狐か狸か
※Sideソレイユ
「イスズ・コーセイ様、ナナコ・カザリア様、お待ちしておりました」
御者に誘導されたのは、モモカ姫付き護衛の自分が使ったことのない出入り口だ。
エスコートして馬車から下ろすイスズさんとナナコさんは、どちらも手を冷やして緊張している。
「どうぞ、こちらへ」
案内されて歩く通路は、中々奥まった区画へと続いていく。
二人とも背筋を伸ばして歩いているけど、後ろについている自分には、心の中で頑張ってくださいとしか応援のしようがなくて歯痒い。
そんな落ち着かない雰囲気の只中にいるにも関わらず、片側の肩を大胆に剥き出しにしたナナコさんより、控えめに楕円の素肌を覗かせるイスズさんの方ばかりに目が引き寄せられてしまっている自分が不甲斐なくて情けない。
デザインしたジュリ姉を密かに八つ当たりで恨みつつ、周囲の警戒を怠らないよう視野を広げる。
奥へ、奥へと連れられて、とうとう、とある部屋に到着した。
「お客様をお連れしました」
イスズさんとナナコさんはこちらを振り返り、三人で頷き合って気合を入れる。
ナナコさん曰く、ここからは化かし合いの戦場らしい。
中に入ると、招待状にあったモモカ姫ではなく、ラグドール王とドラグマニル公が揃って出迎えてくれた。
予想していた展開とは言え、つい、モモカ姫と国の新旧トップのどちらが相手としてマシだったのかを考えてしまう。
「この度は過分なご招待、どうもありがとうございます」
代表してイスズさんをが挨拶し、それに合わせてナナコさんも一緒に習いたての令嬢らしい仕草で対面した。
「急な誘いで、よく来てくれた。席に座って、寛いでくれ」
人払いがされているのか、他には従僕が一人しかいない。
彼がナナコさんの椅子を引いたので、こちらはイスズさんのために椅子を引く。
イスズさんは緊張しているけれども気力は充分らしく、凛と前を向いている姿を応援するつもりで、そっと肩に手をおいた。
応えるようにチラリと視線がこちらを向き、小さく頷いてくれたから気持ちは伝わったのだと安心したものの、同時にやらかしてしまったと大いに焦る。
単純に背中を押したかっただけで、しっかりした椅子の背もたれを避けたら、肩を選択するのは必然な流れだった。
けれども、ドレスのデザインのせいで、手のひらの半分くらいが直に素肌に触れてしまったのは失態でしかない。
華奢でつるりとしていた感触は、こんな時だというのに煩悩が刺激されて変な汗が滲んでくるようで、煩悩退散、煩悩退散と呪文のように繰り返して背後の護衛位置に控えた。
「二人とも、私達が独占するにはもったいない、月から舞い降りてきた女神のようだ」
王様からの誉め言葉に、イスズさん達は儀礼として謙遜せずに受け入れる。
「月の女神達。食事の前に、ひとつ、確認してもいいかい」
宮廷の内外を問わず支持の高い王の社交的な笑みに、二人は緊張を維持したままで、どうぞと返事をした。
「私達に驚かなかったようだけど、どこから情報がもれたのかな」
それは、背後に立っているだけの自分にも肝を冷やさせる為政者の鋭い眼差し。
それでもイスズさんは、なんとか打ち合わせ通りに返答しようと口を開いた。
「それは誤解です」
「では、モモカの招待ではないと、どうして事前に気づいたと?」
「違和感のきっかけは、私達に気前よくドレスを贈ってくださったからです」
「確かに、一般的にはないかもしれないが、モモカなら気に入った相手に贈ることは珍しくない」
「ですが、その場合は、ご一緒に品物を見て選んでいるはずです」
「相手によるとは考えなかったわけか」
「その、一般的に、女性にドレスや装飾品を贈るのは、その女性を口説きたい男性か着飾らせて愛でたい親族だと相場が決まっておりますので」
「それはイスズ嬢の常識か?」
「……人生の先輩から教授してもらいました」
イスズさんは用心しながらも正直に答えた。
ちなみに、事前に打ち合わせていた時の人生の先輩であるナナコさんの表現はもう少し過激で、イスズさんのドレスを選んだ身としては居たたまれなさを押し隠すのに大変苦労したものだ。
「その推測から、私の友人のモモカ姫ファンを頼り、姫は今日のような満月の夜は月の女神にあやかって瞑想する習慣があると聞きました。それで二人で推理をして気持ちの準備をしてきましたが、それでも王様の姿を拝見しては驚かないはずがありません」
ナナコさんがやや強引に話を継いだのは、二人の責任だと主張するためだろう。
正反対に見えるタイプなのに、本当に仲のよい二人だ。
「ははっ、なるほど。こちらの浅慮を配下のせいにしては城主失格だな。君達の推測通り、そのドレスはお爺ちゃんからの贈り物だ。じっくり見せて、喜ばせてやるといい」
国王にお爺ちゃんと言われたドラグマニル前国王は苦笑していた。
「だから、忠告をしておいたでしょう。うちの子達を甘くみない方がいいと」
「しかし、きっかけは、そなたの贈り物だろう」
「そうしなくてはならない状況を用意したのは、誰だと思っているのでしょうかね」
「不毛な言い合いは、その辺にしておいたらいかがですか」
誰も止められないはずの言い合いを止めたのは、さっきから影の存在に徹していた従僕だ。
「わかっている。少し、遊んでいただけだ」
「ですから、お止めしたのですよ。すみません、お嬢様方。お二人は美しい方々を前に、少々浮かれているようです」
「はあ。あの、あなた様は?」
「申し遅れました。わたくし、宰相の末息子、ラテア・ガバンと申します。本日は、お世話係としてご一緒させていただきます」
イスズさんは、ナナコさんと見合わせて困った様子だ。
なぜ、そんな青年が下働きの真似事などしているのだろうと。
「口調は軽いが、口は固いので、この場に呼んだ」
「そういうことなので、気楽にお食事を楽しんでいってください」
ラテアは、王の紹介に軽口と言える調子で挨拶にする。
大貴族の息子のはずなのに、確かに口調はくだけているが、それくらいでイスズさん達の緊張がほぐれるはずもない。
もっとも、護衛にできることだって、背中を見守ることくらいなのだけど。
「では、そろそろお食事をお運びしますね」
そう言って、ラテアは人好きのする笑顔を振りまいて給仕を始めた。




