぜ、止めない」
言ったのは残酷な追求をしてる王様で、言われたのは黙然と控えていた従者のラテアさんだ。
「そんなことを言われましても、本気なのではと思われるほど残酷な権力者っぷりがお似合いでしたので」
「だからこそ、笑い話で終われるよう、ラテアを用意したのだろう」
「私が頼まれたのは、お嬢様方のお世話であって、王の笑いにくい冗談の責任までは負いかねます」
「笑いにならないのは王の硬質な印象と肩書きと距離感のせいでしょう。せめて、もう少し親しんでもらってからにしてはと勧めたのだけどね」
呆れて解説してくれたのは、ドラグマニルおじいちゃん。
「……えっと、つまり、いまの恐喝は演技だったということですか?」
潤む瞳で頭が追いついていないナナコさんに代わって現状を確認した――つもりだったのだけど、ナナコさんは、さっきよりも青ざめた顔をグリンとこちらに向けてくる。
「恐喝……イスズ嬢には、そう見えていたわけだ」
トントンとテーブルに指を突く王様に指摘されて初めて、多大なる失言に気がついた。
「いっ、いいえぇ、滅相もない」
さすがに気がつきましたとも。
よかれと思って慣れないことに意気込めば意気込むとほど、空回りばかりしてしまうことに。
でもって、ここまでのやらかしてから気づいたところで手遅れでしかないことも。
肩を竦めて処断を待っていたら、クスリと笑う声がする。
冗談と知っていて止めてくれなかったラテアさんだ。
「ああ、失礼を。どうも、ナナコ嬢よりイスズ嬢の方がラグドール様に似ているなと思ったものですから」
雰囲気を和らげてくれたのだろうけど、不敬を働いた私に返せる言葉も態度もなくて、ただただ固まるしかない。
「どうです、ラグドール様?」
しかも、王様にまで話題を振ってくれるし。
「ふむ……それはそれで楽しいな」
「ラグドール様。本音でしょうが、その表現では、また要らぬ誤解を招いているようですよ」
助言するラテアさんは、紫色になっているだろう私を見ながら言う。
「率直に喜んだつもりだったのだが、女性相手は難しいな」
いえいえ、そこは性別の問題じゃないと思うんですよ。
「では、改めて私の見解を示そう。私としては、個人としても王族としても、ナナコ嬢が王家を名乗ろうと構わないと思っている」
それは意外な言葉だった。
「先の後継者争いで金食いの親族が減っているから、一人くらい増えたところで困ることはない」
そんな簡単なものだろうかと疑問に思いながら、私もナナコさんも黙って続きを待った。
「しかし、イスズ嬢が言うには、そういう生活を求めているわけではないと聞いた。それを確かめたくて、今日は招いたのだが、違ってはいなかったようだな」
「はい。私は、いまの生活が好きですので」
「ならば、望む通りにするとよい。何か困ったことがあれば、ドラグマニル公を通して知らせてくれ」
「え?」
思わぬ提案に、ナナコさんの視線が私とおじいちゃんと王様の間で泳ぎ彷徨う。
「意外か?」
「……はい」
王様の問いかけに、ナナコさんは迷いながらも縦ロールを小さく揺らして頷いた。
「私は身近な親族に恵まれなかったからな。強く元気に頑張っているお嬢さんが血族なのだと知れば、親切にしたくなるのは当然のことだ」
ようやく、王様に柔らかな気配を感じられて、敵ではないのだと理解できた。
それはナナコさんにも伝わったようで、今度は想定外の暖かさに頬を赤らめている。
「さて、ナナコ嬢の用件は丸く収まったようですし、そろそろ本題に入られてはいかがですか」
ラテアさんの気軽な話題転換に、せっかくの感動の雰囲気がひゅんと冷める。
「そうだな」
同意した王様の視線が向けられたのは、単なる付き添いのはずの私なのは、なんででしょうか。




